第一章之二十 回想一年前 ~馬鹿夫婦劇場 終幕~
アザミ……主人公じゃない。義理堅い自分が恨めしい。
ヤクト……兄妹の父。冷静な自分を持ってるのに茶番劇に付き合う。ある意味狂ってるような気がする。
エナ ……兄妹の母。情熱的。なんやかんややり切ったので、気が晴れつつある。
ナライ……真・主人公。実は両親の茶番をほとんど理解してない。
カヤ ……思春期主人公。実は両親の茶番を深くは理解してない。
黒雲 ……アザミの愛馬。今荷物いっぱい背負ってるから、さすがに人は乗れない。
深沢 ……賊徒討伐の拠点となる谷相にある村。
「よしお前ら。いい加減出発するぞ。やり残したことはないな?」
ヤクトとの話を打ち切ったアザミは、みんなにそう宣言していた。
「はい。」
「うん、いいよ!早く行こう!」
すると即座に応じたのはカヤとナライだ。
この馬鹿両親の戯事に慣れている兄妹だとはいえさすがに待ちくたびれたのか、二人はやっとのことで出発できそうな気配になったことを素直に喜んでいた。
(ふうん。カヤ、少しゴネるかと思ったが取り越し苦労だったな。)
そしてそんな子どもたちを見て、密かな懸念が杞憂だったことに安堵したアザミだ。
今回のこの引っ越し騒動。
事情を知らされた時から乗り気だったナライは勿論のことだが、今はカヤも意外と平気なようで、その態度に離郷の昏さは見られなかった。
嫌がる人間を連れて行くよりも、前向きな人間を連れて行く方がこっちとしても気分がいい。――だから。子どもたちのこの返事はアザミにとって非常に喜ばしいことだった。
しかし、だからこそそんな子どもたちを差し置いて、今から郷愁の亡者のとなってしまったエナのことが、アザミとしても非常に気がかりなわけで……。
「名残惜しいかも知れませんが早く出発したい。――いいですね?」
アザミはエナに気を遣っていた。
「……。」
しかしあれだけわちゃわちゃやってもまだ腹が決まり切らなかったのか、不安そうにうつむいたり、キッと瞳に力が宿ったりと、表情が二転三転するエナだ。
(……言っちゃ悪いが、この女めんどくさいな。かと言って、一人だけ置き去りってわけにも……。う~ん……どうしたもんかな……。)
自分が独り身を好む理由の一端を体現したみたいなエナの態度に、それでも辛抱強く付き合っているアザミだ。
もし自分が誰かとくっつくようなことがあってもこういう相手とだけは御免蒙りたい。密かにアザミが、そんなことを思っていると――
「……。」
ぽん――と、逡巡し続けるエナの肩に手を乗せる者がいた。
それはヤクト。ヤクトは振り向いたエナに優しく微笑んで見せると、何も言わずにうなずいて見せていた。
「……。……ふぅ……」
そしてそんな夫の姿を見て、一つ息を吐いたエナ。
「はい。私も大丈夫です。」
エナはアザミにそう告げていた。その表情は一日半ぶりに見せたエナ本来の凛として一本芯の通ったものだった。
「……。あっという間だったな……。」
ヤクトがそんな独り言を言っていた。
「何やり切ったみたいなこと言ってんだお前は?まだ何も始まってないじゃないか。本番はこれから。だろう?」
そしてその内容を訝しんでそう尋ねたのはアザミだ。
すると、さらにそんなアザミを訝しんだヤクトが信じられないと言ったふうに言葉を返す。
「何を言ってるんだお前は?俺はエナとの別れが惜しいって言ってるんだが?」
他に何があるのか?――そう言いたげなヤクトの回答。
しかしそんな答えでアザミが納得できるはずもなく……。
「お前……あれだけやっといて、まだ足りないのか?」
呆れたアザミはそう聞き返していた。
これでもだいぶ譲歩して「待ってやった」と自覚していたアザミなのだ。それだけに、足りないと言って退けたヤクトの想いが信じられなかった。
だがそう言われたからと言って、簡単に自分を顧みて反省してくれるようなヤクトではないわけで……。
「足りるわけがない。大事な家族との別れだぞ。本当ならもっと時間をかけたいぐらいなんだ。そのぐらい解れ。」
「だったら五日でも十日でも好きに伸ばせばいいと言った。今からでもそうするか?」
