第二章之八 柴馬の屋敷・カヤの朝
アザミ……主人公兄妹の保護者。今はナライたちを父親に会わせに行くところ。三連徹夜ぐらいなら全然平気なタイプ。いや、そんなタイプ普通はいないって。
ナライ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷する。ちょっと変な夢を二つ見た。誰かの記憶?
カヤ ……主人公・妹。兄とケンカが絶えない。この兄妹、寝るとなったらどんな時でもちゃんと寝れる。
ヌシカ……柴馬の名主。先代名主と同じ名前。元すけこまし。
ヤクト……主人公兄妹の父。現在は家族と別れて賊徒討伐の指揮を執っている。
ナリタ……名主家の使用人。アザミとも面識がある。
鹿頭 ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。賊徒団をアザミ一人に壊滅させられて逃亡中。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
柴馬 ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹に「この村で待つように」と指示して送り出していた。今現在滞在中の村。
翌朝。それが起こったのは、真っ暗だった空が少しずつ青みを帯びて始めてすぐのことだった。
(やれやれ。今日も暑くなりそうだな。)
もう夏も終わる。なのに、こんな時間から鳴き出しやがったセミに少しうんざりしてそう思ったアザミ。
すると、奥の部屋からただならぬ気配が感じられて――
(ん?なんだ?)
アザミはセミのことなど忘れて部屋の方を見た。その部屋はカヤの寝室として宛がっておいた部屋だ。
アザミはナライの看護のためと、昨日の賊徒残党による意趣返しを警戒して夜通し起きていた。
しかし幸いなことに、今の今まで不穏な気配も危急的出来事もまったく起きなかったのだ。なのにここに来て急に湧き上がった不穏な気配。あの部屋では一体何が起きているのか?
注意深く部屋の気配を探るアザミ。すると、その部屋の戸は突然バンッ!と開かれて――
「はるかぜっ!はるかぜは大丈夫なんですかっ!?」
不穏の正体はそんなことを言いながら現れたのだった。
そしてそれはアザミを見つけるとまっしぐらに詰め寄ってきたものだから、さすがのアザミもたじろがずにはいられない。
「うおうっ!?なんだ?お、落ち着けカヤ。何がどうしたって?」
そう宥めようとするアザミだが、その姿勢はすっかりのけ反ってまったく身が入っていない。
なぜそんな姿勢に?それは今のカヤは相当慌てていて、このままじゃ胸ぐらに掴みかかられそうだったからだ。というか、そうこう考えている内にもう掴まれている。
「だからはるかぜっ!お友だち!ああ……あの子が脚怪我したの忘れちゃうなんて……。」
「ああ、はるかぜ。はるかぜな。」
アザミはカヤを宥めるのに、もういっぱいいっぱいだった。
距離が近いのだ。特に顔が。アザミがこうしてのけ反って避けることに必死になっていなければ、それこそ口が触れてしまいそうなほどに。
(退いてくれ。頼むから!)
アザミは祈るような気持になっていた。
カヤはまだ子ども。だからそういう行動も、まあ無邪気のなせる業で片付けられないこともない。
だがそんなのはカヤの理屈であって、アザミにしてみればたまったもんじゃない。
アザミから見てもカヤは子どもには違いないが、もう裳着を控えている齢頃だ。
裳着が近い。――つまりは大人予備軍。ならば最低限の節度と距離感を保って接しておきたい。アザミがそう考えるのも当然のことではないか。
だからアザミは、そんなことお構いなしにグイグイ詰めてくるカヤの顔をギリギリのところで逸らして耐えていたのだった。
「カヤ……お前の心配は分かったから……何にしろ一度離れてくれ。ちょっと近い。」
「だって……わたし、はるかぜが心配で……。」
アザミの必死の祈りが通じたのか。カヤは急にしょんぼりすると、アザミから離れていた。
たった今まで元気だったかと思えば、今はこの体たらく。その姿はまるで昼間の朝顔だ。
(ふう、助かった……。いくらはるかぜが心配だって言っても、もうちょっとこう……あるだろう……。)
ともあれ、カヤが離れてくれたことに安堵したアザミ。
カヤがさっきから心配している「はるかぜ」――それはカヤの愛馬。白毛の牝馬のことだった。
ナライたち母子がアザミ宅に世話になってから早一年余り。アザミはその初日に、ナライとカヤに一頭ずつ馬を与えていたのだ。そして、カヤが付けたその馬の名前こそが「はるかぜ」だった。
それからというもの、朝夕の一日二回。馬の世話をすることが日課になっていた二人。
特にカヤははるかぜのことが非常に気に入ったようで、今では「お友だち」と公言して憚らないほどの仲になっていたのだった。
