第二章之六 柴馬の屋敷・アザミの夜
アザミ……主人公兄妹の保護者。結構顔が利く。
ナライ……主人公・兄。まだ寝てる。真・主人公なのに。
カヤ ……主人公・妹。知らない人の家なので一人きりでも緊張してる。
ヌシカ……柴馬の名主。元々は遊び人(主に下半身的な意味で)。
ナリタ……名主家の使用人。使用人内の序列は次席。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
柴馬 ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹に「この村で待つように」と指示して送り出していた。今現在滞在中の村。
「あ……。」
陽が傾いて少し過ごしやすくなってきたこの世界で、アザミはつい声を上げていた。
「なにか?」
するとわざわざ足を止めてその理由を尋ねてくるのは、前を行くナリタだ。
「いや。なんでもない。」
しかしアザミはそう答えていた。
ここは本宅と別棟をつなぐ道すがら。今のアザミは名主・ヌシカとの面会を終えて別棟へと戻る途中だった。
道と行っても所詮は同じ敷地内のこと。別棟までは、ほんの目と鼻の先程度の距離ではあったが、それでも律儀に案内を仕っていたナリタは、アザミの返事を聞くとまた歩みを進めていた。
(まあいいか。どうせ大したことじゃないんだ。)
そう割り切ったアザミ。つい声が出てしまったのは、ヌシカに聞きたいことがあったのを思い出したからだった。
一体何をどうしたら、これほどまでに村が栄えたのか?――それが、ヌシカに聞き忘れたこと。
しかし、もう聞かずともその理由が分かったような気になっているアザミだ。
(名主が交代してたとはな……。当代か。ふうん、それほどのやり手にも見えなかったが……。)
そう思いもしたアザミだが、自分の目ほど当てにならないものもない。
だってそうだろう。自分の目はあのヌシカの三文芝居を演技だと見抜けなかった、節穴みたいな物なのだから。
名主が交代していた。そして村が栄えていた。――主観を取り除いて見てみれば、それが事実として浮かび上がってくる。
先代の頑固ジジイには出来なかったことを、当代の道楽息子がやって退けた。
まあ、そんなところなのだろう。
「夕食はすぐにお持ちします。三人分でよろしいですね?」
「ああ。」
別棟の玄関先でナリタから持ち掛けられた夕食の相談を、アザミはただ了承していた。
三人分――つまり、アザミとカヤと、そして……ナライ。
たぶん今日中にナライが目を覚ますことないだろうし、それは手当てをしていたナリタにも分かっているはずだ。
居たたまれなくなったアザミは、ナリタから視線を外していた。
「くそ……当てつけのつもりか?」
「なにか?」
「いや。なんでもない。」
ぽつりと漏らすつもりのなかった独り言を拾われていた。――少し焦ったアザミだったが、それでもなんでもないことのように、しれっと誤魔化し通す。
大体、「当てつけか?」などと恨んでみたところで、本気でそう思っているわけじゃない。
ナリタは客をもてなす者として、ただひたすらに必要なもてなしをしたいだけ。そんなことが分からないほど、アザミは子どもじゃないのだ。
「じゃあ、よろしく頼む。」
だからアザミは全く他意のない様にそう言うと、ナリタと別れて別棟へと入って行った。
(一人分は余るのか……。)
しかし、そうして残るのは消化しきれない悔悟の念ばかり。
アザミは胸の奥が締め付けられたような気になりながら、ナライとカヤの待つ奥の部屋へと足を運ぶのだった。
それから時は過ぎて、今は夜。
日中の暑さが和らいだのはいいが、替わりに人を悩ませるのはコロコロ、ジジジジ……と風情よりもやかましさが先に立ってくるような虫の大合唱で……。
「……ん……。……ん、っんあっ!?。」
こっくりこっくりと舟を漕いでいたと思ったら、急にハッと目を開いたのはカヤだった。
すでに夕食は済ませてある。そしてすぐそこにあるのは、その温かさと明るさで夜闇から護ってくれるいろりの火。
昼間の疲れと二つの幸福感に包まれたカヤは、炉辺で時が過ぎるのを待っている内に、もう今にも寝落ちしてしまいそうなほどに朦朧とし始めていたのだった。
「カヤ。もう寝ろ。ナライは俺が看ておくから。」
見かねたアザミが、カヤに寝るように促していた。