「いや。だからそれはウチが困る。俺にとって一番理想なのは、お前には一度帰ってもらって、そのあとまたすぐに迎えに来てくれることなんだが?」
「そんな面倒なこと誰がやるか。馬鹿。」
言い争いの決着は、冗談なのか本気なのかよく分からないヤクトの要求を、アザミが突っぱねることだった。
横暴が過ぎる。暴君かお前は?――しかしそう思ってはみても、これからしばらく家族と会えなくなる寂しさと言うのは、さすがのアザミでも分かる部分はある。
「――でもま、そうだな……。」
だから、そう続けたアザミは「ナライ。カヤ。」と手持ちぶさたな子どもたちを呼び寄せると、ヤクトの前に引き出していた。
「なに?」
「そこの煩悩全開おじさんがこのまま別れるのは寂しいんだとよ。だからちゃんと一人ずつお別れの挨拶をしておけ。」
「ふうん。」
これが自分に出来る最後の譲歩。――子どもたちに訳を説明しながらそう思ったアザミ。
さっきからアザミが先を急いでいるのは、別に嫌がらせとか意地が悪いからとか、そう言ったことではない。
ここでこれ以上時間を食ってしまうと、あとの予定がずれ込む。そうなれば野宿も視野に入れなければならない。女子ども連れでそれは避けたい。――そう思えばこそのアザミの焦りがそうさせていたのだった。
「ボンノウってなんですか?」
簡単に納得したナライとは反対に、言葉の意味が解らなかったカヤがそんなことを尋ねていた。
「ん?ふふ、そうだな……。」
カヤの質問にチラッとエナの方を見たアザミ。
別に答えてもいいが、そうするとこの傍若無人の権化みたいなヤクトよりも、エナの母としての立場がなくなるんじゃないか、と思って視線を向けたアザミなのだが――
「……?――っ!!」
アザミと目が合ったエナは、一瞬ハッとした表情を見せたかと思うと、次の瞬間には耳を真っ赤にしてうつむいてしまっていた。
(お?なんだ?)
その態度に驚かされたアザミ。どうやらエナは無敵の旦那とは違い、自分がついさっきまで馬鹿夫婦を演じていたという自覚がなかったらしい。
だからこそ、アザミの「煩悩全開おじさん」発言の意味するところを悟ったエナは、今さらになって恥ずかしくなっているようだった。
(何を今さら……。まあ、周りが見えてないってのは、それだけ若いってことなんだろうが……。)
二児の母のくせして、しかもその子どもたちもまあまあな齢になっているくせに、あまりにも初心な反応を見せたエナに何とも言えない気持ちになったアザミ。
エナが若いのは事実だった。実際、エナは夫のヤクトよりも若い。それどころか、ヤクトより齢下のアザミよりもなお若かったはず。
(若いから……。いや、若いからなのか?)
だが、もし自分がエナぐらいの齢だったとしても、人前であんな真似をするなどアザミには考えられないことだった。でもそう思えてしまうのは自分が齢を取ったからだとしたのなら……。
「アザミさん?」
「ん?ああ、なんでもない。」
アザミ考えるのをやめていた。齢の近い旧友に二人の子どもがいると言う事実はさておき、気持ちだけはまだまだ青春真っ只中のアザミなのだ。
だからそんなアザミにとって、この年齢云々というのは実は禁忌に近いもので……。
「ほれ、もたもたしてないで親父さんに挨拶しろ。」
「……?……はあ……。」
アザミはすべてを忘れてカヤに挨拶を促していた。
しかし、そんなアザミの気持ちのなど知る由もないカヤから返って来たのは、かしげた首からの腑に落ちない返事。
ボンノウって何?――結局答えを貰えないまま話が進んでしまったことが、カヤをそうさせていたのだった。
アザミ……主人公じゃない。さすがにうんざりしてるからケンカ腰。でも気遣いは忘れない。人生損してる。
ヤクト……兄妹の父。人生勝ち組。……でもないかな。
エナ ……兄妹の母。とりあえず鬱モード終了。予期せずめんどくさい女になっちゃって、そのせいで話が長引いた。ごめんなさい。
ナライ……真・主人公。細かい事はニュアンスで。
カヤ ……思春期主人公。細かい事も突っ込むよ。
黒雲 ……アザミの愛馬。今荷物いっぱい背負ってるから、さすがに人は乗れない。
深沢 ……賊徒討伐の拠点となる谷相にある村。




