第二章之十 柴馬の屋敷・出発(一)
アザミ ……主人公兄妹の保護者。保護者としての責任感はあるが、如何せん経験が少ないから結果が伴わない。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷する。やっと目が覚めた。
カヤ ……主人公・妹。名主屋敷滞在中は馬の世話が仕事になっている。
ヌシカ ……柴馬の名主。先代名主と同じ名前。元すけこまし。
ヤクト ……主人公兄妹の父。現在は家族と別れて賊徒討伐の指揮を執っている。
ナリタ ……名主家の使用人モブ。アザミよりちょっと年上ぐらいなんだけど、結構老けてる。
鹿頭 ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。賊徒団をアザミ一人に壊滅させられて逃亡中。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹に「この村で待つように」と指示して送り出していた。今現在滞在中の村。
ナライが目を覚ましてから数日が経ったある日の朝こと。
「では、こちらがお申し付け頂いていた食料、五日分です。」
「応。助かる。済まなかったな、こんなことまでさせて。」
「いいえ。なんでもないことです、これしきのこと。」
名主屋敷別棟の前でそんな会話をしているのは、ナリタとアザミの二人だった。
アザミはナリタから食料を受け取ると、今度は代価の詰まった袋をナリタに渡していた。
「失礼ですが、確認しても?」
「勿論。」
そう言うやり取りのあと、お互いに渡された物に間違いがないかを確認し合った二人。
そう。今日はアザミたちの旅が再開される日だったのだ。
ここ柴馬村からナライたちの父・ヤクトのいる深沢村までは、徒歩で三日と半日。馬を使えるアザミたちならば、その半分程度で済むだろう。
しかし諸々の事情を考慮したアザミは、念を入れて五日分の食料を依頼していたのだ。しかし……。
「本当によろしいのですか?」
代価に間違いがないことを確かめ終わったナリタが、アザミに暗い顔を向けてそんなことを聞いていた。
「何がだ?」
顔を上げて聞き返したアザミ。
食料五日分。アザミもまた、依頼品の内容に間違いがないことを確認し終えたところだった。
「お判りでしょう。ナライ様のことです。あの方を看た者の責務として申し上げますが、ナライ様はまだ完調には程遠い状態です。もう少し日を置いてからの出発でも良かったのでは?」
真剣な表情のナリタがそう言っていた。
「ああ、そのことか……。」
しかし、そんなナリタの視線から逃げるようにナライのことを見やったアザミ。
言われなくてもアザミにだって分かっているのだ。ナライの状態が良くないと言うことぐらい。
ナリタはそれでも表情を崩さない。ナライを想っての諫言だと言うのが分かる。
そして話題の当人、ナライはと言えば――
「疾風。お手!」
「できるわけないじゃない。バカじゃないの?」
「疾風はできんだよ。見てろよ。疾風、顎!」
「あ!?」
「ふふん。な?」
「すごい。カヤもはるかぜに教えてみよっと。」
ナライはそんなふうに遊んでいる最中だった。
今のナライは、独りで立って、歩いて、疾風に構って、カヤとじゃれていた。その様子は確かにいつも通りのナライだ。
しかし実はナライ、体力の方はまったく芳しくない状態が続いていたのだ。
食事はいつもの半分も摂らない内にお腹いっぱいになっていたし、体力回復のために散歩をさせていても、一刻も持たずに歩調が乱れてしまうのだ。
そして睡眠に費やす時間も、依然として多かった。
こんな状態のナライを連れて旅に出ようなど、ナリタでなくとも非難したくなるのは当然と言うものだろう。
「アザミ様。考え直しては頂けないでしょうか。あと二日だけでもいいですから。あと二日待てば、ナライ様はその分だけ体力を取り戻せます。」
「それはそうなんだがな……。」
アザミはナリタの申し出に迷っていた。
確かに今の状態のナライを旅に連れ出そうなど、普通じゃ考えられないことだった。
若いだけあって傷跡はあっという間に目立たなくなっていたナライだが、先も言ったとおりのあの体力なのだ。その上、実は未だに微熱が続いていて、どう考えても旅の苦労に耐えられるような状態じゃない。
しかしアザミは……。
「本人が行くって言って聞かないんだ。あいつ、最近こうと言い出したらもう絶対に譲らないからな。それでも無視してると今度は本当に一人で出て行っちまうんだ。」
アザミは困ったように応えていた。
