第三章之一 兄妹とケンカ
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。
ナライ ……真・主人公。兄。賊徒から妹を護って負傷するも回復。
カヤ ……主人公。妹。兄よりも要領がいい。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。賊徒の罠に嵌って軽傷を負っていた。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。
「う~ん……。」
これは、柴馬の村を出てからしばらく行った所にあるなんの変哲もないただの平原での出来事。
「うう~ん……。」
さっきから後ろから聞こえてくる唸り声。
アザミはナライと一緒に黒雲に乗りながら、それが何をやっているのかと注意を向けていた。
「ん~……。」
やっぱり変わらず聞こえてくる唸り声。その唸りの主は手を変え品を変えと言った様子で、多彩な種類の唸りを披露し続けていたのだ。
しかしアザミから尋ねることはしない。言いたいことがあるならハッキリしてほしいのだ。
カヤはそう言うことができる娘だし、それに男に聞かれると都合の悪いことかもしれないのだ。
それにしても今日も暑い。
こんな草っ原をのこのこと進んでいると言うのに、やぶ蚊の一匹すら取り付いてこないのだ。鬱陶しくなくて助かるとも言えるが、その代償がこの残暑ではどちらがマシか……。
アザミは口から「ふうっ」と息を吐き出して、体のほてりを少しでも冷まそうとしていた。
「んん~……うんっ。」
どうやらそれを最後に唸り声は終わったようだ。
何の意味があったのかとアザミが振り向いて見れば、唸り声の主・カヤがはるかぜを止めているではないか。
「どうした?」
アザミは黒雲を制止すると、カヤに声をかけていた。
カヤははるかぜから降りてしまっている。そして、そのままじいっとはるかぜの足元を凝視しているのだ。
「先生。」
カヤがはるかぜの脚を睨みつけたままアザミを呼んでいた。
「ん?」
「はるかぜ、本当に大丈夫ですか?」
「ん?……ああ。脚のことか?なら大丈夫だ。もう治ってる。」
「でもお馬って脚、大事なんですよね?」
「ん。まあそうだな。」
「じゃあやっぱり、まだ乗らない方がいいのかな?」
アザミのお墨付きをもらったのに、まだちょっと心配そうなカヤだ。
カヤははるかぜの脚に何かを感じ取ったのか、じいっとその脚を見続けている。
このままじゃカヤはもうはるかぜに乗りそうにない。――そう感じ取ったアザミは、しゃがみこんで睨みつけるだけで、その脚には触ろうとしないカヤの元まで引き返していた。
「なんだ?はるかぜの様子がおかしいのか?」
アザミはナライを黒雲に残したまま、はるかぜの様子を確認しに降りていた。
見ただけで分かることはそれほど多くはないが、それでも今のはるかぜの脚は賊徒にやられた怪我の影響も見えず、至って健康そうに見える。
すると、やっとアザミに目を向けたカヤ。
「……えと、そういうんじゃなくって……なんて言うのか……。」
カヤはまたすぐにはるかぜに視線を戻すと、返事に困ってしまっていた。
「そうか。」
しかしそんな返事でも了解したアザミだ。
カヤは、自分の失敗ではるかぜに怪我させてしまったことがどうしても許せないのだろう、とアザミには容易に察することができたのだ。
――あの時、賊徒の罠に嵌って脚を負傷したはるかぜだったが、幸いなことにその怪我はそれほどのものではなかった。
賊徒にとっては、はるかぜもまた貴重な戦利品。だから最初から手酷く傷付けるつもりなどなかったのだろう。
「はるかぜは元気だ。お前も柴馬を出る前に少し試し乗りしてみたんだし、それは分かってるだろう?」
「はい。でも……。」
アザミの説得にも、カヤはどうしても不安が拭えずにいるようだった。
「だったらさ、カヤ。お前、疾風に乗ればいいじゃん。」
アザミがどうしようかと考えあぐねていると、そんな提案をしてきたのは他でもないナライだった。ナライは自分から疾風に乗ることをカヤに勧めていたのだ。
