第三章之十二 ナライの苦悩(前編)
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。イサルを黙らせたのは手刀。ドスッとやって息が詰まって……苦しいね。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。今、事の成り行きにポカンとしてる。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。今、事の成り行きにポカンとしてる。
イサル ……自称・ナライの友人。伊指の人。ナライの兄貴分気取ってるけど、全然そう思われてない。気絶中。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。しばらく出てこない。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。今いるトコ。
伊指 ……氷見沢のすぐ隣にある大集落。てか町。むしろ氷見沢の方が伊指のおまけ的な立ち位置にある。
「……。」
暴漢と化したイサルを一瞬にして黙らせたアザミは、妙に疲弊している自分に気付いていた。
行き掛かり上、やむを得ずほんの少しだけ手を出してしまったが、言うほど何かをしたわけでもない。なのに何なのだろう、この脱力感、疲労感は?
(あ~あ、なんだかなあ……。)
アザミはもうワケが分からなかった。
さっきまでの平和な一時は一体どこへ?
家の外を見れば、さっきまで喜んで草をむしっていたはずのナライが胡乱な目つきでこちらを見ている。
あんな出鱈目ばかりのカヤの告白を一体どこまで真に受けてしまったのか。悪ガキだったわりに変なところで素直な性格のナライだ。きっと混乱してるのだろう。
(だからそんな顔で見るなって。俺は何もしてないんだから。)
もう少しぐらい信じてくれてもいいだろう。――意外と簡単なことで信頼を失ってしまったことに、実は少し傷付いたアザミ。
次に、アザミは家の中に目を向けてみた。
「あっ!ひゃいっ!?」
すると、何も言ってないのに返事をしたカヤがすぐに視線を外していた。
その様子は一言で言い表すと挙動不審。オドオドそわそわして早くこの場から逃げ出したいのだけれど、出口にはアザミが立ちはだかっているせいで逃げられない。そんな感じだ。
本人もマズいことになった自覚があるのだろう。何のつもりか知らないが、ウソにウソを重ねた結果がこれなのだ。
それでも悪びれずにいられるような図太さはさすがに持ってないカヤには、この状況はさぞきついことだろう。
「ハァ……。ま、とりあえず、こいつをなんとかしなくちゃならんよな……。」
アザミは足元に転がっているイサルをコツンとつま先で小突いてそんなことを言っていた。
こいつは急に襲い掛かってきたまあまあ危険な奴だ。――自分にしてみれば完全にただの暴漢・不審者の類でしかない。
だから、こいつが目を覚ます前に身動き取れないようふん縛ってから人気のない山中にでも捨ててしまいたい。そんなことを考えたりもしたアザミ。
しかし本来ならためらいなくそうするはずのアザミも、今回ばかりはその選択をすることはなく。
(友だち?……いや、せいぜい知り合いってところか。どっちにしてもここは自重しておいた方がよさそうだ。)
アザミはこの見知らぬ暴漢を、ナライとカヤの知人だと見て取っていたのだ。
だとしたら、「ちょっとこいつ捨てて来るから留守番してろ」なんて、口が裂けても言わない方がいいだろう。
もしそんなことを言おうものなら、ただでさえ失墜してしまったらしいナライからの信頼が、ますます地に落ちてしまうことは想像に難くないのだから。
「ナライ。」
「え?あ、何?」
「お前がどこまで俺を見損なったのか知らんが、これだけは言っておく。俺は天地神明に誓って、カヤに手は出してないからな。それに今後も出すことはない。それだけは憶えておいてくれ。」
「あ、うん。そう、なんだ……うん。」
アザミの力強い宣言に、一体どこまで納得したのか。勢いに押されて半端にうなずいたナライ。
(……まあいいか。どうせ痴情のもつれに巻き込まれただけだろうし、今はこれで十分だろう。)
まだ子どものカヤに痴情なんてものがあるのかはさておき、話を進めるアザミ。
「それと、こいつを家の中に運びたいからちょっと手伝え。」