ナライはこの一年で悪ガキらしい悪戯は鳴りを潜めるようになっていた。しかし、その代わりに目立つようになってきたのが、自分の意見を押し通そうとすることだったのだ。
(大人の入口って言えば聞こえはいいんだろうが……。)
急にそういう言い回しを思い付いて、つい苦笑してしまったアザミだ。とは言え、何も今日ここで反抗して見せなくてもいいじゃないか。
「ですがアザミ様。ナライ様の体は……。」
アザミの苦笑を見たナリタが、そんな事情も知らないまま食い下がっていた。しかしアザミは……。
「ナリタ。言いたいことは分かった。気遣いは嬉しいが、もうやめてくれ。さすがに堪える。」
「……そうですか。失礼いたしました。」
アザミにとっても苦しい決断だった。そう気付かされたナリタはそれで引き下がっていた。
「さて。もう行くか。二人とも準備はいいな?」
「はい。」
ナリタと話し終えたアザミがナライたちに声をかけると、真っ先にいつも通りの返事をしたのはカヤの方だった。
しかしそんなカヤと違い、いつも通りの返事をくれなかったナライは……。
「ナライ。お前もいいな?」
「……オレ、一人でも全然いけるのに。」
ナライは実に不満そうだった。
一人で疾風に乗ってはいけないことがよっぽど気に食わなかったらしい。
「アザミ。やっぱりオレ、疾風で行く。いいだろ?」
「ダメだ。」
アザミは思い切って提案してきたナライの意見をにべもなく却下していた。
そしてこう続ける。
「ナライ。お前は俺と同じ馬に乗る。そう決めたよな?」
「そうだけど……。」
唇を尖らせてうつむいたナライ。
早く深沢に行きたいとごねるナライにアザミが出した条件。それが、ナライは「アザミと一緒に黒雲に乗って行く」ということだったのだ。
一度その条件で合意した以上、それを言われると弱いナライだ。だが……。
「あ。じゃあ、アザミも疾風に乗れば。それなら――」
「それもダメだ。」
アザミはまたしてもナライの提案をにべもなく却下していた。
我、妙案得たり。みたいだったナライの表情がまたしても浮かないものに変わってゆく。
顔を上げたり下げたり。浮き沈みの激しいナライだ。しかし、だからと言って譲歩してやるようなアザミのはずもなく。
「そんなことしたら疾風が潰れる。お前だって疾風を潰したくはないだろう?」
アザミは簡潔かつ効果的な理由でナライの説得にかかっていた。
事実、疾風はまだ若馬で人間二人乗せた旅に耐えられるほどの体力は持っていないのだ。
だからそのことが判るナライのとっても、この理由は強い説得力を持って心に響いた――はずなのだが……。
「でも、疾風だってオレが乗ってないと不安だろうしさあ。」
諦めきれないナライはそれでもまだ食い下がっていた。
何が何でも疾風に乗りたい。――そういうつもりらしいがたぶんもうこれは理屈じゃないのだろう。
だからさすがのアザミも、ナライのこの頑固さには呆れてしまい――
「お前……なんでそんなに疾風にこだわるんだ?」
「なんでって……。」
ナライにその理由を聞いたアザミ。
しかしいざそう聞かれると、なんで自分はそんなに疾風こだわっているのか。その理由がナライ自身にも分かっていないようで……。
「もういい加減にしてよ。疾風だって何か乗せて歩くより何もない方が楽でいいに決まってるじゃない。」
そんなナライに腹を立てて口を出してきたのはカヤだった。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。ナライの場合は表立った反抗じゃないけど、結構困ってる。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷する。とりあえず怪我自体はほぼ治った。自立したい齢頃。
カヤ ……主人公・妹。今日まで何もなかったみたいに過ごしてた。けど……。
ヌシカ ……柴馬の名主。先代名主と同じ名前。元すけこまし。
ヤクト ……主人公兄妹の父。現在は家族と別れて賊徒討伐の指揮を執っている。
ナリタ ……名主家の使用人モブ。気が利くし責任感もある。
鹿頭 ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。賊徒団をアザミ一人に壊滅させられて逃亡中。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。お手とかできる。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹に「この村で待つように」と指示して送り出していた。今現在滞在中の村。
深沢 ……ヤクトが賊徒討伐の拠点にしている村。




