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北天のアリス  作者: 埼山一
第二章 約束の村にて
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第二章之七 柴馬の屋敷・夢幻のナライ

アザミ……主人公兄妹の保護者。今はナライたちを父親に会わせに行くところ。ちょっとやべえレベルで強い。

ナライ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷する。アザミに狩猟の教えを乞うていたけど、狩猟術と戦闘術は別物なので仕方ない。

カヤ ……主人公・妹。兄とケンカが絶えない。今お(ねむ)

ヌシカ……柴馬(しま)の名主。先代名主と同じ名前。元すけこまし。

ヤクト……主人公兄妹の父。現在は家族と別れて賊徒討伐の指揮を執っている。

ナリタ……名主(なぬし)家の使用人。アザミとも面識がある。

鹿頭(しかあたま) ……牡鹿(おじか)の頭を(かぶ)った賊徒(ぞくと)たちの首領(しゅりょう)。賊徒団をアザミ一人に壊滅(かいめつ)させられて逃亡中。

黒雲(くろくも) ……アザミの愛馬。黒い方。

疾風(はやて) ……ナライの愛馬。茶色い方。


柴馬(しま) ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹(きょうだい)に「この村で待つように」と指示して送り出していた。今現在滞在中(たいざいちゅう)の村。


 それは、アザミ一人を残して柴馬(しま)のすべてが眠りに()いた時分のこと――


「う……。」


 小さく(うめ)いたナライ。ナライは今、自分が夢を見ているんだということを自覚していた。

 それはまるで物語でも見ているような不思議な夢だった。

 知らないはずなのに知っている時代。

 知らないはずなのに知っている場所。

 知らないはずなのに知っている人物。

 そしてそれらが(つむ)ぎ出す、まったく知らない物語。

 そんな物語の中心にいるのはナライだった。




『あーっはっはっはっはっ――!』


 ナライは不気味なまでに高らかな笑い声を上げていた。

 今ナライの目に映っているのは、人の()れだ。

 今ナライの耳に入ってくるのは、人の喧騒(けんそう)だ。

 今ナライが笑っているのは、その人の群れがあまりにも(おろ)かに見えたからだ。

 今ナライが立っているのは、とある建物の屋根の上。

 そしてその建物は今、黒煙(こくえん)業炎(ごうえん)を上げて燃え盛っていた。




 燃えている建物とは、城だった。

 どこの城かは分からない。

 なんの城かも分からない。

 分かっているのは、ナライの内に渦巻(うずま)くこのドロドロとした不快な感情は、この城に原因があると言うこと。

 ナライは、守るべき城を守れずに慌てふためいている城兵(じょうへい)醜態(しゅうたい)嘲笑(あざわら)っていたのだ。




『はっはっは……。』


 ナライはもう一度笑ってみせていた。


『はは……。』


 しかしその笑いには、さっきのような覇気(はき)は見られず……。


『……くだらん。』


 笑うのをやめたナライはそう吐き捨てていた。

 ナライが立っているのは、この城の中でひときわ大きくて立派な望楼(ぼうろう)の上。

 つまりはこの城の中心だ。

 この望楼もまた燃えていた。だが不思議と熱さは感じない。

 しかしそれもまた、夢という名の不条理(ふじょうり)が成せる(わざ)なのだろう。




『ふん。』


 ナライはつまらなそうに眼下(がんか)に広がる光景(こうけい)(なが)めていた。

 それは正しくナライが望んでいた光景だ。

 今地上をワラワラと()けずり回るのは、この城を守る(にん)()っていた城兵たち。数が多いだけの無能(むのう)連中(れんちゅう)だ。駆けてはいるが、それだけだ。実際には右往左往(うおうさおう)するばかりで、なんの役にも立ってはいない。

 ナライの足元には夜闇(よやみ)を払う巨大な焚火(たきび)と化した城があった。立派な城だった。しかし、元が豪勢(ごうせい)だろうが剛健(ごうけん)だろうが、こうなってしまえばもう手遅れだ。鎮火(ちんか)するころにはその面影(おもかげ)など微塵(みじん)も残ってはいないだろう。




 人も建物も、嫌いなものはすべて自分の望み通りにしてやった。だから大勝利と言っていい。――それでもナライの心は満たされなかった。


『これが()たちを苦しめた敵の姿……敵の正体……。簡単すぎる……。』


 ナライは(むな)しかった。

 俺は確かに証明してやった。城は燃えた。虚仮脅(こけおど)しだったと。

 俺は確かに証明してやった。兵は無能だ。虚仮脅(こけおど)しだったと。

 だったら俺たちは一体何を恐れていたのか?

