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北天のアリス  作者: 埼山一
序章
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序章之三 ナライの覚悟

ナライ ……主人公。男。元服前の少年。向こう見ずの原因は、強い正義感にある。

カヤ  ……主人公。女。ナライの二つ下の妹。しばらくは名前だけの登場。

鹿頭(しかあたま)  ……賊徒たちの首領。牡鹿の頭を被っている。意外と線が細い。

副首領 ……賊徒のナンバー2でまとめ役。賊徒の中じゃ年長者な分だけ思慮がある。

頬腫(ほおは)らし……特に気の荒い賊徒。頬は鹿頭に殴られて腫れた。迂闊(うかつ)な上に品がない。

賊徒×2……個性化から取り残された荒くれ。10代の新人と20代の若手。


疾風(はやて)  ……ナライの愛馬。鹿毛(かげ)(要は茶色)。しばらくは名前だけの登場。


「――っぎゃあっっ!」


 ここは明るい日差しがキラキラと射し込んできて、清涼な空気の満ちたこの森の中。

 だというのに、そんな健全な場所にはまったく似つかわしくない絶叫が辺りに響き渡っていた。

 ――ぎゃあ……ぎゃあ……ぎゃあ……――

 その苦悶の叫びは森の木々にぶつかってこだまし続け、やっと虚空に消えたかと思えば今度は近くに潜んでいた鳥や獣たちが、似ているようで似ていない叫び声でぎゃあぎゃと騒ぎ出していた。


「――っ!?」

「あっ!っテメエ!」

「よくも!」

「っゃろう!」


 事の一部始終を見て色めき立ったのは鹿頭とその手下たちだ。そして鹿頭を除いた他の賊徒連中は一斉に前のめりになって殺気立ち始めていた。

 だがそれは無理もないこと。

 彼らが目にしたのは、目の前の「一度は降参した子ども」がその約束を反故にして仲間の一人に斬り付けるという光景だったのだから。

 そして、その(くだん)の子ども・ナライは連中のそんな殺気に気付く余裕もないのか、連中に向かって吼えているのだった。


「やっぱりお前たちは信じられない!だから答えは――イイエだっ!」




 このちょっと前の一瞬の間に一体何があったのか――それは簡単なことだった。


「――あとでテメエもテメエの妹もちゃんと売っ飛ばしてやらあ。」


 あの時、頬腫らしの独り言を聞いてしまい、副首領と交わした約束に不信を覚えたナライ。


(もしこいつらがオレを(だま)そうとしてるんなら、やっぱりカヤが危ない。)


 そう考えてからのナライの決断は早かった。――この刀は絶対に渡しちゃいけない。もし渡したら、もうオレにこいつらを止める手段はなくなる。

 ナライはもう相手の言うことなど聞きもせずに、どうすればこの刀を渡さずに済むのか。そればかりを考えていた。そして――


「――ガキ!調子に乗るなよ!」


 頬腫らしがそう言ってこぶしを振り上げたその瞬間、転機は訪れていた。


(あっ!今だ!)


 ナライはとっさに空いていたもう片方の手で懐から素早く短刀を取り出していた。そして刀を渡そうとしないナライに腹を立てるあまり、他への注意が疎かになっていた頬腫らしの手を目がけてその短刀を思い切り叩き付けて……。




 ――それが事の顛末(てんまつ)だった。

 そして、今となっては二度と元の形には戻らなくなった自分の手を凝視して、辺りに絶叫をこだまさせていたのは頬腫らしだった。


「ゆ、指……指が……おれの指がぁ……。」

「おい、ちょっとこいつ退()がらせろ。邪魔だ。」


 副首領の指示の元、指が指がと嘆き続ける頬腫らしの襟首をひっつかんでを強引に退がらせた他の賊徒たち。

 それが済むと連中は一斉に獲物を構えて、ナライの囲みを包囲から攻囲へと切り替えていた。


「くっ、来るなっ!来たらお前たちも同じ目に遭わせてやるっ!」


 鼻息を荒くして、またしても吼えたナライ。

 だが子どもの咆哮など威嚇としては何の効果もないようで、賊徒たちはナライを囲むその輪をグイグイと縮めようとしているのだった。


(く、来るのか?……よし、来い!いや、やっぱり来るな!……くぅ……。)


 ナライは人を斬った高揚感と後悔で、もはや正常な心身状態ではなくなっていた。

 ナライは手にした短刀を滅茶苦茶に振り回して、どうにか連中を近づけまいとするだけで精いっぱいになっているのだ。

 だが賊徒という者は、そんな半ば錯乱しているだけの子どもに怯むほど生易しい連中ではなかった。

 連中はナライの間合いを見極めるように、ジリジリと近づいて来ていたのだ。


(くそっ、来るなって言ってるのに!……あ、そうか!)


