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北天のアリス  作者: 埼山一
序章
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序章之四 無情なる私刑

ナライ ……主人公。兄。元服前の少年。賊徒の指を斬った感触から一時パニックになるも立ち直る。

カヤ  ……主人公。妹。ナライの二つ下の器量良し。なんと今回は出番がある。

鹿頭(しかあたま)  ……賊徒たちの首領。牡鹿の頭を被っている。手下が傷付いても冷静でいられる。

副首領 ……賊徒のナンバー2で仕切り役。賊徒の割には血気に逸らないタイプ。

頬腫(ほおは)らし……特に気の荒い賊徒。迂闊(うかつ)。そのせいで鹿頭に頬を殴られた。その上でさらに迂闊。そのせいで指をナライに斬られた。ついでに下品。

賊徒×2……個性化を諦められた憐れな荒くれ。台詞(セリフ)はもうニュアンスで振り分けてください。

旅の連れ……ナライ・カヤ兄妹の旅の連れ。と言うよりは保護者。名前はアザミ。男。

疾風(はやて)  ……ナライの愛馬。鹿毛(かげ)(要は茶色)。今回は名前を呼ばれる。


 わずか四半刻(しはんとき)の間に、こんなことになるなんて一体誰が想像できただろうか。

 四半刻前のナライは、将来腕のいい狩人になることを夢見るだけの、どこにでもいる十四歳の少年だった。ナライは、諸々の事情から少し離れた地で賊徒討伐の任に就いている父に、妹と一緒に会いに行く途中だったのだ。


「お兄ちゃん、ちょっと速いよ。」

「ふふん。オレが速いんじゃなくてお前が遅いんだよ。な、疾風(はやて)。」


 それは、そんな兄妹の間でそんな軽口を言い合えるような安全な道中のはずだった。


「いや。少し速いな。久しぶりに親父(おやじ)に会えるのが嬉しいのは分かるが慌てることはない。もうちょっとゆっくり行こう、ナライ。」

「ちぇ。分かったよ、アザミ。」


 勿論、いくら安全だからと言っても、元服もしていないような子どもだけ集落の外に出すようなことはさせられない。

 だからナライは旅の連れ――父の古くからの友人で、自分の狩猟の師でもあるアザミに伴われて、実に一年ぶりになる父との再会を楽しみに、この森の旧街道を進んでいたのだった。だが……。




 それから四半刻後。つまり今現在のナライはどこにいるのかと言えば……。


「ぐうぅぅ……指……おれの指……。」


 安全とは程遠いような呻き声が聞こえてくる森の中に、ナライはいた。

 この呻きの主は勿論、例の頬腫らしだ。彼は予期せず失ってしまった自分の指の痛みを、そうやってうずくまって呻くことで何とか紛らわそうとしているのだった。

 だがいくら呻いてみたところで、「指が指が」と言っている内は痛みを忘れることなどできはしないと彼が気付けるのは、一体いつになることか……。

 しかしそんな賊徒の呻きなど、所詮は身から出た錆。自業自得。だから同情も気にする必要もないのだが、残念なことにこの森で聞こえてくるのはそんな賊の呻きだけではなかった。