「いえ。わたしも、起きてま……。お兄ちゃん、起き、まで……。」
しかし、その指示を拒絶したカヤだ。
だがその気持ちとは裏腹に、カヤの言葉も体も後ろの方になるほどユラユラグラグラして、もう限界が近そうだ。
「う~ん……。でも、たぶんナライも今夜は起きないと思うぞ。だから今のうちに寝ておいた方が、あとがつらくなくていいと思うんだが。」
「……やです……。わたし、起きて……。お兄ちゃ、起きぅ……。」
「けどお前、もうフラフラじゃないか。いいから無理せずに寝ろよ。ナライが目を覚ましたらお前も起こしてやるから。」
「やあ~……。お兄、いっしょ……。だって……カヤ……ねむぇな……。」
もう存在の半分以上が夢の世界の住人になっているらしいカヤだ。自分でも何を口走っているのか分かっていない様子だった。
カヤは寝ぼけるとこうなる。この一年でそのことを知っていたアザミではあるが、何度見ても飽きないものだ。
しかし、だからと言ってこのままにしておくわけにもいかず、そこでアザミは――
「カヤ。もう寝なさい。お兄ちゃんのことはちゃんと父さんが看ておくから。」
と、アザミはヤクトのふりをして、カヤを寝るように言っていた。
すると、そこに父がいると思って安心したらしいカヤ。
「んん~……カヤ、おきてぅ……。」
カヤはそう駄々をこねて力尽きたのか、体を横たえるとそのままスヤスヤと寝息を立て始めていたのだった。
「まーた間違えたんだなあ、俺は……。」
すっかりお眠になったカヤを寝床に運んで戻ってきたアザミは、弱々しく消えかけていた火に、めきっと二つに折った柴を放り込むとため息をついていた。
するといろりからは煙ばかりが湧き立つようになってきて……。
「けほっ。ああ、やっぱり湿気ってたな。」
アザミは攻め来る煙を手で払い退けていた。
今くべた柴、折った感触でそうだろうとは思っていた。どこで拾ってきたのか知らないが、木って物はこの柴みたいに乾いてない状態で火を点けると、こうして煙ばかりが立つようになるものなのだ。
しかしこの煙たさも、今日の罰だと思えばそう苦しいものじゃなくなる。急にしんみりしたアザミだ。
「すまんなナライ、カヤ。お前たちも俺みたいな馬鹿野郎が保護者じゃなけりゃ、こんな目に遭わずに済んだんだろうに……。」
アザミは自嘲していた。
今日のことではっきりとアザミの失敗だと言えるのは二つだ。
一つは賊徒の気配を察知した時、ナライとカヤを先に行かせたこと。ここを間違えなければ、ナライがこんな目に遭うこともなかっただろう。
だがそれ以前に、アザミはもう一つの失敗を犯していたのだ。
それはいくつかある選択肢の中で、この旧街道を選んでしまったこと。そもそも、ヤクトに会いに行くだけならば、こんな辺鄙な森の中を通る必要などなかったのだ。
一年前、ナライたちを引き取った時に使ったのは旧街道ではなく新街道だった。
新街道を使ってさえいれば、もっと平坦で進みやすく、しかも安全にヤクトの所まで行けたはずなのだ。
それが自分のつまらない都合で道を変えたばっかりに……。
「くそっ!」
アザミはやり場のない怒りに、次にくべるつもりだった柴を火に向かって思い切り叩き付けていた。
しかしその勢いとは裏腹に、舞い上がった灰は――ふわ――と、ごく微々たるもので……。
「……。ふん……。」
お前の怒りなど、その程度の価値しかない。いろりの火にそう言われた気がしたアザミは、冷静さを取り戻していた。
「――にしても、あの連中……。」
怒りを収めたアザミがまず振り返ったのは、昼間の賊徒たちのことだった。
あの奇妙な鹿頭を筆頭にした賊徒団。ナライを襲っていた鹿頭を含む五人組と、その前に襲ってきた本隊らしい隊の、二つの隊に分かれていた。
(鹿頭はそれで全部みたいなこと言ってたが……。)
みぃんな殺られた。――あんな変態じみた鹿の言うことなんか信用するつもりは更々ないが、もしそれが本当のことなのだとしたら、総勢で十五凸凹と言ったところだったか。
(大きくはないな。大きくはないが……。)
アザミは連中の戦力を勘定していた。
数的には小規模の賊徒団だ。アザミならばその程度の人数、それほどのものでもなかった。だが、戦力を測る上では数以外に質も重要だ。
(連中、逃げなかったな……。どういうことだ?)
