第三章之四 どこか知らない山の奥で(後編)
男 ……名前出でないのに主役かよ。
女 ……名前出でないのに主役かよ。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。今回も出番ないです。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。今回も出番ないです。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。今回も出番ないです。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。今回も出番ないです。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。今回も出番ないです。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。今回も出番ないです。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
「……。」
「……。」
小屋中に鳴り響いた棚の音が収まると、その次に小屋の中を支配したのは、二人の人間が生み出した張り詰めた空気だった。
「おい。なんだその態度は?」
先に口を開いたのは女の方だ。
女はさっきまでとは打って変わった冷淡な視線で男のことを睨みつけていた。
「こっちが気ぃ遣って話しかけてやりゃあ、はなっから無視しやがって……。ん?はあ~あ、アンタ、嫌ぁな目ぇしてるねえ。そんなにアタシが憎いのかい?」
「……。」
問われた男はただ嗤っているばかりだ。
この小うるさい女から初めて主導権を取れたことがよほど満足らしい。
そして、そんな男の態度にますますイラついた女は……。
「ああ、そうかい。分かったよ。悪かったのはアタシだ。アタシがぜーんぶ悪かったんだ。だからアンタ、そんな目になっちまったんだろ。謝るよ。ほら、この通り……。」
女はそう言って頭を下げていた。
男が今、こんな目になった責任の一端は自分にある。それはおそらく事実だ。だから女の本心でもあるのだが……。
「今すぐコっから出てキなっ!」
勢いよく立ち上がった女は、小屋の出口を指していた。
「今すぐ出てけ!ここはアタシの家だ。そんなにアタシのことが気に食わないってんなら無理するこたないよ!アタシは止めないから、ほら、出てキな!……それとも何かい?もしかしてアンタ。アタシを殺してこの家を乗っ取ろうって、そういうつもりで今まで世話になってたのかい?」
急に突飛で不穏なことを言い当てようとした女。
それでも男が口を開くことはなく……。
「ふ、あっははははは……なんだ。本当にそういう気だったのかい。」
しかし女は、男のわずかな変化も見逃さなかったのだ。そしてこう続ける。
「いいさ。やってみなよ。アンタのそのおっきな風穴の開いた手と九本指をさ、アタシを殺せるぐらい上手に使えますよーってんなら……ほ~ら、やってみな。」
女は挑発していた。そのやり方は見え透いていて、実に安直だ。
しかし安直なだけに、今の男には却って効果があったようで……。
「な……ん……だと?」
男の体が震え始めていた。
さっき奪ったばかりの主導権はどこへやら。今の男は憎悪の塊と化しているではないか。
だがそうなるのも当然だ。何しろ女は男が荒れている三つの要因の内、二つを情け容赦なく突いたのだから。
男が荒れている要因。それは次の三つだ。
一つ。掌に開けられた大穴。
一つ。数の合わなくなった指。
そして最後の一つは、腫れが引いても、くっきりと痣になってしまった頬。
――この三つは、男にとって何人も触れてはならない逆鱗に変わろうとしていたのだった。
「来なよ。ほら。その両手を上手に使ってアタシを殺してみな。」
「ぐっ!うっ!うぐがああっ!」
女の安っぽい挑発に、男の怒りが頂点を迎えていた。
「うがあっ!」
そしてその男、「頬腫らし」は、女に突っ込んで行ったのだ。
女と男。いくら今の頬腫らしが手負いだろうと、その体格差、膂力差は歴然だ。
だから怒りに任せて突っ込んでいくだけでも頬腫らしの勝ちは確実……のはずだったのだが――。
「ふん。」
女は突っ込んでくる頬腫らしの体をギリギリのところでスルリと躱していた。