「どうしよう……。あの子のことすっかり忘れちゃうなんて……。」
ペタン……と座り込んでしまったカヤがこれ以上ないぐらい、自分に絶望したような声を出していた。
しかし無理もない。大切な「友だち」のことを完全に失念していたのだから。
友だち――今日までのカヤは、周囲に友だちになれそうな齢頃の女子がいなかったせいで、ずっと心に淋しさを抱いて生きてきた。
自分は大人だからそんなの要らない。平気。そういうふうに大人ぶっていたカヤだが、そんな上っ面だけの誤魔化しで心の奥にある渇望が満たされるはずもなく。
そうしているところに出会ったのが、はるかぜだった。
はるかぜ。生憎とその友だちは人ではなかったが、そんなことカヤにはまったく関係ないことのようだった。
「まあ仕方ないさ。気にするな。」
アザミはカヤを慰めた。
何しろ賊徒の襲撃なんて目に遭ったのだ。
しかも、それだけでも大事件だというのに、その窮地から自分を逃がしたのが、あの「しょうがないお兄ちゃん」と言って憚らなかったナライだ。
そしてそのナライはまだ目を覚ましていない。
賊徒襲撃。兄が身代わりになって、そして負傷。
これだけの条件がそろってしまったのだ。ちょっとぐらい友だちのことを忘れたとしても、それは不可抗力と言うものだろう。
しかしそれでも生真面目な性格のカヤは、そんな自分が許せないようだった。
「でもあの子、わたしのためにずっと頑張って走ってくれたのに。それなのにわたし……。わたし、ひどいことしちゃった。嫌われちゃったりしないかな……?もう友だちじゃないって思われないかな……?」
今にも泣き出しそうなカヤだ。今のカヤはどうあっても悪い方への志向から抜け出すことが出来ないようだった。
しかしアザミの目から見てみれば、はるかぜは決してそんな浅慮薄情の馬じゃないことは明白なわけで……。
「カヤ。安心しろ。はるかぜはすごく頭のいい馬だ。だから昨日、何が起きてたのかもちゃんと分かってる。だからお前のことを恨んだり嫌ったりってことはしないさ。」
アザミはカヤを元気づけていた。
言ったことは全部本心だ。昔から馬と触れ合っている自分が言うのだから間違いない。
「本当?」
「ああ。」
「でも……。」
それでもカヤは不安そうだった。こういう時のカヤは、長所のはずの「慎重で思慮深い性格」も、単なる「メンドクサイ性格」に変わってしまう。
だから実際に面倒臭さを感じたアザミは――
「う~ん、そうだな……。そんなに心配なら今すぐ会いに行ってみればいいんじゃないか。」
と、アザミは半ば投げやりに提案していた。
しかし投げやりとは言っても、実際こうするのが一番早いのだ。だからアザミは自信を持って勧めたのだ。だが……。
「え……。」
カヤの反応は予想通りと言うべきものだった。
「でも、はるかぜの方が会いたくないって思ってたら……。」
向こうが会いたくない時に会いに行ったら二度と仲良くなれない。まるでぼっちの見本みたいな言い訳をし出したカヤ。
「いいや。それはない。むしろ、はるかぜもお前に会えなくて淋しがってると、俺は思うが?」
「そう、なのかな……?」
「そうだよ。俺が言うんだから間違いない。大丈夫。はるかぜはお前を裏切ったりはしない。だからお前もはるかぜを信用して会いに行ってやれ。」
「……うん。」
こうして半ば強引に引き出したカヤの返事。しかしその返事は、カヤがもう一つ自信が持てない時に出てくるものだった。
アザミ ……主人公兄妹の保護者。今はナライたちを父親に会わせに行くところ。そう言えばこの人、女性に縁のない人生かも知れない。
ナライ ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷する。前回やっとこさで主役だったのに、また出てこないと言う仕打ち。
カヤ ……主人公・妹。兄とケンカが絶えない。自分から友だち作れないタイプ。
ヌシカ ……柴馬の名主。先代名主と同じ名前。元すけこまし。
ヤクト ……主人公兄妹の父。現在は家族と別れて賊徒討伐の指揮を執っている。
ナリタ ……名主家の使用人。アザミとも面識がある。
鹿頭 ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。賊徒団をアザミ一人に壊滅させられて逃亡中。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
はるかぜ……カヤの愛馬。白い方。賊徒の罠を避けきれずに脚を負傷。一話目から名前用意してあったけど、やっと出せた。
柴馬 ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹に「この村で待つように」と指示して送り出していた。今現在滞在中の村。




