第三章之十一 イサル(三)
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。今、人生で一番のピンチかも。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。情が厚いのか薄いのか。妹を身代わりにした。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。追いつめられると何仕出かすか分からないタイプ。
イサル ……自称・ナライの友人。伊指の人。ナライの兄貴分気取ってるけど、全然そう思われてない。ちょっと距離感が近い。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。しばらく出てこない。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。今いるトコ。
伊指 ……氷見沢のすぐ隣にある大集落。てか町。むしろ氷見沢の方が伊指のおまけ的な立ち位置にある。
「先生はカヤの旦那さまですっ!」
「……は?」
アザミはたったそれだけの一言を絞り出すのに、もう何十年も経ってしまったような気分になっていた。
アザミが人の世に生を受けてより三十と有余年。
汗ばむほどの今日みたいな陽気の中で、背筋が凍り付いたのかと思うほどの冷たい思いをした経験など、果たしてあっただろうか?
(聞き間違い……だよな?)
そうであって欲しいアザミ。今カヤが言ったような事実は、今までに一度だって聞いたことがなかったのだから。
当人が知らない事実なんてあっていいはずがない。――しかしそんなアザミの切実な願いも、発言者当人の言葉によって無情にも打ち砕かれてしまうわけで……。
「……旦那さまです。」
カヤは誰を見るわけでもなく全員に向かってもう一度告白していた。
聞き間違いじゃなかった。――愕然とするアザミ。
ナライもイサルも思いは同じのようで、誰一人として口を開く者はいない。
そして聞こえてくるのは、これで三度目になるカヤの告白で。
「……旦那さま。」
『え――えええええっ!?』
男たちの驚きの声が一斉に上がっていた。そしてそれは凍り付いていた世界がいっぺんに動き出した瞬間でもあったのだが……。
「え!?ウソ!?なんで!?いつそうなったの!?」
「なんなんだそれは!?カヤ、お前一体何を――」
「カッ、カカカカカッ……カヤッ!?そ、そそそそ、そっ、それっ……ほっ、ほっ、ホントに――」
三者三様の混乱ぶりを見せつける男たち。
するとそんな中で一人だけ混乱していないカヤは、畳みかけるようにしてその「告白」を締めに来ていた。
「先生はカヤの大切な旦那さまなんです!だからイサルはもう二度とカヤに近づかないでください!」
「ちょっと待てカヤ!お前、さっきから何言って――!?」
真っ先に抗議の声を上げたのはアザミだった。
それはまるで悲鳴。そう言いたくなるほどの声だ。
しかし、まったく身に覚えのないことをこうも堂々と宣言されては、さすがのアザミだって冷静でいられるはずがない。
だからこその抗議だったのだが、残念なことにそんなアザミの困惑をますます助長してしまう者がそこには一人いて――
「ええ……アザミぃ……。いくらアザミでもそれはちょっと……。」
と、失望の視線を向けてきたのはナライだった。
「やっ!?違うぞナライ!俺は断じてやましいことなんてしてない!だからそんな目で俺を見るな!」
「そりゃオレだってアザミのこと信じたいよ。できればそうであって欲しいなって思ってるよ。……けど……でもさあ……。」
「できればじゃなくてそうなんだよ!いいからお前もちょっと落ち着け?な?」
落ち着くべきなのは、果たしてどっちなのか?――まるで汚物を見てるみたいな視線を向けるようになってしまったナライと、そんなナライを必死の思いで説得するアザミ。
その傍らでは、悪い夢でも見ているかのような真っ青な顔のイサル。そんなイサルがカヤに発言の真偽を問い質していて……。
「う、ウソだろカヤ?ウソだって言ってくれ……。そんなわけ……。」
「本当ですぅ!先生はカヤと、『カヤが大人になったらすぐに夫婦になろう』ってずっと前から約束してて……えと……だから……それで……今日はお父さんに会いに行こうって……そ、そういうところだったんだからっ!」
「ひぎゃあっ!?」
悪い冗談だと言って欲しかったのに、却って追い打ちを食らって悲鳴を上げたイサル。
そしてその会話をちゃんと聞いていたナライたちは……。
「アザミぃ……やっぱり……。」
「違う!違うぞ、ナライ!俺は無実だ!――カヤ!お前ももうそれ以上何も言うな!」
アザミの必死の抗弁が辺りに響き渡る。
「そ、そんな……お、おれのカヤが……。おれの方がこんなオッサンよりずっとカッコいいのにどうしてそんな……。」
衝撃のあまり体がぐらぐらふらふらし始めたイサルが、結構失礼なことを独り言ちていた。