そしてすれ違いざまに足を引っかけたのだ。
その煙みたいな捉え所のない動きに頬腫らしは――
「――ぐっ!――ぬっ!――むうっ?――ぷげっ!?」
頬腫らしはケンッケンッ――とつんのめりながら女の脇を通り過ぎると、そのまま土間に顔から飛び込んでいた。
「ふん。真直ぐにしか来ないなんて……アンタ、ホントに獣だったんだね。」
「う、ぐぐ……。うがああああっ!」
|負けた頬腫らし。起き上がりもせずに慟哭していた。
「ハァ……。で、アタシみたいなのに負けて、どうするのかと思えばやっぱり騒ぐのかい。いい加減にしておくれよ。アンタに何があったか知らないけどさ、そうやっていくら喚いてみたところで人間、過ぎたことはもうやり直せないんだよ?」
「ぐ、うぐうう……。」
女が淡々と言って聞かせた世の理も、頬腫らしの耳には届いていないようだった。
実にあっさりとした二人の決着から四半刻ほど経って……。
「……うん。できた。」
すっかり機嫌を戻した女は、テキパキと手際よく飯の支度を済ませたところだった。
「ほら、飯だよ。アンタもさ、いつまでもそんなところで哭いてないで、こっち来て一緒に食おうよ。」
そして、土間で気落ちしたままの頬腫らしを呼んだ女。
「それじゃ、いただきます。」
「……。」
女は、もう暴れる気力もなくなった頬腫らしが大人しく席に着いたのを見届けると、食事を始めていた。
そしてそのまま、無言の食事が続くことしばし……。
「今日も粥か。たまには肉が食いてえ……。」
「文句言うんじゃないよ。無料飯食わしてもらってる身分のくせに。」
女は不平を漏らした頬腫らしを叱り付けていた。しかしその表情はなぜか嬉しそうで……。
「ふう。ごちそうさまでした。」
「……。」
結局、二人の食事は何事もなく終わっていた。
食後の満足感で女がぼけーっとくつろいでいると、なんと今日まで碌に言葉をしゃべらなかった頬腫らしが話しかけてきていた。
「……さっきは悪かった。アンタには感謝してるんだ。」
「ん?なんだい藪から棒に。ほんとアンタってさ……。飯食ったあとだけは人間に戻るんだね。」
「ああっ!?」
「ははは……。そうそう、アンタにはそっちの方が似合ってるよ。」
「ちっ……。」
視線を外した頬腫らし。
さすがに思うところがあって礼を言ってやったというのに、そんなふうに返されたのでは立つ瀬がない。
しかしそんな返しをしていても、やっぱり礼を言われたことが嬉しかったらしい女は――
「ふふふ……。ねえアンタ、もし違ってても怒らないで欲しいんだけどさ。アンタひょっとして……今日まで他人様には言えないような仕事してさ、生きてきたんじゃないの?」
と、臆面もなく頬腫らしの素性を暴こうとしていた。
「……。だったらどうする……。」
「ふふ、図星、なんだね。でもいいよ。人の生き方は人それぞれだもの。だからアタシはアンタの生き方を責めたりはしない。アンタも気が済むまでここにいていいからさ。」
「……。」
頬腫らしは警戒を解かなかった。
解くわけがない。相手がならず者だと知って、それでも「いていい」なんて言い出す女を信用するはずがない。
しかし疑念の目を向けられた女は――
「さて……。アンタがまた獣に戻っちまう前に、アタシも用事を済ませておかないとね。」
と、すぐさま話題を変えてしまうではないか。
「今日はさ、アンタに一つ面白い話を持って来たんだ。」
「あん?」
「ねえアンタ。驚かないで聞いて欲しいんだけどさ……。アンタ、アタシと付き合ってみる気はない?」
男(頬腫らし)……正体は賊徒のあいつでした。出てきたのは名前じゃなかったね。ごめんなさい。
女 ……名前出すっつったのに出せなかったね。ごめんなさい。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。次回からまた出ます。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。次回からまた出ます。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。次回からまた出ます。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
四半刻 ……一刻約2時間。その四分の一なので30分ぐらい。




