第二章之九 柴馬の屋敷・ナライ覚醒
アザミ ……主人公兄妹の保護者。今はナライたちを父親に会わせに行くところ。独身貴族。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷する。今話の主役。いや、いつでも主役のはずなんだけど。
カヤ ……主人公・妹。兄とケンカが絶えない。変にウジウジするところは母似だなあ。全然意図してなかったけど。
ヌシカ ……柴馬の名主。先代名主と同じ名前。元すけこまし。
ヤクト ……主人公兄妹の父。現在は家族と別れて賊徒討伐の指揮を執っている。
ナリタ ……名主家の使用人モブ。家宰の一人。つまり意外と偉い。
鹿頭 ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。賊徒団をアザミ一人に壊滅させられて逃亡中。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹に「この村で待つように」と指示して送り出していた。今現在滞在中の村。
ナライが目を覚ましたのは、丁度ナリタがナライの傷の手当てを終えて、その後片付けをしている時だった。
「あれ?どこだ、ここ……?」
まぶたを開くなり映った見覚えのない風景にそんな疑問を漏らしたナライ。
すると今度は、やっぱり見覚えのない男が話しかけてきて――
「あ、お気付きになられましたね。アザミ様!ナライ様が――」
見覚えのない男とはナリタのことだった。
ナリタはナライの覚醒に気が付くと、すぐにアザミのことを呼んだのだった。
しかし、この村に着くころにはすでに気を失っていたナライだ。だから当然、素性の知れないナリタの存在に訝しむばかりで……。
「え、誰?」
ナライは率直な疑問を口にしていた。
分からないなら聞けばいい。いかにもナライらしい明快な行動だ。
そしてその質問に丁寧に答えるナリタ。
「はい。私、名主家の使用人・ナリタと申します。」
「なぬしけ?」
しかし残念なことに、ナライにはせっかくのナリタの自己紹介もさっぱり理解できていなかった。
名主家?使用人?――ただでさえ事情が分かっていないのに、さらに知らない情報が追加されて、ナライの困惑はますます深まるばかりだ。
するとそんなナライの元にやってきたのは、ナライもよく知っている顔で……。
「ナライ!」
「あ。アザミ?」
やってきた者とは、ナライの覚醒を聞きつけてすぐにやってきたアザミだった。
アザミがいる。それは良いことには違いない。だけどナライは……。
(え?なんでアザミがいるんだ?)
ナライはいるはずのないアザミがこの場にいたことに、またしても困惑していたのだった。
「ナライ、やっと目覚めたか。」
アザミはナライにそう言っていた。
ナライの覚醒。それは今のアザミにとって、何よりも歓迎すべき出来事だ。
だからさすがのアザミも、今回ばかりは冷静に努めると言うこともできず――
「どうだ、気分は?」
「心配したぞ。何しろお前、あれから四日も目を覚まさなかったんだからな。」
「あ、腹減ってないか?何しろ四日も何も食ってないんだからな。」
アザミはそんなふうに思い付くことを全部喋くっていたのだった。
しかしそんな過剰な歓迎をされても困るのはナライで……。
「気分?」
「四日?」
「腹?」
ナライは言われたことをポカンとしながらオウム返しにしていた。
アザミ、どうしたんだ?――ナライの困惑ぶりは相変わらずだ。
せっかく知った顔のアザミがこの場にいたというのに、未だに事情が呑み込めていないナライだ。なのに一方的に次から次から繰り出されてくるのは、アザミの役に立たない言葉の嵐。
え?何?何?――意味がさっぱり頭に入ってこない上に、どちらかと言えば鬱陶しい。
しかし今のアザミでは、そんなナライの困惑にもなかなか気付けず……。
「何かあれば遠慮するなよ。なんでも言え。」
「実はな。今ヤクトに手紙を書いてたんだが……お前が起きたんなら全部書き直しだな。」
「ははは。いやあ良かった。このまま目を覚まさないんじゃないかって、さすがの俺もちょっと肝を冷やし――」
