第三章之五 弁当騒動~到着・氷見沢
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。はるかぜの脚を診てから弁当タイム。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。一足先に弁当タイム。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。はるかぜの脚を診てもらってから弁当タイム。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。アザミとナライが同乗。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。荷物運び。
はるかぜ ……カヤの愛馬。白い方。怪我した脚は全然平気。
男(頬腫らし)……正体は賊徒のあいつでした。しばらく出てこないので消しまーす。
女 ……頬腫らしを保護した山奥でひっそりと暮らす女。しばらく出てこないので消しまーす。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
柴馬からの道中は、アザミたち一行にとって順調と言ってよいものだった。
アザミは先の失敗を踏まえて、周囲の気配を探ることに余念がなかったし、そうでなくてもアザミが選んだこの旧街道は、森さえ抜けてしまえばあとは見晴らしの良い道が続くだけの、賊徒がたむろするにはあまりにも適さない場所だったのだ。
そしてこれは、一行が再出発してから四半刻ほどが経ったころのこと――
「ホンット信じらんない!」
そんなふうに不満をぶちまけたのは、一行の先頭を行くカヤだった。
カヤは大変な腹立ちようで、その怒りは主人のことなら大抵のことでは動じないなはるかぜですら尻込みしているほどだ。
しかし、ついさっきまであんなに機嫌の良かったカヤが、どうしてそんなにも怒っているのかと言うと、それは――
「みんなの分のお弁当一人で全部食べちゃうなんて!どうかしてんじゃないの!?」
そう。それこそがカヤが怒っていた理由だった。
木立の影での昼休憩。あの時、三人の中で一人だけ一足先に弁当に手を付けていたナライ。
そのナライが、あろうことか全員分の弁当を一人で全部平らげてしまったのだ。
「だってしょうがないじゃんかよ。オレだってみんなの分もあったなんて知らなかったんだしさ。」
「『しょうがない』で三人分も食べる?量見て気付くでしょ、普通。『あ、多いな。これは三人分あるな』とか思わなかったの?」
「オ、オレはただ……もらった分、食っただけだし……。他にも同じぐらいのがあと二つあるんだろうなって……。」
「なーにが、『もらった分、食っただけだしぃ』よ!結局何も考えてなかったから、あるだけみんな食べちゃったってことでしょ!」
「だってさ――」
「『だってだって』じゃない!言い訳するな!言い訳するんならその前にちゃんと謝れ!このバカお兄っ!」
カヤは怒り心頭のようだった。
いつもの兄妹ゲンカからは考えられないぐらい感情を表に出している。
食べ物の恨みは恐ろしいとは言うが、いくらナライだってこれほど激しく詰られると分かっていれば、一人で全員分食べ尽くすなんて軽挙には出なかったことだろう。
「カヤ。あんまり怒るな。怒ると余計腹が減るぞ。」
カヤのあまりの怒りように、見かねたアザミが止めに入っていた。
「だって先生!このバカお兄ちゃんが!」
「ああ。お前が怒るのももっともだ。でもナライに三人分渡しちまったのは確かに俺だしなあ……。」
アザミは気後れする自分を感じながら、カヤを宥めていた。
何しろあの時、何も考えずにいたのはナライだけじゃない。自分も同じなのだ。
だからカヤが怒れば怒るほど、自分も責められているような気分になってしょうがないアザミなのだ。
しかしアザミに対しては強く出られないのがカヤという娘。だからこの件はこれで終わるのかと思いきや。
「あ、はい……。あの、次からはホント、気を付けてくださいね。」
「ああ。すまん。二度とないように気を付ける。」
「え?何?じゃあやっぱりオレ、悪くなかったってこと?」
愚かなる・者ナライは、せっかく消えかけた火に油を注いでいた。
だが、これに逸早く反応したのはまさかの人物で……。
「ナライ。俺に落ち度があったのは事実だが、だからってそれでお前の罪が赦されたわけじゃない。俺まで怒らせたくないんなら、謝るか黙るか。どっちかにしろ。」
「……あ、うん……ごめん……。」
あのアザミですら怒っていた。
結局、食べ物の恨み勝る怨恨はない。これはナライがそういうことを嫌と言うほど思い知らされた出来事だった。
