第三章之九 イサル(一)
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。掃除とか普段しないのでヘタクソ。カヤの邪魔になってそう。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。根が素直だよね。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。嵩にかかる見本を示した。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。
「ハア~ア~……ちぇ……。」
庭に一人しゃがみこんだナライはガッと草を一掴み。そしてブチッとその草をむしり取ると、そのままベタッと尻もちをついて、やたらと良く晴れ渡った今日の空を見上げていた。
そうして見上げた空は青くて、白くて、だけど西の方は仄かに赤みを帯び始めている。ナライの目にはそういうふうに見えていた。
「くっそ~。何やってんだ、オレ?」
掴んだままになっていた雑草を放り出して自問してみるナライ。
――アザミに「何もするな」と言われたから、逆に掃除をやりたくなってしまった。けれど、こうして実際にやってみると、やっぱり掃除なんて作業――とりわけ草むしりなんてモノ、どう考えても面白いはずがないのだ。
「な~んか上手くしてやられた気がするんだよなあ……。」
早くも草むしりに飽きてしまったナライは、もう愚痴る以外の時間の潰し方を思い付かなかった。
考えてみれば、そもそもの会話の始まり方からしておかしかったのだ。
家に入った時、どうしてカヤは去年の掃除っぷりを誇った兄貴の言葉を否定したのか?
掃除をしようと決めた時、どうしてアザミは何もしなくていいと言ったのか?
考えれば考えるほど、あれは二人が自分の知らないところで示し合わせていた陰謀で、その陰謀に自分にまんまと嵌められたんだ。――そんな気がしてくるナライだ。
「ああ、くっそ!やったらあ!……っし!一に二ぃのぉ、三っ!」
気を取り直したナライは手近に生えていた草をもう一掴み。そしてグッと目いっぱいの力でズボズボッ引き抜いてみたものの、結局それだけでナライの労働意欲は底を突き始めていた。
「ああ~、あっつう……死ぬぅ……。」
背中と首を容赦なく焦がしつけてくる太陽が恨めしかった。一時の暑さはもうなくなったけれど、それでもこの日のある内はまだまだ暑い。
ナライはそれだけで、もうくじける寸前だ。
「あ。……そうだ、疾風。大丈夫か?」
急に愛馬のことを心配し出したナライ。
厩のほうに目を向けてみれば、馬でもこの暑さはやっぱりこたえるらしく、疾風たちがへばってる様子が伝わってきていた。
水はよく飲んでいるけれど、飼葉はまったく減っていないようだ。
「うん。よし!これは川だな。川行こう。」
そんなことを思い立って、立ち上がったナライ。
疾風のことが心配なのはナライの本心だった。このままじゃ疾風は体調を崩してしまうかも知れないのだ。
この時期なら川の方がここよりもずっと涼しいし、疾風たちを涼ませに行くと言えば、きっとアザミも許してくれるに違いない。
こうと決めたら早いのがナライと言う男子だ。
すっかり川に行く気になったナライは、手の中の雑草を無頓着に手放して「よっ」と立ち上がると、家の中で掃除に勤しんでいるはずのアザミに声をかけていた。
すると……。
「ねえ、アザミー。オレさあ、ちょっと疾風を川に連れて――」
「おいっ!そこのっ!」
「わゃっ!」
ナライは突然背後から声をかけられて、思わず飛び上がっていた。
「そこにいるのは、ひょっとしてナライじゃあないのか?」
そんなナライにかけられる誰何の声。
ナライが振り向いて見ると、そこには見知っているような気がする若い男の姿が。
「……な、なんだ。誰かと思えばお前かよ……。」
声の正体を知ったナライは、それだけ言うと急に表情が冷め始めていた。
こんなのにビックリさせられたのがムカつく。でもそれを顔に出すのもムカつく。――この若者はナライにとって、そういう相手だったのだ。
しかしその若者に、そんなナライの気持ちを推し量る術などあるはずもなく。
何も知らない好い気な若者は、やたら親し気にナライに近づいて来るではないか。
「やっぱりナライだ!いやあ久しぶりだな。一年ぶりか?」
「あ、うん。」
「おいおいなんだよ、『うん』って……。それだけか?一年ぶりの再会だってのにさあ。今日のナライ、なんだかちょっと冷たいんじゃないの?」
「あ、うん。」
「またあ……。あ!そうか、判ったぞ!ナライ、あんまり久しぶりなもんだからおれが誰か分かんなくなっちゃったんだろ?――ったく、しょうがねえなあ。いいか。おれのこと、よく見てみろよナライ。」
「……。」
こっちが一言返事するだけで、十倍ぐらいになって返ってくる言葉の嵐に、早くも辟易し始めたナライ。
忘れてないから冷めてるんだと言うことが、こいつには解らないらしい。
「どうよ?思い出したか?」
「……別に。」
「ッカァー!マジかよ!?ナライ、本当におれのこと忘れちゃったの?――おれだよおれ。イ・サ・ル。」
「あ、うん。」
「またそれェ!まったくさあ、一年会わなくたっておれはちゃあんと覚えてたってのに、そっちは忘れてるなんて。あのさあナライ、いくらなんでもちょっと友だち甲斐がないんじゃないの?」
「あ、うん。」
とりあえず決まりごとの様に四回目の返事をしてやったナライ。
友だち甲斐とかはなくても全然構わないけれど、一体誰が誰と友だちなんだろうか?