しかしそんな言葉でも、きちんと拾ってしまったカヤは……。
「ふーんだ!先生はイサルなんかよりずっとずうっとカッコいいですぅ!それに優しいし頼りになるし、こないだの柴馬でだって、先生は泣いてたカヤの涙を優しく拭いてくれて、それから……ええと、その……。」
聞かれてないことまでベラベラ語りだしたカヤ。
その言い草はところどころ詰まったりしていて、知っている者ならウソだとはっきりわかる内容なのだけれど、知らない者にはそれなりに信じてられてしまう内容だったようで……。
「アザミ……それってもしかしてオレが寝込んでた時のこと?オレ、あの時すっごくきつくってそれでも頑張ってたのに、アザミはカヤとそんなことしてたなんて……。」
「してないっ!してないからなっ!信じろ!ナライ!俺は何もしてないんだっ!――あとカヤ!頼むからもう何も言わないでくれ!それで苦しむのはたぶん俺だけだから!あとそこのお前!お前が何か聞くたびに事態が悪くなる一方なんだよ!お前が誰だか知らんが、俺がいいって言うまでちょっと黙ってろ!」
アザミの忍耐力はもう崩壊寸前だった。
アザミがどれだけ必死の思いで抗議をしても、残念なことにこの場の誰にも届いてはいないようだ。
だからカヤは聞かれてもいないことを喋り倒しているし、ナライはずっと胡乱な視線で見て来るし、イサルに至っては完全にアザミを敵視しているようだ。
「それにカヤはもう先生の家に一緒に住んでるんですっ!だからイサルはカヤのことはもうきれいさっぱり諦めて、二度と近づかないでっ!」
「んがっ!!」
トドメの一撃を食らったイサルが白目をむいて固まってしまっていた。
よっぽどの衝撃だったのだろう。さっきまでぐらんぐらんだった体も一瞬にしてカッチカチになってしまっている。
その一方で、ついさっきまで忍耐力が限界突破しようとしていたアザミは……。
「あ、うん。それは本当のことだな。」
と、アザミは同居の事実を聞かされたことで、ちょっとだけ冷静さを取り戻すことができていたのだ。
「お、おい。」
イサルのあまりの硬直ぶりに、「もしかして死んだのでは?」との予感がよぎったアザミが、思わず声をかけていた。
「……。」
だが返事はない。呼吸している様子もない。ピクリとも動かない。
もしかしてこれは、本当にもしかしてしまったでは?そう思うアザミだが……。
「お前……大丈夫か?」
「……う……。」
アザミがポンと叩いてみると、イサルがわずかに声を漏らしていた。
死んではいなかった。――安心したアザミがもう一度叩いてみると、やっぱり同じような呻きを漏らしたイサルだ。
「う……。」
「う?」
よく見ると、イサルは口をパクパクさせて何かを言いたいようだった。アザミがその言葉を聞こうと耳をそばだててみるとイサルは……。
「う、うおおおおおっ!」
「うおっ!?なんだっ!?」
イサルは突如憤怒の雄叫びを上げると、油断していたアザミに掴みかかっていた。
「なんだ、お前っ!?急に!?」
「チクショウ!よくも!よくもおれのカヤを誑かしやがったな、こンの間男がぁあっ!」
「何言ってんだお前!」
「うるせえ!死ねえっ!死んでおれとおれの嫁に償ええぇっ!」
こうなるともう話し合いどころではなかった。
このままにしておくと、イサルはアザミを絞め殺してしまいそうな勢いなのだ。
しかしそうなると、こうまではっきりと敵意を向けられて、それでも黙っていられるようなアザミではないわけで。
「ちょ、おい!――お前っ!落ち着けって!――ぇえい、くそっ!お前!ちっとは落ち着いて人の話を聞け――ってんだよっ!」
ついにキレたアザミ。
アザミはイサルの鳩尾に、ドスッ!と遠くでも聞こえるぐらいの強烈な突きを食らわせていた。
そして憐れなイサルは「ひっ」と息を詰まらせると、今度こそ本当に白目をむいてその場に崩れ落ちたのだった。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。なんでも拳で解決してた時期の名残がある。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。根っこはものすごく素直。だから結構信じちゃう。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。自分でも何言ってるか分かってない。目ん玉グルグル。
イサル ……自称・ナライの友人。伊指の人。ナライの兄貴分気取ってるけど、全然そう思われてない。一転して被害者。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。しばらく出てこない。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。今いるトコ。
伊指 ……氷見沢のすぐ隣にある大集落。てか町。むしろ氷見沢の方が伊指のおまけ的な立ち位置にある。




