第一章之二十二 回想一年前 ~親子の別れ ナライ(前編)~
アザミ……主人公じゃない。でもこの人がいないと話が進まない。
ナライ……真・主人公。思春期主人公に負けてる。もっと出しゃばれ。
カヤ ……思春期主人公。出しゃばってるわけじゃないのに真・主人公を食ってる。
ヤクト……兄妹の父。ここ数回主役になってる。ただのオッサンのくせに。
エナ ……兄妹の母。下手に鬱になられると困るからじっとしてなさい。
黒雲 ……アザミの愛馬。ちゃんとこの場にいるよ。大人しく待ってる。
深沢 ……賊徒討伐の拠点となる谷相にある村。
「……じゃあ……お父さん。行ってきます。えと……カヤは元気にしてるから、お父さんも心配しないでね。」
「ああ。行ってこい。」
今度こそカヤの別れの挨拶が済むと、それを受けたヤクトが力強く言葉を返していた。
「――あと、えーと……。」
しかしカヤは挨拶がちょっと短くなってしまったことが気になるらしく、どうにも物足りなさそうな顔をしていて……。
「う~ん……やっぱりなんか足りない気がするなあ……。」
「うん?いやあ、そんなことはない。カヤの気持ちはちゃんと父さんに伝わった。」
何か付け足そうと視線を上に向けたカヤを遮ったヤクトだ。
このままカヤの好きに喋らせていたら、またどんな迷言が飛び出すか知れたものじゃない。これから戦場に身を投じなければならないという時に、あんな挨拶を愛娘から悪意もなく聞かされた日には、さすがのヤクトも傷付かずにはいられなかったのだ。
「しばらく会えなくなるけど、風邪なんかひかないように気を付けろよ。」
「はい。温かくして寝るように気を付けます。お父さんもね。」
「ああ。気を付けるよ。」
「あ、そうだ。お父さんお酒の飲み過ぎはダメだよ。お母さんがいないからって飲み過ぎないでね。」
「お?はははっ……なんだ。そんな心配までしてくれるのか?」
「だってお父さん、お母さんが見てないとすぐに『もう一杯だけ』とか言い出すから。」
「――――。」
「――。」
結局挨拶なんてものは一方的に済ませるのではなく、双方が言葉を交わす中で完成する物らしい。
こうして、なんだかんだと思い付いく限りのことを口にしていたカヤ。そして何回かのやり取りが済んだ頃、カヤは隠せない寂さを全身ににじませながら、父との会話を終わらせたのだった。
「ほら、ナライ。お前の番だ。」
カヤの挨拶が済んだのを見計らったアザミは、ナライの背中を押していた。
「あ、うん……。」
そしてアザミに押されるに任せてヤクトの前へと進み出たナライ。
しかしいつもの元気はどこに行ったのか、ナライにしては珍しく浮かない顔をしているようで……。
「……。」
ナライはいざヤクトの前に出てみても、黙り込んだままだった。
面倒事はやっつけでさっさと終わらせてしまうのがナライという子どもだ。
だから難しい顔をして口を固く結んでいるナライの様子を見かねて、口を開いたはヤクトの方で――
「ナライ。」
ヤクトは息子の名を呼んでいた。それはまるで叱りつけているかのような力強い声だ。
「あ。え、何?」
「何じゃない。どうした?お前らしくない。腹でも痛いのか?」
「ちがっ――そんなんじゃないよ。」
「じゃあなんだ?」
「な……なんでもないよ。」
ヤクトの強い眼差しに射抜かれて、わずかに目を逸らしたナライ。
だがそのわずかの動きでも見逃さないのが、父親と言う生き物な訳で……。
「なあナライ。父さんはこれから賊徒の討伐に行かなきゃならないんだ。これは危険な仕事だし時間もかかる。当然しばらくお前とも会えなくなる。だから父さんに話すことがあるなら今しかないんだぞ。……それでもなんでもないのか?」
「う……。」
危険。会えない。――そう言われて言葉を失ったナライ。
普段は聞かん気全開の悪童ぶりを発揮するナライも、すぐ身近に死の存在が実感できる状況とあっては怯まずにはいられないようだった。
しかしヤクトだって、別に息子を怖がらせようとしてこんなことを言ったわけではない。
「そう心配するな。お前は知らないだろうが、こう見えて父さんは強いんだ。だから危険って言っても父さんには全然大したことないし、会えないのも少しの間だ。」
ヤクトは眉間のしわを伸ばしてナライを諭していた。
「――でもな、父さんはお前たちが暗い顔をしてると思うと安心して戦えないんだ。だからナライ。言いたいことがあるならちゃんと話せ。父さんを安心させてくれないか?」
目線を合わせ、ナライの肩に手を置いたヤクトだ。その言葉や態度は一片の偽りもないものだった。
そして父親の真心を感じたナライは――
「……分かった。」
と、承知するのだった。
「――ねえ父さん。やっぱりオレも残る。オレも父さんと一緒に山賊をやっつけたい!」
ナライが心の内に秘めていた決意。
「――このままじゃ家も山賊に襲われるかも知れないんだろ?だったらオレも戦って家を守りたいんだ。」
『なっ!?』
「ナライ、何を言い出すの!?」
「お兄ちゃん!?」
それを知らされた全員が一斉に驚いていた。
しかし当のナライは、そんな周囲の様子にもまったく動じることなく、ヤクトの目をじっと見つめているばかりだ。