 どうして今まで立ち上がる者がいなかったのか?

 人も、土地も、尊厳(そんげん)も。何もかも奪われて、それでも耐え忍んでいたのは、相手が絶対に勝てない強大な力を持っていたからじゃないのか?


『だったらなんで……。どうしてもっと早く……。父さん、母さん……。』


 天を(あお)いだナライ。もう自分は(ひと)りぼっちだ。誰もいない。このまま下を見続けていたら、孤独(こどく)に押しつぶされてしまいそうだった。

 そうして見上げた夜空には、下弦(かげん)の月が燃え上がる火炎に負けじとその存在を主張していた。




「う……ん……。」


 夢と(うつつ)のはざまを彷徨(さまよ)っていたナライは、ふと目を開けていた。

 ぼーっとした視界の中でだんだん見えてくるのは、黒い影に隠された大きな(かたまり)天井(てんじょう)だ。見覚(みおぼ)えのない天井。ここは一体どこなんだろうか?


「……。」


 ナライは視線を横に向けてみた。

 背中が見えた。炉辺(ろばた)に誰かがいるんだ。でもその背中には見覚えがあった。きっとあれはアザミ。


「……。」


 その背中に、張りつめていた緊張(きんちょう)の糸が()けてゆくナライ。たとえここがどこだろうとアザミさえいれば、そこはもう安全な場所なのだ。

 そうして安心すると、また睡魔(すいま)(おそ)われたナライ。

 そしてまた、ナライは夢幻(むげん)の世界へと()ちてゆく――




 ナライが気が付くと、今度は一面の銀世界(ぎんせかい)だった。


『……。』


 辺りを見回したナライ。

 北限(ほくげん)の地に育ったナライにとって、雪自体はそれほど珍しいものじゃない。

 ただ、こうも(さえぎ)る物の見当たらない完全にまっ平らな地平(ちへい)が見えるとなると、さすがのナライでもある(しゅ)の不安に襲われるのも仕方のないことで……。


『――イ。――イ。』


 誰かがナライのことを呼んでいた。

 するとその声のする方角(ほうがく)を目指して、歩き始めたナライ。


『――イ。――イ。』


 その声はおいでおいでするように何度も何度も、ナライのことを呼んでいる。


『――イ。――イ。』


 ()(さら)な雪に足跡(あしあと)を残してひたすら歩みを進めるナライ。

 その声は一体何者なのか?男?女?よく判らない。それでもナライは疑いもせずにただ一心不乱(いっしんふらん)に足を動かしている。

 すると……。


『――イ。』


 その声を聞いたナライは足を止めた。

 そこには何もない。見えるのはどこまでも続く真っ新な地平。

 しかし声は、すぐそこからはっきりと聞こえるようになっていて……。


『――イ。よく来てくれましたね。私は貴方(あなた)歓迎(かんげい)しますよ。』


 声の主は、いつの間にか()()()()()