そんなふうに弁当騒動なんてのもあったりもしたが、それも今となっては過去のこと。
あれから昼と夜を三回ずつくりかえす内に、そんな恨みもいつの間にやら消え失せていたこの一行が、今どこまで来ているのかと言うと……。
「――ん?――ん?――んん~?」
アザミと一緒に黒雲に乗っていたナライが、やたらとソワソワキョロキョロとし出していた。
「どうした、ナライ。小便か?」
さっき行ったばかりだろ。そう付け足したアザミ。
しかしナライはムッとしてアザミを見上げると、その言葉を否定していた。
「違うって!なんかこの辺さ、見たことある気がするんだよ。」
「ふうん。そうか。でも気のせいじゃないのか?」
「いいや。絶対気のせいじゃない。だってほら、あの家とかそこの畑とか。オレ、見たことあるもん。」
いつになく自信の有りそうなナライの答えだ。
だからアザミは、これ以上はぐらかしたところで特に面白い状況にはならないだろうと悟って――
「ははは。ま、そうかもな。いいか、ナライ。ここはお前たちの里・氷見沢の北はずれだ。ここは去年も通った道だし、見覚えがあっても不思議じゃないだろうな。」
と、ナライの勘が当たっていたことを教えたのだった。
「やっぱりそうなんじゃん!」
「お前たちの家までのんびり行っても、まあ一刻。だからこっから先は進むにつれて、どんどん見覚えのある場所が出て来るぞ。」
「そっかあ。」
一年ぶりの帰郷に、興奮を抑えきれないナライ。
だから手近にいるカヤにその喜びを分けてやろうとしていたのだが――
「聞け!カヤ!ここ、もう氷見沢なんだって!」
「うん。知ってる。」
と、あまりにも素っ気ない返事のカヤ。
「あ?なんで知ってるんだよ?」
「だって聞こえてたもん。でもお兄ちゃんもさ、ちょっと氷見沢に入ったぐらいではしゃぎ過ぎじゃない?お家までまだまだだよ?」
「なんだよ。いいだろ別に。そう言うお前は、嬉しくないのかよ?」
「別に。まだ何とも。」
「ちぇ。」
こうして、そっぽを向いたナライ。ナライは普段通りに振舞うカヤの態度が不満のようだった。
しかしそんな二人の様子を見守っていたアザミは……。
「カヤ。少し出過ぎだ。もっと落とせ。」
「あ。はい。」
と、注意したアザミ。はやrアザミは至って冷静だった。
アザミには、カヤだって十分に興奮しているように映っていたのだ。
何しろこのカヤ。ツンとすまして、なんでもないようなフリをしているようでも、嬉しいものはやっぱり嬉しいらしい。隠しきれなかった喜びが足をムダにプラプラさせて、そのせいで腹を小突かれたはるかぜが勘違いして速足になっていたのだ。
それから――
「ねえ、先生。」
歩速を合わせて横に並んだカヤが、アザミに声をかけていた。
「ん?」
「お父さん、今、深沢ですよね?じゃあせっかく氷見沢に帰ってきたのにお家、寄ってかないんですか?」
「ああ。そのことか……。それはな――」
旅の終点を教えたアザミ。
この旅の目的はヤクトに会うことだった。
そのヤクトは今、深沢にいる。
なら深沢まで行くのか?答えは否だ。
旅の終点はあくまでも、この氷見沢だった。
ヤクトと手紙をやり取りする中で決まった今回の旅だったが、さすがに子どもを賊徒討伐の最前線となっている深沢に入れるなど、ありえないことだ。
だから、アザミとヤクトは、ヤクト宅を旅の終点に定めた。そうしてナライたちが到着したら、ヤクトの方から会いに来る。
そう言う手筈になっていたのだ。
「――ま、そういうことだ。だから俺たちが向かってるのは深沢じゃなくて、お前たちの家。よかったな。もうすぐ家に帰れるぞ。」
「……。」
「……。」
結局、アザミがそう振っても二人が何か答えることはなかった。
しかし喜んでるらしいことは十分に伝わってきて、アザミはのどかな風景が広がるこの氷見沢の旅を楽しむのだった
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。よっぽどのことがないと、あんまり怒んないはずなんだけど……あれ?
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。元気になった途端やらかした。悪気はない。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。すげー怒ってた。激おこぷんぷん丸って十年ぐらい前だっけ。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。実は今、暇を持て余したナライに手綱引かれてる。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
氷見沢 ……主人公兄妹の故郷。一年ぶりに帰郷せり。
一刻 ……約2時間。