アザミはずっとそのことが引っかかっていた。
この近辺に出る賊徒なんてものは、農閑期やら不漁不作やらで、食うに困った普段は善良に暮らしている連中が、やむにやまれずに身を落とすのが大半だ。
元がそんな連中だから、腕っぷしはからっきしだし、ちょっと強く出てやればすぐに逃げ出す。なのに、今日の連中は逃げなかった。
(そりゃあ、そういう腹の据わった奴の一人や二人、いても不思議じゃないだろうが……。)
やっぱり納得いかない。考えるほどに眉をひそめるアザミだ。
第一、今は農閑期ではないし、そもそもここ数年は不漁も不作も来ていないのだ。だから必然的に、今日の連中は本職だと言うことになってしまう。
だがそうは考えたくないアザミだ。
もし連中が本職の賊徒ならば、賊徒討伐の指揮を執っているヤクトが無能を晒したと言うことになってしまう。
(それはないよなあ。あいつがそんなヘマするか?)
ヤクトはやると決めたことは絶対にやる男だ。アザミはそう信じている。
それにたとえ相手が本職だったとしても、それはそれで説明がつかないことがあるのだ。それは……。
(最後まで一人も逃げなかったってのは、なんなんだ?)
それがアザミの分析を混乱させる原因だった。
いくら本職だからって、仲間が殺られれば逃げ出す奴もいる。
いや。本職だからこそ、形勢不利と見ればためらいなく逃げ出すのが賊徒だと思っていたアザミなのだ。
なのに、あの連中は逃げなかった。最後の一人になって、明らかに戦意を失っている様子でも、それでも敵わぬ強者を相手に最後まで牙を剥いて向かってきていたのだ。
「くそっ!なんだってんだ、胸糞悪い……。」
アザミは悪態をついていた。
本職の賊徒なんて連中は救いようのない悪党だと思えばこそ、その命を奪うことにもためらいはないアザミなのだ。
だから賊徒にそんな気概はいらない。そんな気概があるんだったら、もっと真っ当な仕事に就いて、真っ当に暮らせばいいのだ。
なのに連中は真っ当ではない手段で生きようとしていた。それはつまり――
「ああ、もうやめだ!馬鹿馬鹿しい!」
アザミは考えるのを投げ出していた。
あの兵隊みたいな気概を持った連中が何者だろうが、もうどうでもいい。カヤを悲しませ、ナライを傷付けた。それだけでも連中を討つには十分な理由なのだ。
「俺の役割はは子どもたちを護ること。口が裂けたって出来てるとは言えないが、それでも精いっぱいやって見せるだけさ。なあ。それでいいだろ、ナライ?」
そうしてアザミが話を振ったナライは、相変わらず静かな寝息を立てるばかりだった。
アザミ……主人公兄妹の保護者。妙に腕が立つのは奇襲、強襲なんでもござれだから。
ナライ……主人公・兄。真・主人公らしく満を持して出てきたね。いや出てきたって言っていいの、これ?
カヤ ……主人公・妹。寝ぼけると性格が変わるのはON/OFFの切り替えが出来ているってこと。
ヌシカ……柴馬の名主。これでしばらく出て来る予定ないんだよなあ。知らんけど。
ヤクト……主人公兄妹の父。現在は家族と別れて賊徒討伐の指揮を執っている。
ナリタ……名主家の使用人。あれ?この人モブだったっけ?
鹿頭 ……牡鹿の頭を被った賊徒たちの首領。賊徒団をアザミ一人に壊滅させられて逃亡中。
黒雲 ……アザミの愛馬。黒い方。
疾風 ……ナライの愛馬。茶色い方。
柴馬 ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹に「この村で待つように」と指示して送り出していた。今現在滞在中の村。