 このままじゃ碌に抵抗もできずに殺されると気付いたナライ。


(こっち……そうだ、この刀なら……。)


 ナライは血糊で赤い輝きを放つようになった短刀をその場に捨てると、結局奪われずに済んだ自分の愛刀を抜き放ち、迫りくる脅威にどうにか抗おうと必死になっていた。




「ガキィ。優しくしてやりゃ付け上がりやがって。」

「テメエはやっちゃいけねえことをやっちまったんだよ。もう殺されても文句は言えねえ。」

「こいつの落とし前。ちいっと高くつくぜ。」


 賊徒の三人がそれぞれの形に目を吊り上げて、今にもナライに迫ろうとしていた。


「ハッ……ハッ……。」


 だが、そんな威し文句など全く耳に入っていないナライ。

 実はナライ、頬腫らしの指を切った時から碌に息を整えることもできずに、自分の心身に起きている変化に圧しつぶされそうになっていたのだ。

 ナライの心臓は今、バクバクと音を立てて脈打ち続け、ナライの血は今、全身をギュンギュン巡って体の隅々まで体温を上げ続けている。

 それは別にいい。興奮状態とはそういう物だ。

 だが問題なのは、それなのに背筋には寒気を感じて震えが止まらないということだった。さらにはこんなに寒いと感じているのに汗が滝のように流れ出てきて、止まることを知らないのだ。


(くそ、なんで……どうして……。)


 ナライは目の前に迫っている賊徒たちよりも、自分の心身に起きた異変の方に音を上げかけていた。

 でも異変の理由が分からないようなナライじゃない。ナライにだってその原因は判っているのだ。


(さっき……ガリって言った……。ガリって言ってた……。)


 頬腫らしの指を斬った時の感触が忘れられないナライ。

 ――ナライが故意に人を傷付けたのはこれが初めてだった。だから人を斬った高揚、後悔、それに刃が人体を通り抜けた時の感触があまりにも生々しくて、正常な心身が保てなくなっていたのだ。


(これが人を斬るってこと……。)


 そうは思ってみても、実際には相手の指にちょっと斬り付けただけのこと。人を斬ったと言うにはあまりにも程遠い内容だ。

 それでもこのザマ。もう地に足がついている気がしない。体が宙に浮いているような感覚。

 たぶん自分に人斬りは向いていないんだろうな。と、そんなことを思ったナライ。


――そういうのは他にどうしようもなくなった時に仕方なくやれ。――


 今ここにはいない()()()()が前に言っていた言葉が、ふいにナライの頭の中によみがえっていた。

 それはかつて、ナライが「賊徒なんてオレがやっつけてやる」と(うそぶ)いた時に(いさ)められた言葉。


(なんで?どうして今……?)


 そう思うナライだったが、次に思い出されたのは父、母、妹のカヤ、そして自分のいる景色。

 それは家族で火を囲んで団欒(だんらん)している当たり前の日常。それがいつの間にかカヤだけがいなくなっている光景に変わっていて……。


(あ、そうか……。)


 自分の中の思い出が何を訴えようとしているのか、そのことに気付いたナライ。

 仕方なくやれ――諫められたその時は渋々承知しただけだったけれど、今ならその本当の意味が分かるような気がしていた。


(うん。オレ解かったよ、()()()。どうしようもなくなった時って、どういう時なのか……。そう。今なんだ。今がその時だよね。やらなきゃカヤが危ないんだ。だからオレはやるよ。オレはあいつの兄貴だから……兄貴のオレがあいつを護ってやらなきゃならないんだ!)


 そのためなら人斬りだって何だってやってやる。――ナライはその覚悟を決めていた。

 するとあれほど思うようにならなかった心身の具合がスーッと楽になって、呼吸も落ち着きを取り戻していくのが分かったナライ。


「わあああああっ!」


 ナライは一息にそう吼えると正眼(せいがん)の構えを取った。

 一対五の圧倒的に不利な状況。負ければきっと殺される。カヤの身も危なくなる。

 それでも、もうナライの心の水面(みなも)が大きく波打つことはなくなっていた。


ナライ ……主人公。兄。元服前の少年。狩人志望でその訓練もしているので、命を奪った経験はある。でも人を傷付けたことはさすがに……。

カヤ  ……主人公。妹。ナライの二つ下の器量良し。しばらくは名前だけの登場。

鹿頭(しかあたま)  ……賊徒たちの首領。牡鹿の頭を被っている。常に何かを考えている。

副首領 ……賊徒のナンバー2で仕切り役。賊徒の中じゃ、まあ品のある方。

頬腫(ほおは)らし……特に気の荒い賊徒。頬は鹿頭に殴られて腫れた。指はナライに斬られて落ちた。迂闊(うかつ)な上に品がない。

賊徒×2……個性化から取り残された憐れな荒くれ。そのせいでどの台詞(セリフ)を言ってるのか分からない。

旅の連れ……ナライの旅の連れ。と言うよりは保護者。名前はアザミ。男。

疾風(はやて)  ……ナライの愛馬。鹿毛(かげ)(要は茶色)。しばらくは名前だけの登場。


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