第二章之一 合流 ~柴馬の村~
※一年前の回想終わりました。再び時間が動き出します。
ナライ……主人公・兄。賊徒の襲撃を受けて負傷。
カヤ ……主人公・妹。ナライに助けられて、約束の村にて二人を待つ。
アザミ……主人公兄妹の保護者。狩猟の師匠。賊徒に嬲り殺されそうなナライを救出し、カヤの待つ村へと急ぐ。
黒雲 ……アザミの愛馬。青鹿毛(真っ黒で艶が青っぽい毛)の大型馬。
柴馬 ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹に「この村で待つように」と指示して送り出していた。約束の村。
カッポッカッポッ――と、馬の蹄らしい音が聞こえて来た気がして、「もしかして」と予感を抱いたカヤは、森の奥から延びて来ている旧街道の先をじいっと睨みつけていた。
すると、見えにくかった森の中から少しずつ見えてきたのは白と黒。二頭の馬と、そして黒い方の馬に乗っている一人の男の姿で……。
「あっ!先生!」
カヤは、その男の正体がアザミだと分かるとすぐに駆け出していた。
「応。カヤ!無事か?」
「はい。わたしはなんとも。それよりお兄ちゃんが!」
「安心しろ。ちゃんと拾ってきた。」
アザミは慌てるカヤをそうなだめると、自分の懐にぐったりと寄りかかって見えにくくなっていたナライを、カヤに見せていた。
「あっ!お兄ちゃん!――先生……お兄ちゃん大丈夫なの!?」
「ああ。見た目はちょっとアレだが、眠ってるだけだ。ちょっと前まで頑張って起きてたんだけどな。」
瞳が揺れるカヤに、つとめて明るくそう言って見せたアザミ。
ちょっとアレな見た目。――アザミの言う通り、ナライの見た目は結構ひどいものだった。
今のナライは出血こそ止まっているものの、体中の見える箇所はそのことごとくが赤黒く腫れ上がっていて、とても大丈夫なようには見えないのだ。
だから、そんな兄を見てカヤが泣きたくなるのも当然のことで、そんなカヤに要らぬ心配をさせまいと明るく応えて見せたアザミの気遣いもまた当然のことだった。
しかし当のナライはと言えば、そんなふうに心配してくれる妹のことなど知るはずもないことで――
「スゥ、スゥ……。」
何も知らないナライは、怪我人らしく少し荒くて速かったけれど、それでもアザミの懐に抱かれて規則正しく寝息を立てているばかりだった。
「お兄ちゃん……。」
そんなナライを見たカヤの声が揺れていた。
寝息が聞こえる。ってことはちゃんと生きてる。でもこんなのいつものお兄ちゃんじゃない。そんなひどい有様の兄にどう接すればいいのか分からないカヤだ。
カヤにとってのナライとは、寝ても覚めてもうるさくて鬱陶しくて、その日の気分によってはそこにいると思うだけでウンザリするような、ちょっと困った存在。――正しく「しょうがないお兄ちゃん」でしかなかったのだ。
だからカヤは日頃から、そんなナライにはもうちょっとだけ静かになってほしい。そうすれば静かになった分だけ好きになれるかも知れないのに――と、そう願っていた。
なのに、いざこうして静かに寝息を立てているだけの兄の姿を見ていると、好きになるどころか心がざわついて仕方がない。
(なんでわたしなんか庇ったりしたの……。ばか。お兄ちゃんのばか……。)
たまらず視線を下に向けたカヤの握りこぶしが震えていた。
あの時、賊徒の罠を避けきれずに転倒したのはカヤの馬だけだった。
ナライは、カヤよりも先行していたにもかかわらず、とっさに危機を察知して巧みに罠を避けていたのだ。
だから本来ならあの場に残されるのは自分だったはず。なのに、「しょうがないお兄ちゃん」のはずのナライが、身代わりになって自分を逃がしたものだから……。
(ごめんね……。ごめんね、お兄ちゃん。)
カヤの伏せた目から雫が一つ、こぼれ落ちていた。
せめてナライの手を取りたい。ありがとうって言いたい。
でもこんなふうになってしまったナライに触っていいのか判らない。触りたくても触っちゃいけない気がするナライの姿に悲しむばかりで、その場に立ち尽くしたカヤ。
(触っていいの?お兄ちゃん、ホントに大丈夫だよね?)
