第一章之二十一 回想一年前 ~親子の別れ カヤ~
アザミ……主人公じゃない。オッサン?――いや。まだ若い。特に気持ちの方が。
ヤクト……兄妹の父。オッサン?――うん。オッサン。でもおじさん構文は知らない。
エナ ……兄妹の母。オバサン?――いや。まだ全然若い。……いやホントだって。
ナライ……真・主人公。主人公?――う、うん。でも属性が弱いのか、今のところ空気になりがち。
カヤ ……思春期主人公。主人公?――うん。主人公だね。あんまり描写する機会ないけど、兄貴よりもませてるので実は内面では……。
黒雲 ……アザミの愛馬。馬?――いやいや。馬じゃなきゃなんなのよ?
深沢 ……賊徒討伐の拠点となる谷相にある村。
なんとなくもやもやした気持ちをとりあえず振り払ったカヤは、アザミに促されるままにヤクトの前に進み出ていた。
「……。」
「……。」
お互い何も言わない時間。それは父と娘の別れの時が始まった瞬間。
カヤはいつものカヤらしい丁寧なお辞儀をしてから、父にしばしの別れを告げるのだった。
「お父さん。――えと……あの……こういう時、なんて言っていいのかよく分かんないんだけど……。」
しかし今までこんな経験をしたことがないカヤだ。言うべき言葉が見つからずに早速困ってしまっていた。
すると、そんな娘の様子さえも嬉しいらしく、温かな眼差しで見守っていたヤクトがカヤを諭す。
「なんでもいいんだよ。何を言ってくれてもいい。カヤの思い付くままの挨拶をしてくれれば父さんはそれで満足なんだから。」
「そうなの?」
「ああ。こういうのは形よりも気持ちが大事だからな。気持ちが籠っていればちょっとぐらい形が変でもちゃんと想いは伝わる。それは分かるな?」
「はい。」
難しく考えなくていい。――そのことが分かったカヤが、安心した表情を見せていた。
するとそんな娘の返事を聞いたヤクトも、ますますうれしそうな笑顔を見せてくれるわけで……。
「うん。カヤの返事はいつ聞いても気持ちが良いな。それじゃ、また父さんに挨拶をやってみせてくれるか?」
「はいっ。」
予期せず褒められたカヤは、いつも以上にはっきりしっかりした返事をして、また最初から挨拶をやり直そうとしているのだった。
(ふうん……。あいつもまあ、いっちょ前に父親してるんだな……。)
邪魔にならないように少し離れたところで見ていたアザミは、ヤクトの父親ぶりに感心せずにはいられなかった。
あのヤクトが。――何か見知らぬ人物を見ているような気になったアザミだ。
アザミが初めて逢ったばかりの頃のヤクトは、この土地の人間には珍しく宮仕えを真剣に考えているような鼻持ちならない奴で、上昇志向の塊のような男だった。
当時のヤクトは持ち前の性格で自分の無害さを演出しながら保身を図り、その上で自分がのし上がる機会を求めて常に謀を巡らせる。そんな男だったはずなのだ。
それから十余年。一度野に下りて人の親となったらこの変わりよう。
(何があいつを変えたんだろうな?嫁か?子どもか?いや。どっちかじゃない。――たぶん両方なんだろうな。)
そう思ったアザミだ。
勿論、他にも探そうと思えば思い当たることはいくらでもある。だが何が一番ヤクトを変えたのかと考えれば、はやり家族の存在が一番しっくりくる理由だと、アザミには思えたのだ。
(あいつ、変わったよな……。)
過去のヤクトと今のヤクト。そして過去の自分と今の自分。
比べてみて、あまりの違いに寂しさに似た何かを感じたアザミ。
今の自分が嫌いなわけじゃない。
だが、こうして変わることができた旧友を見ていると、自分一人だけが過去に置き去りにされたような気がして、どうにも落ち着かない気分になってくるのだ。
(ま、それもいいさ。俺は俺だ。どうしたってあいつにはなれない。)
考えるのをやめたアザミだ。これ以上考えたところで何か得る物があるわけじゃない。
本当にそれでいいのか――そう問いかけてくる自分が心の内にいることを無視して、アザミは目の前の父娘の別れの挨拶を見守り続けていた。
「――お父さん。さようなら。カヤは向こうでもきっと元気に暮らします。ですから、お父さんも心配しないで、どうか安らかに。」
カヤが精いっぱい考えた挨拶が終わると、父と娘の間には微妙に冷えた空気が流れ始めていた。
「あ……うん。」
「……?」
どうにかうなずいて見せたヤクト。
だがヤクトの乾いた返事に、何か変なことを言っただろうかと首をかしげるばかりのカヤだ。
凍り付く父と何も分かってない娘。このまま変な時間だけが過ぎて行くのかと思われた矢先――
「すまんカヤ。ちょっといいか?」
真っ先に口を出したのは、他でもない他人のアザミだった。
(まあ、確かに「別れの挨拶」って言ったのは俺だが……。でもそう来るか。それじゃまるで死に別れじゃないか。)
自分の言い方がまずかったのかも知れない。だが、じゃあ他になんて言えば良かったのか?
