序章之五 転機
ナライ ……主人公。兄。元服前の少年。正義感を直情的に表現したらピンチになった。
カヤ ……主人公。二つ下の妹。出番はないが、どうにかして引き返そうとしてる。けど疾風が言うことを聞いてくれない。
鹿頭 ……賊徒たちの首領。牡鹿の頭を被っている。冷酷と言うよりは非情。
副首領 ……賊徒のナンバー2で仕切り役。実は鹿頭との付き合いが一番長い。
頬腫らし……外観が特徴的な荒くれた賊徒。腫れた頬も欠けた指も全部自分に原因がある。
賊徒×2……下手に徒党を組んだせいでまだ個性を発揮できていない荒くれ。逆に言うと単独だと行動できないタイプ。
アザミ ……ナライの旅の連れ。保護者。成人男性。まだ回想でしか出て来てない。
疾風 ……ナライの愛馬。出番はない。ナライと気が合う一方でカヤとは気が合わない。
間合いの外から執拗に礫を撃たれ続ける。まだ子どものナライにそんな陰惨な私刑が行われてから、しばらく経った頃――
「……ひゅ……ひゅー……。」
ナライはついに膝をついていた。
普通ではなくなっている呼吸の音。ぼやけて半分も見えなくなった視界。
それでもナライは、こいつらを妹の所へ行かせるわけにはいかないという使命感だけで、意識を失わずに踏み留まっていた。
「おいおい。こいつあ……。」
「ああ。こりゃ相当なもんだな……。」
「まさかこれだけやってもまだ倒れねえとはなあ……。」
それぞれが腰に下げた礫袋に手を突っ込んで、空っぽになっていることを確かめた賊徒たち。連中はどれだけ嬲っても倒れなかったナライの気迫に、呆れるやら感心するやらと言った感想を漏らしていた。
「ふん。終わりか……。」
そしてそんな様子を、何の面白くもなさそうにただ事の成り行きを見守っていたのは連中の首領・鹿頭。
「おい。いい加減、終わらせてやれよ。」
鹿頭はさすがにこの一方的な虐待を眺めているのも飽きてきたようで、伸びを一つするとそのままそっぽを向いてしまっていた。
不倒不屈のナライに呆れる者と関心がない者。二種類に分けられた賊徒たち。
だがそんな賊徒たちの中に在って、そのどちらにも属さない者がこの場にはもう一人。その者とは――
「おいっ!退けっ!」
その一人は憎悪の炎をその眼に宿しながら、仲間を押しのけてナライの前へと進み出ていた。
「このガキはおれが殺るっ!文句は言わせねえっ!」
その一人とは頬を腫らした賊徒。ナライに全部で十本しかないなけなしの指の一本を切り落とされた例の奴だった。
その頬腫らしは、ナライの前まで来るとグルンと振り返り、有無を言わせない迫力で仲間に譲歩を迫っていた。
「文句のある奴あ殺すっ!いいなっ!」
仲間にすら牙を剥こうとしている頬腫らしの目が血走っていた。
今の頬腫らしはここで反対でもしようものなら、敵も味方も関係なく襲い掛かりかねない興奮ぶりだ。
「お?ああ……。まあ、オメエにゃ同情もするし、おれは別に構やしねえが……。」
「ああ。おれも止める気はねえよ。だがまあ、ちょっとは落ち着けって。せめて殺り方ぐらいはちゃんと考えてから殺れよ。」
「うん。殺ろうが嬲ろうがテメエの勝手にすりゃあいい。だがな、刺すだの斬るだのしてえってんなら、その前にガキひん剥いておくの忘れんなよ。服なんてのは使えてなんぼだ。ズタズタになってたり血で汚れちまってたら、売れるモンも売れなくならあ。」
それぞれが勝手なことを言っている賊徒たち。
連中の心には人を憐れむという感情が存在していないのか、その関心はもうナライを始末した後の戦利品に向けられているようだった。
「ああっ!?……ああ、分あってらあ。……だがまずあ、こいつにはおれと同じ目に遭ってもらう!」
仲間の言葉に一瞬は激昂しかけた頬腫らし。
だが、仲間の言い分が自分の行動を否定するものではないと分かるとすぐに冷静さを取り戻し、自分の得物を抜き放ってナライに近づいていった。
一方で、そんな賊徒連中の残酷なやり取りを目の前で見せられていたナライはと言えば……。
(な、に……を……?)
