第三章之六 氷見沢の景色
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。大人だって虫の居所が悪い時ぐらいある。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。元気が余りがち。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。年齢的にもちょっと不安定かも。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。
ここはもう氷見沢。――そう知ってからと言うもの、もうソワソワしっぱなしのナライとカヤだったが、そんな胸中とは裏腹に一行の歩みは牛の如くのんびりとしたものだった。
「ほおう……意外だな。この様子じゃ、避難したのはせいぜいが十軒に一軒ってところじゃないか。」
民家から立ち登る煮炊きの煙を数えながらそんなことを独り言ちていたのは、当然アザミだ。
アザミはこの氷見沢の現状を確認するために、敢えて一行をゆっくりと進ませていたのだ。
氷見沢の里――それは里の東に流れる清流・喜多見川と、ムダにただっ広いだけが特徴のナライたちの故郷だ。
昔ながらの農耕と漁労で成り立っていたこの里も、賊徒討伐の拠点になった深沢からわずかに七里北に位置していることもあり、今では深沢の後方支援の役割を持ちつつあった。
「ま、ここを出たところで行き場のない奴の方が多いだろうし、まあこれでも減った方か。」
里の様子をつぶさに観察するアザミ。
アザミのその言い草は完全に他人事のそれだったが、それだけに客観的で、的確に里の現状を突いてもいる。
ぱっと見では、一年前とそれほど変わったように見えないこの氷見沢だ。――確かに、普通にこの地に根付いて普通に日々の暮らしを営んでいるだけのただの住民には、普通に考えれば里の外に頼る者なんているわけがない。
それにこの里には、この地に愛着を持っている者も多い。だから敢えて残る者も相当いるのだろう。
「ま、ここもいい土地だしな。それもしょうがないか。」
色々と見て取ったアザミはそんな結論を出していた。
見れば、今でもそこかしこの畑で収穫期を迎えた稗の刈り取りに精を出している者が何人もいる。
彼らにしてみれば、それは毎年変わることのない悠久の営みなのだろう。
そうしてアザミがふと思い出したのは、一年前のあの日のことで――
――それは一年前。旧友一家を引き受けたアザミが、ヤクトとしばしの別れの言葉を交わしていた時のこと。
「よし。確かにお前の家族は俺が引き受けた。来年、雪が解けたら一度様子を見に来てやるよ。出来ればお前の家族も連れてな。」
二ッと笑ったアザミ。来年の春に状況がどう変わっているのかは知らないが、自分に出来るのはそんなことぐらいだろうと思っていたのだ。
しかしその言葉を受けたヤクトは、どうにも心外だったらしく……。
「あ?雪解け?何を悠長なこと言っとるんだ、お前は?」
と、抗議の声を上げたではないか。
「来年?ハハハ。冗談だろ。雪が降る前に片を付けるつもりだぞ、俺は。やっぱり新年は家族そろって迎えたいからな。」
「は?お前こそ何言ってる?賊徒討伐だぞ?兵の指揮だぞ?それに兵の指揮ったって、今集めてる奴ら、素人同然なんだろう。そんな連中、一体どう使いこなせば年内に片が付けられるってんだよ?」
「ふふふ。まあ、普通にやってたらできないよな。」
「……!……ふん。そうか。……策……が、あるんだな?」
「さあ、どうだろうな。でも俺は短期決戦のつもりでやる。かなり運頼みな部分もあるが、それでもやってできないことはないと俺は踏んでいる。」
「ふうん、そうか。ま、お前がそう言うなら俺からはもう何も言わないが……。」
「――――――――。」
「――――。」
――それがヤクトとの最後の会話だった。
あの時のヤクトの短期決戦の意志。
半分は「年越しは家族で」という自身の希望だったのだろうが、もう半分はこの里に残る者に不安を与えないという気遣いでもあったのだろう。
「あいつ、こんなことも見越してたんだなあ……。」
そのことを一年越しで知ったアザミは、自分にはない思慮を持ったあの旧友に感心しながら、農作業に精を出す人々を見るのだった。
「アザミ!そんなのどうでもいいからさあ、早く行こうよ。」
アザミが何やら感慨深くなっていると、そんな抗議の声を上げたのはナライだった。
ナライは一年ぶりの地元だと言うのに、里の風景に全然興味を持てなかったようで、のんびりと観察してばかりのアザミを急かしていたのだ。
「早く!早くいこうよ、アザミぃ!」
急かしまくるナライ。
ナライにしてみれば、こんなどうでもいい当たり前の風景を眺めるために歩速を落とすアザミに我慢ならないのだろう。
しかしナライにそう言われた程度のことで、アザミが急ぐはずもなく。
「そう急ぐなって。今から急いだって、全体で見れば大して変わらないんだしな。」
と、相変わらずの調子で里の観察を続けているアザミだ。
確かにアザミの言う通り、すでに旅を始めてから二十日以上が経過している。
すでにそれだけの時間が経っているのに今さら氷見沢の中を駆けたところで、ヤクト宅までの到着時刻は誤差でしかない。
しかし懐かしい自分の家がすぐそこにあると感じてしまったナライには、そんなことは関係ないようで……。
「なんだよ。アザミのケチ。」
と、ナライはアザミの悪口を言い始めたのだ。
「ケチじゃない。」
「バーカ。」
「バカでもない。」
「ハーゲ。ハーゲ。のろま。お前のかー――」
「ナライ。」
止まらないナライの悪口を遮ったアザミ。そして……。
「痛え!?」
ゴチンッ!――と、久しぶりに聞いたような音が辺りに響くと、やっぱり久しぶりに聞いたようなナライの悲鳴が聞こえていた。
そして頭を抱えてうずくるナライにアザミが淡々と言う。
「ナライ。俺はな、これでもおふくろさんに頼まれてるんだ。お前たちをしっかり監督して躾けるようにってな。だからあんまり口が過ぎるとこういうことにもなる。気を付けろ。」
「そんなの聞いてないよ!」
「ああ。そう言えばそうかもな。でも今言ったし、それで良いだろ。」
「良くないよ。なんだよそれぇ……っうわあ~痛ってえ~、超痛てー。」
母のそれよりもはるかに痛かったらしいアザミのゲンコツ。
そんなやり取りが行われている黒雲の後ろでは、はるかぜを駆るカヤが珍しく何も口を挟まずに、ただ「フフフ」と笑っていた。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。現状把握は大切。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。成長したようで、してなかったりする。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。出番がないのは珍しい。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。
漁労 ……要は漁業ですよ漁業。魚獲ったり貝獲ったりしますよ。
七里 ……一里600mぐらいなんですってよ。