自分勝手に喋り捲ったところで、ようやくナライの困惑顔に気付いたアザミ。
「あ……すまんナライ。」
アザミはちょっとばつが悪くなっていた。
いくら何でも一方的に捲し立てすぎだった。おかげでナライはさっきからポカンとするばかりで、全然付いて行けていないではないか。
「ま、無事で何よりだ。」
アザミはそれだけ言うと、話を〆たのだった。
「ねえ、アザミ。」
アザミのらしくない興奮がやっとのことで収まると、次に口を開いたのはナライだった。
「なんだ?」
そしていつもの冷静さを取り戻して応じたのは、さっきまでの言動の酷さを反省しているアザミだ。
いかにナライの四日ぶりの覚醒が想像以上に興奮する出来事だったとはいえ、あんなのは大の大人の言動じゃない。
だからアザミは、今度こそちゃんとした大人って奴を見せてやろうと気合を入れて、ナライの次の言葉を待ち受けてようとしていた。だが――
「あのさ、オレ、アザミがさっきから何言ってんのか全然分かんないんだけど。何?オレがどうかしたの?あとなんでアザミがオレん家にいんの?」
「は?」
ナライの言葉を聞いたアザミは、大の大人らしからぬ間の抜けた返事をせずにはいられなかった。
「ナライ……。お前、何も憶えてないのか?」
ナライの質問を受けたアザミは、反対に聞き返していた。
たった今、ナライは言った。「さっきから何言ってんの?なんでオレん家にいるの?」と。そう言われて思い付くのは、ナライの意識が混乱しているのでは?ということだ。
しかし、そうして返ってきた答えはまたしても質問形で……。
「何が?なんのこと?」
「……お前一人で賊徒とやり合ったことをだよ。お前、本当に憶えてないのか?」
「はあ?ゾクト?何言ってんの?」
そう言われても、ナライは全然ピンと来ていないらしい様子だった。
間違いない。ナライは混乱している。目が覚めたとはいえ、まだ意識がはっかりしていないのかも知れない。
しかしナライは……。
「大体なんでオレがカヤを助けなきゃ――」
ナライはそこまで言って動きを止めていた。
半開きのままの口。
それから瞬きを一つ。
すると、見る見るうちにナライの瞳にあの時の危機感が戻ってきて……。
「――そうだっ!カヤは!?」
全部思い出したらしいナライは、寝ていた体をガバッと起こしていた。
「――そうだっ!カヤは!?」
「あっ!ダメだ!」
アザミは急に体を起こしたナライを慌てて止めに入っていた。
今のナライはただ目が覚めただけで、怪我が治ったわけではないのだ。今まで食事も摂らずにずっと寝ていたたわけだから、当然怪我の回復もそれなりでしかない。
しかしアザミの制止が、もう動いてしまったナライの役に立つはずもなく。
「うがっ!」
ナライはそう悲鳴を上げると、全身を硬直。そしてそのまま倒れてしまったのだった。
「ナライ!大丈夫か!?」
「カッ――ハッ――ヒュッ――」
いつ息を吸っているのか。肺の中の空気を残らず絞り出しているみたいなナライの苦悶の呼吸音が続く。
「ナライ!ナライ!しっかりしろ!」
だから今のナライには、心配するアザミの声などまったく届いてはいないようだった。
「何をするにも、なるべくゆっくり動くことです。そうすれば今みたいなことにはならないはずです。出歩くのもまだ控えてください。体に障ります。」
「でも小便とかうんことかしたい時は?ここでたらしていいの?」
「いえ、さすがにそれは……。そういった時は、人の手を借りてください。しばらくは誰かしら、付くようにしておきます。」
「うん。」
ナリタの説明を聞いていたナライが、いつになく素直な返事をしていた。
――急に動いて苦しんでいたナライを介抱したのは、アザミではなくこのナリタだった。
狩人を本職とするアザミにだって当然治療の知識はあった。
しかし、それはあくまでも自分自身のための治療法。今回のような打ち身の類は全部我慢するのが治療法のアザミだ。
そんなだったから、名主家を取り仕切るナリタのそれには到底敵わなかったのだ。
「それでは、私はこれで。」