「え?なんで?別にそのまま放っとけばいいじゃんこんなの。」
「いや……そういう訳にもいかんだろ。さすがに家の前に転がしといたんじゃ外聞が悪すぎるし、このまま一晩なんてことになったらたぶんこいつ、風邪引くぞ。」
「うう~ん。……分かった。」
ナライは不承不承感ありありながらも同意すると、イサルを運ぶべくアザミの元へと足を運んでいた。
そんなナライを待つ隙に、今度はカヤに向かってアザミが言う。
「それとカヤ。お前には言いたいことは山ほどあるが……でも今はとりあえずいい。それよりも今は湯がいる。火は俺が起こしておくから、お前は水汲んできてくれ。」
「……。」
うつむいていたカヤは目を合わせようともせずに、甕だけ持って飛び出していた。
「あとで落ち着いたら、話はちゃんと聞かせてもらうからな。」
去ってゆくカヤの背中に向かってそれだけ言ったアザミ。
そしてアザミはやってきたナライと力を合わせて、気を失ったままのイサルを家の中に運び入れるのだった。
――外ではあれだけきつかったはずの日差しも、一度家の中に入ってしまえばもう関係ない。
秋と言う季節の特徴は、まず家の内側から表れてくるもので、アザミはイサルを適当な場所に転がしておくと、早速火を起こしにかかっていた。
そしてそんなアザミのことを、まるで幽鬼ように背後から見つめる者が一人。それはナライで……。
「ナライ。」
アザミは火起こしの手を止めることなく、背後に佇んでいるだけのナライに声をかけていた。
「え?あ、何?」
「言いたいことがあるならハッキリ言え。」
なんの感情も持たせないように細心の注意を払いながら言うアザミ。
アザミの手元を見れば、さすがに狩人の手つきだ。この短い間に、すでに火種が出来上がっていて、早くも柴にその火を移そうとしている。
そしてアザミはそんな作業の手を止めることなく、淡々と言葉を続ける。
「さっきも言ったが、俺にはやましいことなんて何もない。それでもお前が俺を信じられなくなったって言うんなら、それはそれで仕方ない。俺は諦める。」
アザミは話の内容そのものよりも、感情を入れないことに気を遣っていた。
ナライの信頼を失ったことはもう済んだことなのだ。それをいつまでもズルズルと引きずるのはアザミの流儀ではなかった。
「でもな、後ろから黙って睨むだけってのはやめてくれ。そういうのはやられると地味に効くんだよ。何もやってないのにとりあえず謝りたくなってくる。だから言いたいことがあるなら今すぐ全部吐き出してそれで終わりにしてくれ。その方が俺も諦めがつく。」
「あ、いや!そんなんじゃない!オレ、別にアザミを信じられないとか、そういうふうになったりしてないよ!」
「……じゃあ、なんだ?」
答えを聞いてナライの方を向いたアザミ。
当然願ってもないような朗報だったのだが、そのことでアザミが感情を表に出すことはなく。
するとナライはものすごく言いにくそうに視線を落としながら、それでもその理由を打ち明けてくれて……。
「……オレさ、考えてみたんだ……。」
「……考え?」
「……もし本当にアザミがさ、オレの義弟になるんだとしたら……オレ、これからどうすればいいんだろうなって……。」
「は……?」
思ってもみなかったナライの告白の内容に、アザミは目が点になっていた。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。孤独を好む割に、人が離れてゆくと無自覚に傷付くタイプ。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。あれでも割と真剣に考えてたり。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。水はすぐそこの用水路で汲める。けど……。
イサル ……自称・ナライの友人。伊指の人。ナライの兄貴分気取ってるけど、全然そう思われてない。おかしい。すぐに目を覚ますはずだったのに。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。しばらく出てこない。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。今いるトコ。
伊指 ……氷見沢のすぐ隣にある大集落。てか町。むしろ氷見沢の方が伊指のおまけ的な立ち位置にある。