一年ぶりでもイサルは相変わらずのうざったい奴だった。
そう。この若い男の名はイサル。――独りを好むナライにとって、友だちと呼べる数少ない人物だった。ただしそれは、あくまでもイサルの側から見た一方的な見解ではあったのだが。
齢はナライの二つ上。一応ながらもう元服は済ませている。……はず。
ナライがまだ小さかったころは、面倒見の良さに惑わされてうっかり懐いてしまったこともあったけれど、如何せんこの性格だ。
ナライも齢を重ねるごとにイサルの鬱陶しさに段々と嫌気がさすようになってきて、今ではできれば会わずに済ませたい。――イサルはそういう相手になっていたのだった。
「で?イサル、なんでお前がここにいるんだよ?お前ん家、伊指だろ?」
「ふふん。それ聞いちゃう?」
ナライの方から尋ねてきてくれたことがそんなに嬉しかったのか、やたらと得意気に聞き返してくるイサル。
イサルはいつでもこうだった。
(そういうのいいからさっさと言えっての。)
そう思ったナライ。
ホント、迂闊に質問なんてしなければよかったと後悔もしたが、しかしそんなことは後の祭りと言うもの。
「見ろよこの格好。ナライ。これがなんだか判るか?」
イサルは胸を張ると、自分の格好をナライに見せびらかしていた。
「あ?」
しかしそういうところが、ナライをますますイラつかせるのだ。
ナライはもうまともに答える気にもならず、ただそう返しただけだった。
「どう?判る?判っかんないか?いいよ。教えてやるよ。――実はおれさ、兵士になったんだ。んでもってな、今日は任務でここに来たってわけ。そういうことなんだよ。どう?驚いた?」
「へー。あーそー。ふーん。」
誇りなのか自慢なのか。鬱陶しさに磨きをかけて語るイサルに、もういい加減にしてくれと主張したいナライの投げやりな反応が襲っていた。
しかしイサルがそんなことぐらいで自らの言動を振り返ることができる男なら、ナライからこんなにも毛嫌いされることもないわけで……。
「あ。ナライ、さては信じてないな。いや、ウソじゃないって!今日だっておれ、タイショー直々に命令を貰ってさあ、こうしてナライん家の様子見に来たんだって。」
そう誤解したイサルは自分の事情をベラベラと喋り始めたのだった。
「……。」
「だからウソじゃないって~。信じてくれよ~。」
ナライの釣れない態度がイサルの舌をますます滑らかに動かしてゆく。
しかしナライは、そんなイサルの話なんてもうほとんど聞く気にもならず、向こうに見える山の稜線を眺めていた。
山は一年前と同じ相変わらずの姿で、ナライに「おかえり」を言ってくれていた。ナライにはそんな気がしていた。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。勿論、陰謀とかできない馬鹿正直系の人。あ、出番がねえ。珍しい。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。あんなんで陰謀だ!なんてと思ってる内はまだまだ子ども。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。陰謀企てるほど悪質じゃない。ん?出番がねえ。ま、そう言うこともある。
イサル ……自称・ナライの友人。伊指の人。ナライの兄貴分気取ってるけど、全然そう思われてない。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。黒いと余計暑そう。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。馬は基本暑いの嫌い。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。白い分まだまし?
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。しばらく出てこない。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。今いるトコ。
伊指 ……氷見沢のすぐ隣にある大集落。てか町。むしろ氷見沢の方が伊指のおまけ的な立ち位置にある。