「ああ。助かった。それじゃ引き続き頼む。」
部屋を出て行くナリタを、アザミは労った。
そしてナライと二人きりになると、今度こそちゃんと大人らしい落ち着きを持って、ナライと話しをするのだった。
「大丈夫か、ナライ?」
「うん。」
「……そうか。お前、自分が怪我してることも忘れてたんだな。最初に注意しておくべきだった。済まん。」
アザミは謝っていた。
ナライが覚醒したぐらいで、はしゃぎ過ぎたのだ。だから大切なことを見落とす。――ここのところ反省やら後悔やら、毎日のようにしてばっかりいるアザミだ。
しかし、当のナライは謝られたところでアザミが悪いなんて思っているはずもなく……。
「いいよ別に。それよりカヤは?」
ナライは御座なり流すと、今一番の気がかりの行方を尋ねていた。
「今、ナリタが呼びに行ってる。すぐに戻って来るさ。」
「ふうん。そっか。てことは、カヤ、大丈夫だったんだな。」
「ああ。怪我もないしピンピンしてる。お前があそこで踏ん張ったおかげだな。」
「そっか。へへ……。」
そう言って顔を逸らしたナライ。その表情は満足そうだ。つい笑みが零れたのを見られたくなかったのかも知れない。
「あいつさ、今何してんの?」
アザミの方を向いたナライは、またカヤのことを尋ねた。
「ああ。はるかぜの世話だ。黒雲と疾風も一緒にな。あいつ、ついさっきまでここにいたんだが……ちょっと間が悪かったな。」
少し苦笑いしてそう答えたアザミ。
実はカヤを外に出したのはアザミだったのだ。
昨日までのカヤは、すっかり忘れ去っていた友だち・はるかぜに合わせる顔がなかったのか、名主屋敷の外はおろか、この別棟からすら出ようとしていなかった。
ナライのことが気がかり。――そう言う理由もあったしカヤの本心でもあっただろうが、子どもが完全に家に閉じ籠ってるなんてのは、いくらなんでも不健康だ。
だからアザミは少しでもカヤが外に出るようにと、はるかぜたちの世話を半ば命令に近い形でお願いしていたのだ。
「ふうん。でもさ、あいつに疾風の世話できんの?蹴られたりしなきゃいいけど。」
カヤの行方を聞いたナライは、そんな感想を漏らしていた。
何しろカヤは普段、素直で大人しいはるかぜとばかり触れ合っている。だから不用意に、気の強い疾風の後ろに回り込んでやしないかと気が付いたようなのだ。
しかし、それを聞いたアザミは――
「なんだナライ。そんなにカヤが心配なのか?」
「違っ!?そんなわけないじゃん!」
アザミの茶化し言葉に、ナライはプイっと反対を向いていた。
「あっ!?いかん!」
「痛てっ!」
そして、すっかりナリタの注意事項を忘れていたせいで、また痛みに襲われたナライ。
しかし幸いなことに、今度はそれだけで済んだようだった。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。今はナライたちを父親に会わせに行くところ。話を進めるほど不完全さが目立ってゆく。どうしてこうなった?
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷する。栄養状態が悪いと意識・記憶が混乱するんだよね。ちな実体験。
カヤ ……主人公・妹。兄とケンカが絶えない。案ずるより産むが易し。
ヌシカ ……柴馬の名主。先代名主と同じ名前。元すけこまし。
ヤクト ……主人公兄妹の父。現在は家族と別れて賊徒討伐の指揮を執っている。
ナリタ ……名主家の使用人モブ。モブってなんだ?有能。
鹿頭 ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。賊徒団をアザミ一人に壊滅させられて逃亡中。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。
柴馬 ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹に「この村で待つように」と指示して送り出していた。今現在滞在中の村。