「くそ……まだ……まだ……。」

「へいっ!ちゃんと避けろ――よっ!」


 賊徒の一人がそう言って、手にした石を投げつけていた。

 賊徒の手から離れたその石は一直線に目標へと向かってゆき、そして――


「くっ……!」


 石はギンッと言う音と共に急にその方向を変え、彼方へと弾かれていた。


「チッ。本当に避けやがった。」

「おう。上手いことやるじゃねえか。じゃあ今度はこれでどう――だっ!」


 もう一人の賊徒はそう言うと、間髪入れずに石を投げつけていた。そしてその石は、今度はドスッと鈍い音を立てた石が勢いを失って地面に落ちていた。


「よしっ!アタリだ!」

「おっ、いい所に入ったな。今のは二点だな。おっと、テメエはまだ休むんじゃねえぞ。何しろこっちにゃタマなんていくらでもあるんだから――なっ!」


 この森の中で頬腫らしの呻き以外に聞こえてくるのは、そんな音だった。

 賊徒たちはその薄汚れた顔に酷薄な笑みを貼り付けて、手にした石を標的に投げつけては、その結果を見てまた嗤う。その繰り返しだった。

 そしてその標的と言うのは勿論――


「っ!……くそ……やるなら……堂々と……戦え……。」


 そう。ナライ少年だ。

 図らずも懐に忍ばせてあった短刀で賊徒の一人、頬腫らしの指を斬り落としてしまったナライ。

 ナライはそのあと、四人を相手にするのはさすがに無理と判断し、とにかくこの場をどうにかして凌ごうと守りに入っていたのだった。

 だが、それはナライにとって間違った判断だった。

 ナライが自分から斬り込もうとしないのをいいことに、賊徒たちはナライの間合いの外から(つぶて)を見舞って(なぶ)ることを選んでしまったのだ。


「おらぁっ!」

「くっ……。」

「食らえコラァっ!」

「うあっ!」


 避けても弾いても次々に飛んでくる礫。それでもナライにはこれと言った打開策などあるはずもなく、この虐待のような状況に耐え続けることしかできなかった。

 だがそうでなくとも、ナライには賊徒を斬る腕などありはしないのだ。

 そもそもさっき頬腫らしの指を斬り落とした一撃だって、その時の場の流れと激情に駆られて繰り出したの偶然の一撃だったのであって、断じてナライの実力などではなかったのだ。

 それを見透かしているのか、ずいぶんと余裕を見せて礫打ちに興じている賊徒たち。


「よしっ!次は俺の番――」

「おっと、あんまり踏み込み過ぎるな。それ以上はガキの刀が届くぞ。」

「お?ああ、そうだな。危ねえ危ねえ。」


 だがそれでも連中は、不用意に自らナライの間合いに踏み込むような真似だけはしなかった。


「ほんじゃまあ、ちっと下がった所から……そら――よっ!」

「ぅあっ!」

「一点。下手くそ。」

「うるせえ。」


 連中はあくまでも慎重に、そして残酷に……偶然の事故を回避しつつナライへの私刑を執行し続けていたのだ。


「ふぅ……はぁ……。」


 ナライの体は今やあちこちが痣だらけになっていた。

 見える箇所は隈なく赤黒く腫れ上がっているか擦り切れて出血していて、片目は腫れ塞がって見えず、額からも血が伝い落ちている。


「……この……っ怯者……。」


 ナライはふらふらになりながらそう吼えていた。いや、精いっぱい吼えたつもりになってった。


(あれ?オレ、どうしてこんなことしてるんだっけ?……あ、そうか。)


 もうその理由すら、忘れかけているナライだ。

 それでも未だ倒れずに踏み止まり続けているのはナライの意地なのか、それとも妹への想いなのか。

 だが、そんなナライの意地など知るはずのない賊徒たちは、ナライの言葉を鼻で嗤いながら石を投げ続けていた。


「ほっ?卑怯?……そりゃうれしいね。どうもありがと――よっ!」

「へっ!卑怯で結構。こちとら遊びでやってんじゃねえんだ。テメエの安全にゃ替えられねえの――よっ!」

「はっ。卑怯ねえ……いや、おれはそうは思わねえな。卑怯ってのはなあ、相手が優しくしてやってるのをいいことに斬り付けてくるような奴のことを、言うんだ――よっ!」


 それぞれが口を開くたびに石を投げつけては零点だの一点だのと点数をつけて面白がる賊徒たち。

 ナライはそんな私刑に、ただただ耐え続けるしかなかった。


ナライ ……主人公。兄。元服前の少年。ピンチ。

カヤ  ……主人公。妹。ナライの二つ下の器量良し。またしばらく出番なし。

鹿頭(しかあたま)  ……賊徒たちの首領。牡鹿の頭を被っている。手下たちと違って(なぶ)る趣味はない。

副首領 ……賊徒のナンバー2で仕切り役。血気には逸らないが、敵に情けをかけることもない。

頬腫(ほおは)らし……頬が腫れて指の欠けた気の荒い賊徒。迂闊(うかつ)で下品。碌なことしてないが、存在感だけはある。

賊徒×2……下手に徒党を組んだせいでまだ個性を発揮できていない荒くれ。非道の徒。

アザミ……ナライの旅の連れ。保護者。成人男性。

疾風(はやて)  ……ナライの愛馬。鹿毛(かげ)に靴下をはいてる(要は足元が白い)。またしばらく出番なし。


四半刻(しはんとき)……30分ぐらいかなあ?


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