第三章之八 夜に向けて
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。去年のナライは本当にちゃんと掃除していたのか。実は憶えてない。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。去年はちゃんと掃除したと言う自負がある。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。あんなのは掃除した内に入らないと思っている。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。
昨年、家を出る前には自分も頑張って掃除していたと言い張るナライ。その主張の真偽はさておいて――
「だが、ま。なんにしてもここに泊まろうってんなら、まずは掃除からだな。」
おもむろに話題を変えたアザミは、これから何をすべきか二人に示していた。
「――俺はそんなに気にもならんが、さすがにお前たちはこんなトコじゃ寝るに寝られんだろ?」
これはあくまでもお前たちの為だと言いたいアザミ。どこまで行ってもつまらない言い訳でしかないけれど、これがアザミの狩人としての譲れない矜持なのだろう。
「そう言えば、この家。なんかさっきから変な臭いがする気がするんですけど……これ、わたしの気のせいなのかな?」
アザミの話に乗ったカヤがそんな疑問を口にしていた。
「あ、それ。気のせいじゃないよ。オレもずっと気になってたし。何の臭いなんだ、これ?」
そしてそんなカヤの話に乗っかってきたのはナライだ。
「ん?ああ、そりゃカビだろうな。長いこと閉めきってたし、湿気が籠って生えたんだろ。」
アザミは同じ疑問を持った二人に、部屋の隅を示していた。
暗がりの中で分かりにくいけれど、確かによーく見てみると、そこには隅っこ陰影とはまた違った風合いの黒い染みが見えるような見えないような……。
「うへえ。カビかあ……。」
臭いの原因を知ったナライが露骨に嫌そうな顔をしていた。
「じゃあ先生、掃除ってカビも取るんですか?そんなとこまでやってたら、すぐ夜になっちゃうと思いますけど?」
「そこはまあ、ほどほどに、な。」
カヤの質問に肩をすくめて応えたアザミ。
「もっと早く着いてりゃ、ちゃんと掃除する時間もあったのにな。」
そんなアザミに、ナライがチクリとやっていた。
「お兄ちゃん。そう言うこと言わないの。」
「ま。どーでもいいけどさ、別に。」
カヤに言われて、すぐに撤回したナライ。
確かに、本当ならばもっと早く家に着いていたはずだった。なのに、これだけ到着が遅れてしまったのは、一行の歩速をわざと落としていたアザミのせいだと言って間違いないだろう。
しかしアザミにしてみても、まさか子どもたちに気を遣われることになるなんて、思ってもいなかったわけで。
「ああ、ナライ。お前は何もしなくていい。邪魔にならない所で休んでろ。」
アザミはちょっとだけ惨めな思いをしながら、ナライに指示を出していた。
「は?なんで?」
「なんでって……言われなくてもいい加減分かるだろ?お前は怪我人。そして俺は、怪我人を無理に働かせるようなことはしない。」
「でもオレもう平気だよ。ほら!こんなんしてももう全然痛くないし!」
ナライはピョンピョンと飛び跳ねたりしながら、自分の全快ぶりを主張していた。
「それはそうかも知れないが……でもダメなものはダメだ。」
しかし頑として意見を変えようとしないアザミだ。
だからナライは、そんなアザミの頑な態度を穿った目で見るようになってしまい……。
「アザミってさあ、もしかして過保護なの?」
と、予想外の言葉をぶつけてきたのだった。
しかしそうなると、答えに困るのはアザミで。
「過保っ!?……ナライお前。そんな言葉どこで覚えたんだ?」
「さあ?よく分かんないけど、なんか知ってた。で、アザミってやっぱり過保護なの?」
「う~ん……。」
アザミは言葉に詰まっていた。
(過保護?俺が?)
ナライたちをそんなふうに扱っているつもりなんて毛頭ないアザミだ。
必要ならば今すぐにナライを谷底に突き落とすことだって厭わない。――いつだってそういう心構えでナライたちとは接しているつもりのアザミなのだ。
「ま、そこはどう思ってくれても好きにしていいが……。とにかく。俺はお前の怪我が完全に治るまでは無理させないって、そう決めてあるんだよ。」
アザミは自分は過保護なのかについての判断は棚上げして、ナライの主張を退けていた。
しかしそんな頭ごなしなやり方でナライが納得するはずもなく。
「だからオレもうどっこも怪我してないって言ってんじゃん。」
「ダメなものはダメだ。大人しくしてろ。」
「ヤだよ!ヤだ!ヤだ!ヤだ!ヤだ!ヤだ!ヤだ!ヤだ!ヤだ!オレもなんかしたい!オレにもなんかさせてよ!」
ナライは、駄々っ子みたいに地団駄踏んでゴネ始めていた。
その姿は今年――しかもあと数日以内に元服をしようかと言う男にはとても見えない。
「お兄ちゃん……いっつもお母さんに怒られるって分かってるのに掃除って聞くだけで逃げちゃってたくせに、こんな時ばっかり……。」
そんなナライに呆れて口を挟んだのはカヤだった。
「なんだよ。したいんだからいいだろ別に。」
「そりゃ何もしないよりは手伝ってくれる方がいいけど……。お兄ちゃんてさ……。」
それからカヤは「はあ~あ……。」と思いっきりため息を吐いていた。
「なんだよ?」
「この天邪鬼。」
「むっ……。」
「へそ曲がり。」
「ぐっ……。」
「逆張り。人と反対のこと言えばカッコイイとか思ってるんでしょ?」
「うぐっ……。」
「カヤ。もうやめてやれ。」
一言食らうたびに、何も言い返せなくて呻くだけのナライ。
さすがに見かねたアザミが、カヤを止めに入っていた。
「だって先生。今ならお兄ちゃん何も言い返せないからすごく面白いですよ。先生もやりますか?」
鬼かこいつは?――アザミは今までにないカヤのやり方に戸惑っていた。
今までのカヤのやり方と言えば、正論で殴るだけだった。それだけでもナライに勝ち目はなかったのだけれど、それが一体いつの間にこんな責め方まで覚えたのだろうか。
「いや。それは遠慮しておく。」
アザミはカヤの提案を丁重にお断りしていた。そしてナライに向き直って、その意志をあらためて問う。
「――でだ。ナライ。お前、カヤにこうまで言われても、それでも掃除したいって……そう言うんだな?」
「うん。やりたい。」
「本当だな?やっぱりヤダとか言わないな?」
「うん。言わない!男に二言はないって言うじゃん。」
ナライの真直ぐな言葉を聞いたアザミは「ふう」と息を吐いた。
「分かったよ、ナライ。お前がそんなに働きたくてしょうがないって言うんなら、その気持ちを無下にするわけにはいかないな。よし。お前にも仕事をやる。」
「ホント?」
「ああ。お前は庭に出て生え放題になってる雑草を駆逐しろ。思う存分働いてくれていいぞ。」
「オレは草むしればいいの?」
「ああ。ただし地面に生えてる奴だけだぞ。屋根は危険だしやってる時間もないから放っておけ。絶対に登ったりするなよ。」
「応!任された!」
「いいかナライ!庭だけだ。屋根には登るなよ!絶対だぞ!」
「分かってるって。」
こうしてナライは碌に話も聞かずに喜び勇んで、雑草生え放題になっている庭へと飛び出したのだった。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。ナライ兄妹を非常に厳しく養育してる。つもり。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。早速前回の反省を生かして、掃除にも積極的。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。たまに自分の方がお姉ちゃんなんじゃないかと思うことがある。そう。今回みたいに。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。