そしてそんなナライの態度に本気を見て取ったヤクトはと言えば……。
「……。」
ヤクトはきゅっと目を閉じて息を一つ吐くと、またナライに向き合うのだった。
「ナライ。……気持ちは嬉しいが、ダメだ。お前はまだ子ども。そんな奴を連れて行くわけにはいかない。」
ヤクトはナライの申し出をキッパリと断っていた。
ナライが遊びで申し出ているのではないことぐらい、ヤクトにもちゃんと分かっている。
ナライはなかなか大人の言うことを聞こうとしない、大人にとって扱いにくい性格なのは間違いないが、それでも正しいことを見極めて求めようとする正義感の子どもだった。
それに近頃は狩猟やら武芸やらに興味を持ち始めたのか、ナライは一人こっそりと剣や弓の稽古していることもヤクトは知っている。
だが、正義感があって武芸の稽古をしている――たったそれだけのことで子どもの参加を許せるほど、これは甘い仕事じゃなかった。
「じゃあ今!オレ、今大人になるからさ。それなら――」
「馬鹿なことを言うな!ダメなものはダメだっ!」
なんとかして認めてもらおうと食い下がるナライを、きつく拒絶したヤクト。
賊徒の討伐などとそれらしく言葉を濁してはいるが、要するにやることは人殺しだ。
実際には賊徒連中を賊働きができない体にしてやればいいだけなので、|殺生必至《》せっしょうひっしの仕事というわけではなかったが、それでもナライのような若造の出る幕じゃないことに変わりはない。
「なんで!?」
「なんでもだ。」
「どうしてダメなのさ!?分かんないよ!」
「分かんなくてもいい。諦めなさい。」
ナライが食い下がれば食い下がるほどに険しさを増すヤクトの眉間のしわ。
こんな年端もゆかないうちから息子を人殺しにする気はない。しかし、自分がこれからのやろうとしている仕事とは、人殺しだと告白したくもない。
ヤクトの眉間のしわには、そういう断固たる決意が現れていたのだった。
「ナライ。あまり親父さんを困らせるな。」
段々と険悪な雰囲気になっていった父子の間に割って入ったのは、ヤクトの想いが容易に想像できたアザミだった。
ヤクトと同じように、今回の仕事の意味を知っているアザミだ。だからアザミは、ヤクトの代弁者としてナライを説得にかかるのだった。
「なあナライ。お前にはまだ早いんだよ。大体お前、何ができるんだ?刀も弓も満足に扱えないだろう。」
「で、できるよ!オレ、実は隠れて稽古してて――」
「へえ、そうなのか。でもお前、人を斬れるのか?」
「斬れる!」
ヤクトに噛みついた勢いそのままに、アザミにも食ってかかったナライだ。
しかし、そんなナライの言葉に少しだけ腹を立てたアザミは――
「ふうん。本当にか?本当に人を斬れるのか?人を斬るってことはな……人が……死ぬ。――て、ことなんだぞ。」
ヤクトとの口論の熱が冷めやらぬナライの向こう見ずな言葉に、アザミはス――と、凍り付くような視線で応えていた。
アザミのそれは正しく氷の視線。――触れた瞬間、激しい熱さを感じたかと思うと、次の瞬間には全身の血が凍結しそうなほどの寒気に襲われる。
アザミは、磨いた技を実践することと、人を殺すことが等式でつながらない浅はかな考えで戦場に行きたいなどと宣ったナライに、その意味を冷酷に伝えようとしていたのだ。
「あ、え……と……。」
ナライは言葉を失っていた。
言われたことを理解したのか、それともアザミの殺意にただ気圧されただけか……あれほど燃え上がっていたナライの意気も、急激にその勢いを失っていた。
「……うん。そう言うことだよ。分かったな。」
そんなナライを見て、そう言ったアザミはいつものアザミだった。
「――なあナライ。親父さんもおふくろさんも、お前に人殺しになってほしくはないんだよ。そういうのはもっと大人になってから、他にどうしようもなくなった時に仕方なくやれ。」
アザミの言葉に、ナライは再びヤクトの方を見ていた。
オレに人殺しになってほしくないって、そうなの?――そう聞きたそうなナライだ。
ナライだって別にアザミの言葉を疑っているわけではない。しかし、やっぱり他人の口から聞かされるのと本人から言われるのとでは説得力が違うわけで……。
「……。」
息子に見つめられたヤクトが無言でうなずいていた。言いたいことは全部アザミが言ってくれたのだからこれで十分なのだ。
すると今度は母親の方を見たナライ。
エナもまた、ヤクトと同じように黙ってうなずくばかりで……。
「そう、か……。」
こうして漏れたナライの呟きは、誰にも聞かれることなく虚空へと消えて行くのだった。
アザミ……主人公じゃない。昔色々あって脛に疵持つ人。だからこそ、ああいう芸当もできるわけで。
ナライ……真・主人公。直情的だけど愚かじゃない。
カヤ ……思春期主人公。メリハリがついてて良い娘。重宝してます。
ヤクト……兄妹の父。アザミの疵の形を知ってる人。でも弱みを握ってるとかではない。
エナ ……兄妹の母。スポットが当たらなければ暴走もしない。たぶん。
黒雲 ……アザミの愛馬。ちゃんとこの場にいるよ。大人しく待ってる。
深沢 ……賊徒討伐の拠点となる谷相にある村。