カヤはそんな不安に駆られていた。
勿論、ちょっと触ったぐらいで人が死ぬわけがないことぐらいカヤにだって分かっている。
でももし。万が一。
そうなったらと思うと、怖くて何もできなくて涙を流すしかないカヤなのだ。
「大丈夫だ、カヤ。そんなに心配するな。これぐらいじゃナライは死なない。」
カヤの苦しい心を見て取ったアザミは、悲しみに暮れるその頭にポンと手を乗せると、カヤを慰めていた。
「本、当……ですか?」
濡れた瞳を隠そうともせずに、アザミを見上げたカヤ。
「ああ、本当だ。いつものナライを思い出してみろ。ナライは普段からあんなに元気が有り余ってるんだぞ。そんな奴がちょっとぐらい怪我したからって、どうにかなったりしないさ。」
「ぐすっ……はい……。」
アザミに励まされて、カヤは袖でグシグシと涙を拭っていた。
他の誰でもないアザミ先生の言うことなんだもの。だから、きっと間違いはないはず。――そう思い込むことにしたカヤ。すると、すっかり小さくなっていた背中も、心なしかピンと伸びてくるような気がして……。
「えと、あの……じゃあこれから、どうするんですか?」
少しだけ元気を取り戻せたカヤは、アザミに指示を仰いでいた。
「まずは宿だな。早いとこナライをきちんとした所に寝かせてやりたいし、手当てもちゃんとやり直した方がいいからな。カヤ。宿は取ってあるか?」
「はい。こっちです。」
アザミの指示を聞いて、早速案内を始めたカヤ。
(さすがだな。相変わらずの気の利かせ方だな……。)
アザミはそんなカヤの背中に頼もしさを見ていた。
こんな状況にあってもちゃんと宿を確保していた。どれだけ慌てているように見えても、やるべきことをきちんと判断して実行できる。カヤはそう言う娘だったのだ。
(ま、ヤクトの娘だもんな。そう思えば驚きもないが……。でももしこれが逆の立場だったらどうだ?)
ナライとカヤが逆だったらと想像して、苦い気分になったアザミだ。
もしあの場に留まったのがカヤで、村まで逃げおおせたのがナライだったら、こう上手くはいかなかっただろう。
なにしろ気持ちだけは誰よりも強いナライのことだ。頭に血が昇ったナライはすぐにカヤの元へと引き返して、なんの策も持たずに自分よりもはるかに強力で数も多い賊徒に立ち向かって行っただろう。
そしてその結果は……。
(はあ……良かった……。)
だからアザミは、立場が逆ではなかったことに感謝していたのだ。
「先生。こっちです。」
アザミが物思いに耽ってその場から動かずにいると、先を行くカヤが振り返って手を振っていた。
「応。分かっている。そう急かさないでくれ。なるべく揺らさないようにしたい。」
アザミはそう言うと黒雲の腹を蹴った。そしてちょっとだけせっかちになっているカヤのあとを追うのだった。
ナライ……主人公・兄。今は痛みよりも発熱がきつい。
カヤ ……主人公・妹。実は兄よりも出来がいいことを無意識に鼻にかけていた。でもナライがあんな行動に出たものだから……。
アザミ……主人公兄妹の保護者。この一年で、カヤからは「先生」と呼ばれるようになっている。ナライの方は変わらない。
黒雲 ……アザミの愛馬。
柴馬 ……賊徒に襲われた当初、アザミは兄妹に「この村で待つように」と指示して送り出していた。約束の村。