見れば、ヤクトもあまりと言えばあまりの愛娘の挨拶にどう接してやればいいのか分からないようで、こちらの助けに期待しているようだった。
(そんな顔するな。分かってるよ。とりあえず俺に預けろ。)
目配せしてそう伝えてやったアザミだ。
それからアザミは、この困り物の挨拶を考案してしまった娘に掛けるべき言葉を探りながら、カヤに向き直るのだった。
「なあカヤ。」
「はい。」
「今の挨拶なんだが……なんて言うか、らしくない気がするんだ。」
「らしくない?」
「ああ。ちょっとだけ、なんだけどな。」
「はあ……。」
ふわっとしたアザミのダメ出しに、要領を得ないカヤは首をかしげるばかりだ。
しかしアザミとしても、先日のつまらない失敗で落ち込んでしまったカヤを知っているだけに、あまり強く指摘もできずにこんな言い方しか思いつかないわけで……。
「あの、『らしくない』ってなんですか?」
「ああ、つまり……別れの挨拶っぽくない、というかだな。」
「そうなんですか?」
「ああ。」
「じゃあ、なんて言えば?」
今のところカヤは自分の挨拶の失敗に気付いていないようだった。ただキョトンとして尋ねてくるばかりだ。
この娘、普段は賢いように見えてもこういうところに気が付かないのは、やっぱりまだ子どもだということなのだろうか。
(「さようなら」から始まって「安らかに」か……。……ふ、ふふ……。)
なんかこう、思い返すほどにじわじわ来る挨拶だった。間違ったことは言っていないのに間違いだらけ。
しかし笑い出すことは出来ない。カヤは真面目に考えてこの挨拶を導き出したのだ。
だからアザミは笑いたい自分を殺して話を続けるしかないのだ。
「そうだな、まず出だしだがな……。『サヨナラ』でもいいんだが、『行ってきます』の方がまた帰ってくる感じがしてよくないか?あとな、『元気にします』と『心配しないで』は、まあいいとして、絶対ダメなのが『安らかに』だ。」
「え?でもわたし、お父さんにわたしのことは心配しないでって言いたくて……。」
「ああ。分かる。それは分かる。でもな、それだともう二度と会えないみたいな感じがするんだよ。なんて言うか、不吉な感じがするな。」
「……ああ。」
アザミに諭されて、不吉の意味に思い至ってくれたらしいカヤが納得の顔を見せていた。
そして、カヤを傷付けることなく無事指導を終えられそうで、自分もまた安堵したアザミだ。
「よし。分かったらもう一度だ。やれるか?」
「はい。」
カヤはアザミの助言を素直に受け入れると、再びヤクトに向き直って挨拶をやり直すのだった。
アザミ……主人公じゃない。こう出番が多いと、予期せず掘り下げられるよね。
ナライ……真・主人公。ちっとも出てこないじゃん。主人公なのに。その場にいるのに。
カヤ ……思春期主人公。変なところで抜けてるけど、現代で言うところの小学生なんだよなあ、まだ。
ヤクト……兄妹の父。ほうほう。若い頃はそんな奴だったのか。まあ、あくまでもアザミの主観ですが。
エナ ……兄妹の母。しばらく大人しくしてもらいます。暴走されたくないので。
黒雲 ……アザミの愛馬。よく躾けられた良い馬。だからエナよりも扱いやすい。
深沢 ……賊徒討伐の拠点となる谷相にある村。