「え?」
「だって疾風ならどこも怪我してないし、カヤだって乗ったことあるだろ?」
ナライの提案に、キョトンとした顔のカヤ。
でもそうなるのも無理はない。アザミですらナライの提案を同じような顔で聞いているのだから。
――もうアザミはしょうがないけどさ、カヤ、お前は絶対疾風に触るなよ。――
それがこの旅の直前に聞かされたナライの言葉。少し前までのナライは、疾風に対してそのぐらい強い執着心を持っていたのだ。
それが一体どういう風の吹き回しか。そのナライが自分から疾風を他人に勧めるようになるとは……。
「イヤ。」
しかしカヤはそんなナライの申し出をキッパリと拒否していた。
「なんでさ?」
「なんでじゃないわよ。だって疾風、わたしの言うことちっとも聞いてくれないんだもん。そんな子、怖くって乗れるわけないじゃない。」
「あ~、そっか。そうだよな。疾風はオレの言うことしか聞かないもんな。」
理由を聞いてこの上ない納得顔のナライ。
せっかくの提案が不調に終わったのに、その様子はなんだか却って満足そうに見える。
「ふん。何が『あ~、そっか』よ。お兄ちゃんが疾風をそんなふうにしちゃったんじゃない。あ~あ、疾風がかわいそう。」
「なんだよその言い方。せっかく気を利かせて言ってやったのにさあ。」
「結局乗れないんじゃ全然意味ないでしょ。どうせ利かせるならもうちょっと違う方向に利かせてよ。」
どうしてこの兄妹は、何をやっても最後にはケンカになるんだ?
アザミはそんなふうに思いながら、この兄妹のやり取りを眺めていた。
いつものことと言えばそうだ。しかし柴馬を出る時にあれだけのことがあっても、まだケンカできるものなのだろうか。
「違う方向ってなんだよ?」
「……えと……それは自分で考えてよ。」
「はあ?意味分かんないんだけど?」
しかし今のアザミには確信があった。これはケンカではあるが、ケンカではないのだ、と。
アザミ自身にもこれをどう表現すればいいのかよく分かっていない。しかし、今あの兄妹がやって見せているあれは断じてケンカなんかじゃない。
そういう種類の交流。絆の形。そう分かった上で見てみれば、この遣り合いも中々微笑ましいもので……。
「なんだあ!?」
「何よ?」
「――よーし、そこまで。」
アザミはこのケンカの間に入っていた。
本当ならもうちょっと見ていたい気もしていた。しかし、さすがにそういう訳にもいかずに、妙な名残惜しさを感じているアザミだ。
「ナライ。カヤ。もういい時間だし、ここらで弁当にしようじゃないか。」
アザミはそう言うと、向こうに見える木立を指していた。
「はるかぜはその間に俺がちゃんと確認しといてやる。それで問題なければカヤ、お前ははるかぜに乗るんだぞ。いいな?」
「あ、はい。」
「あとナライ。お前は勝手にどこか行くなよ。お前もあとで診てやるんだから、俺が良いって言うまで弁当食ったあとも大人しくしてろ。」
「ええ~!?」
「『ええ』じゃない。お前、まさかまたカヤを泣かせるつもりじゃないだろうな?」
「……分かったよ。」
ナライは、ごく小さな声で答えていた。
それを見たアザミは、やっぱり今のはケンカじゃなかったんだな、と自分の考察と一致したナライの態度に満足していたのだった。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。兄妹を父と逢わせるために引率中。今回はつくづく狂言回しだなあと思う。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷するも回復。前回何かが成長したっぽい。
カヤ ……主人公・妹。兄よりも要領がいい。前回のことで兄貴への気持ちが変わったっぽい。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。賊徒の罠に嵌って軽傷を負っていた。
柴馬 ……ナライを治療するため、しばらく滞在していた村。
深沢 ……主人公兄妹の父が賊徒討伐のために詰めている村。