 相変(あいかわ)わらず何もないように思える。でも相手は確かにそこにいる。

 そしてその相手は、ナライが来てくれたことを心の底から歓迎しているようだった。


『――イ。ああ、なんて(いと)おしいのでしょう。さ、もっとこっちへ。もっと近くで私にその姿を見せてください。』

()()()()()()って誰だ?違う。オレは()()()だ。』


 しかしここに来て、急に不審(ふしん)を覚えたナライ。

 むしろ、今まで姿の見えない相手を(あや)しまなかった方がおかしいのだ。

 すると相手は(おどろ)いたように言葉を()まらせて……。


『……そう。貴方は忘れてしまったのですね……。』


 聞こえてきたのはとても(さび)しそうな声だった。

 悪戯(いたずら)が過ぎるところがあっても、本質的(ほんしつてき)には人の()いナライ。だからそんな声を出されては疑ってばかりもいられずに……。


『ごめんなさい。オレ、何も覚えてないんです。だから教えてくれませんか?あなたは誰で、ここはどこなんですか?あと、オレは……?』


 ナライが礼儀正しく訪ねると、相手は気を取り直して教えてくれるのだった。




「うう……うん……うあ……。」


 少しぼーっとして意識(いしき)が飛び始めていたアザミは、背後から聞こえる呻き声にぱちりと目を開いた。

 ナライがうなされているのだ。


「うア……イ?……ううん……。」

「……ナライ、今なんて?」


 すぐに具合を確かめに来たアザミ。

 しかしナライはそのまま黙り込んでしまって……。


「んん……。スゥ……スゥ……。」

「……なんだ、ただの寝言(ねごと)か。熱は……うん、変わってないな。」


 安心したアザミは、ナライの(ひたい)()れ布を退()けて熱を測っていた。

 今は夜鳥(やちょう)すらもぐっすりと眠る真夜中時分(まよなかじふん)。朝はまだ(はる)か遠いところにあった。


「まさかな、俺がこんなことする日が来るとは……。」


 そう呟きながら、布を取り替えてやるアザミ。

 ナライは寝言こそ収まったが、その表情は苦しそうだった。しかしこんな時どうしてやればいいのか、アザミにはその知識(ちしき)経験(けいけん)もない。


「……子ども、か……。」


 つい濡れた布を絞る手に力が入るアザミだ。

 生涯独身(しょうがいどくしん)。――それが天命(てんめい)だと思って、自分自身の意志でそういう生き方を選んできた。だからそのことに後悔は無い。

 とはいえ、苦しそうな寝顔のナライを見ていると、子どものあれやこれやについて無知()が過ぎることを()やまずにはいられない。


(あいつなら……。)


 考えるアザミ。

 ヤクトならこんな時どうする?母親なら?だが旧知の友としての顔を思い浮かべることはできても、父母としての顔までは浮かんでこない。


「もし俺に子がいたら……いや、やめよう。」


 考えるのをやめたアザミ。

 タラレバの話をしたところで自分に子がいないことは変わらないし、それを考えたところで、今ここで苦しんでいるナライを助けることにはつながらないのだ。


「はは……まいったな。俺一人じゃこの体たらくか……。」


 アザミはそう自嘲(じちょう)していた。

 こちとら大人だ保護者だ。と、息巻(いきま)いてナライたちにいいところを見せようとしても、ふたを開けてみればこんな失敗、無策(むさく)続きなのだ。

 この分じゃ、自分がこの兄妹(きょうだい)にしてやれることなんて、何もないのかも知れない。


「うう……うぁっ……。」


 ナライが再び呻き始めていた。何か嫌な夢でも見ているのだろうか。

 見かねたアザミは、ついナライの頭を()でていた。


「大丈夫だ。安心しろ、ナライ。ここは安全で、今度は俺もちゃんとついてるからな。」

「うう……ぅん……。……すぅ……。」


 するとまた静かな寝息を立て始めたナライ。その表情は心なしか安らいでいるようだった。


頑張(がんば)れよ。ナライ。お前はそんなことに負けるような奴じゃないだろう。」


 アザミ自身は気付いていなかったが、ナライを見守るアザミのその様子は父親のそれと近い物になっていた。


アザミ……主人公兄妹の保護者。今はナライたちを父親に会わせに行くところ。この一年で新たな責任感が芽生(めば)えつつある。

ナライ……主人公・兄。真・主人公。賊徒から妹を護って負傷する。今は夢幻世界(むげんせかい)の住人となりにけり。

カヤ ……主人公・妹。兄とケンカが絶えない。今お(ねむ)なので出番なかった。

ヌシカ……柴馬(しま)の名主。先代名主と同じ名前。元すけこまし。

ヤクト……主人公兄妹の父。現在は家族と別れて賊徒討伐の指揮を執っている。

ナリタ……名主(なぬし)家の使用人。アザミとも面識がある。

鹿頭(しかあたま) ……牡鹿(おじか)の頭を(かぶ)った賊徒(ぞくと)たちの首領(しゅりょう)。賊徒団をアザミ一人に壊滅(かいめつ)させられて逃亡中。

黒雲(くろくも) ……アザミの愛馬。黒い方。

疾風(はやて) ……ナライの愛馬。茶色い方。


柴馬(しま) ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹(きょうだい)に「この村で待つように」と指示して送り出していた。今現在滞在中(たいざいちゅう)の村。


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