ナライは朦朧として消えかけた意識の中で、ズカズカと自分に近づいて来る頬腫らしの気配を辛うじて感じているだけだった。
「……カヤは……オレが……。」
もう刀を振り回すだけの力も残っていないナライがそんなことを呟いていた。だが、そうしたくてしたというのではない。
妹はオレが護る。どうしてって、それはオレが兄貴だから。――今のナライは、そのたった一つの小さな意地だけで、気を失いもしなければ倒れることもせずにいたのだ。
その意地が意図せずに口を吐いて出ていた。
だがそんな意地も、暴虐を生業とする賊徒などには通用するはずもない。
憎悪の念に燃える頬腫らしは、もはや抵抗もできなくなっていたナライから刀を取り上げると、その刀をナライの指に押し付けていた。
「――うくっ。」
呻いたナライ。
それまでの礫なんかとは全然違う種類の痛みが、黄昏の海の中に沈みかけていたナライの意識をにわかに現実へと引き戻していた。
刃の鋭さに負けたナライの指。押し当てられた箇所の皮がぷつりと裂けて、一筋の血が滴り落ちていた。
「一本ずつ。全部で十回。おれの指の仇だ。哭け。」
頬腫らしはそう宣告すると、その刀を何の躊躇もなく引いていた。
「うわああぁぁっっ――!」
頬を腫らした賊徒がナライの指に当てがった刀を躊躇なく引くと、涼やかな空気が満ちたこの森の中にはあまりにも場違いな叫び声が、木々の間を跳ね返ってこだましていた。
その叫びの主は、自分の身に起きたことをすぐには受け入れられず、傷付いた自分の手を凝視してばかりいた。
「な……な……な、なんじゃあこりゃあぁぁ……。」
その声の主とは勿論、ナライ――ではなく、絶対的優位に立っていたはずの頬腫らしの方だった。
そして頬腫らしの視線の先にあるのは一本の矢。
そう。彼の手には矢が突き刺さっていたのだ。
「あ、あ……なんで……?なんでえぇぇ……!?」
頬腫らしは理解していなかった。理解できなかった。自分の身に一体何が起きたのかを。
だがそれも無理もない話だ。
死にかけのガキと、刀を持った自分。たった今までの自分は絶対的に、圧倒的に優位な立場にいたはずなのだ。
それが一瞬のうちに、その手に持っていたはずの刀は大地へと落ち、その代わりに持たされたのが、どうにも見覚えのない一本の矢。しかもその矢は、自分の手の甲から掌へと突き抜けて止まっているなど、どうしてすぐに信じることができようか。
「いぎゃあぁぁぁ……おれの!……おれの手があぁぁ……!」
本日二度目の絶叫を上げた頬腫らし。彼は痛みに耐えきれずに倒れ込むと、それでもどうにもならずにのたうち回って苦しんでいた。
一方で、辛うじて指を失うことを避けられたナライはと言えば……。
(あ……え?……なに?……なんだ……?)
ナライは、自分の身と自分の周りに何が起きているのかも認識できないほどに衰弱しきっていた。
虚ろになった目でただ地面を眺めているのがやっとで、もういつ気を失っても不思議ではない状態に追い込まれているナライ。
だが、何が起きているのか理解できていないのは、何も頬腫らしとナライの二人だけではなかった。
青天の霹靂とも言うべき事態に頭の整理が追いつかず、ぽかんと間の抜けた時間を経た他の賊徒たち。連中は今さらになってようやっと、にわかに色めき立つようになっていた。
「なんだ!?なにがあった!?」
「や……矢だ!矢を食らった!」
「んなこた言われなくても分かってんだよ!どっから来た!?」
そうやって慌てふためいている賊徒たち。
だがそうやってワタワタとしているうちに、次の一矢が彼方から襲い掛かってきて――
「――かっ!?」
矢は見事、賊徒の一人に当たっていた。
その愚かしくも哀れな賊徒はキョロキョロと弓手を探しているうちに、死角から矢を受けていたのだ。
そうしてあえなく倒れた一人の賊徒。彼は最初の内こそビクンビクンと体を震わせていたが、間もなくそれもしなくなっていた。
「くそっ!またかよっ!」
「探せ!絶対にいるはずだ!」
「そうか、木だ!ヤロウ、木の陰に隠れてやがるんだ!」
「よし!なら目ん玉ひん剥いてよっく探せ!絶対に近くにいるはずだ!」
あっという間に二人がやられた賊徒たちは、そうやって血眼になって弓手を探し続けていた。
ナライ ……主人公。兄。元服前の少年。痛みに耐える精神力がある。根性とも言う。
カヤ ……主人公。二つ下の妹。出番はない。悪い想像ばっかりしちゃって気が気じゃない。
鹿頭 ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。手下に任せっきりにしてたら、私刑が長くなってさすがにうんざりしてた。
副首領 ……賊徒のナンバー2で仕切り役。気の荒い手下と非情の鹿頭の間に挟まれてる苦労人。齢のせいもあって今は割と落ち着いているが、本質はやっぱり荒くれ。
頬腫らし……外観が特徴的な荒くれた賊徒。やることなすこと、ことごとく裏目に出てる。逆恨みが著しい。
賊徒×1……あまり特徴がないまま終わった若手賊徒。こめかみに突如飛来した矢を受けて死去。享年2×。
賊徒×1……ネガティブな原因で一絡げの扱いから逃れられた新人賊徒。新人って言っても一年目ってことではない。
アザミ ……ナライの旅の連れ。保護者。成人男性。
疾風 ……ナライの愛馬。出番はない。まだ成長途中。




