第一章之十七 回想一年前 ~ヤクトの策~
アザミ……なんか一番主人公っぽい。触れない方がいい過去……武勇伝がありそう。
ヤクト……兄妹の父で元お役人。宮仕えしてた頃よりも今の生活の方が気に入っている。
ナライ……真・主人公。寝た。一瞬で。
カヤ ……思春期主人公。すっかり寝てる。もうそろそろ、いつ反抗期に入ってもおかしくないお年頃。
エナ ……兄妹の母。まだ起きてる。時間がかかってもちゃんと答えは出すタイプ。
黒雲 ……アザミの愛馬。
深沢 ……賊徒討伐の拠点となる谷相にある村。
(なるほど。そういうことか。)
ヤクトの悩みを察したアザミは、寂しそうに笑う旧友の横顔に、父親と言うものを見ていた。
(そりゃまあ、気持ちは分からなくもないが……。)
離れたくない相手などいるはずもない孤独のアザミだが、その程度のことは分かるのだ。
しかし、なぜヤクトは急にそんな話を始めたのか?疑問が湧いてきて、ちょっと話に集中できなくなってきたアザミ。
すると――
「俺たちは仲が悪い。だろう?」
「はあ?」
唐突に別の話題を始めたヤクトに、アザミは思わず間の抜けた返事をしていた。
だが、そうなるのも無理はない。突拍子もない話題変更も勿論面食らったアザミだったが、それ以上に驚かされたのは、自分とヤクトの立場がいつもと逆だからだ。
いつもならば、アザミの方こそが「仲が悪い」と主張する側で、夕食会での「腐れ縁」のやり取りがまさにそれだったのだ。
だから、まさかヤクトの方から仲悪を言い出すとなると――
「へえ。お前から言うとは珍しいな。」
アザミは、ヤクトの言葉にいつも以上の関心を持っていた。
いつもと全くの逆を言い出すとはヤクトの奴、一体どういう心境の変化なのか。
「ふふ……事実だからな。」
「ああ。そりゃまた、ご慧眼だな。お見逸れしたぜ。」
ニヤリと笑ったヤクトに、ふふんと返したアザミ。
今日まで、なんやかんやと切れそうで切れない――正しく腐れ縁――でつながってきた二人だとはいえ、お世辞にも仲がいいとは言えない関係なのは事実だった。
そしてヤクトは話を続ける。
「俺たちは仲が悪い。最近は特にな……。何だか知らんがお前は急に顔を見せなくなったし、俺は俺で自分から筆を執りたくはないから、そんなことになっても『別にまあいいか』ぐらいのもんだ。だから当然疎遠にもなるよな?」
「ああ。」
ヤクトの言う通りだった。
筆不精の自覚のあるヤクトは勿論だが、アザミだってまめに連絡するような細やかな心の持ち主ではなかった。
そもそも、以前ちょくちょく顔を出していた時期があったのだって、完全にアザミの気まぐれでやっていただけなのだ。
何となく飽きたから行くのをやめた。そしたら疎遠になった。――たったそれだけの理由で疎遠になるのだから、元々大したつながりではなかったのだ。
「だったら尚のことだな。どうして俺に頼ったんだ?」
やっと話のつながりが見えてきた。――そう思ったアザミは、最初の話題に戻していた。
ずっと気になっていた。そもそも、アザミには家族を預けられるような心当たりがまるでなかったのだ。
すると、急に歯切れの悪い喋り方になったのはヤクトで……。
「うーん……。だからな……俺が連絡を寄越しても、お前なら無視するんじゃないかと思ってな……。」
「……。」
だからなんだ?――連絡を無視する奴などと、見損なわれていたことは勿論腹が立つが、それ以上にゴニョゴニョと喋り始めたヤクトが何が言いたいのかまるで見えてこなくて、眉をひそめたアザミだ。
「……で?」
「だからつまりな……。俺が連絡してもお前が無視してくれるなら、俺の家族は行く当てがなくなるだろ?そうなったらまあ……なんだ……そう言うことだな……。」
「お前……。」
アザミは唖然とした。
「――つまり何か?お前が家族と別れたくなかったから、連絡を無視してくれそうな俺に頼った。――そう言うことなのか?」
「ああ……うん……まあ……な。」
「なんだよ、それは……。」
あまりにもくだらない理由で選ばれたことが分かって、腰砕けになったアザミ。
「――それじゃ俺は完全に道化じゃないか……。」
あの手紙を受け取った時、どれだけ肝を潰されたと思ってんだ。――だが、そんなことは口が裂けてもヤクトにだけは絶対に言えない。言えるわけがない、こんな奴にだけは……。
一方でアザミの言葉を食らったヤクトは、やっと自分の非に気付かされていたようで――
「いや、そんなつもりじゃなかったんだが……言われて見ればその通りになってたな。すまん。」
だから素直に深々と頭を下げたヤクトだ。すると……。
「まったくだよ。お前、何様だ?俺がどれだけお前たちを心ぱ――」
「ん?」
「――あっ!?」
つい、アザミの口が滑っていた。
あのヤクトがあんまり素直に自分の非を認めたものだから、動揺してつい本音が漏れてしまったのだ。
「今何か言ったか?」
「なんでもねえ!」
本当に聞こえていなかったのか割と真面目に聞き返してくるヤクトに、とにかく誤魔化したい一心のアザミ。
「とにかく!」
だから、アザミは今日一……どころか今年一番の大声を出して強引に話を進めるのだった。
「――お前の悪ふざけに付き合わされたのは癪だが、来ちまったもんはしょうがねえ。今さら手ぶらで帰るってのもなんだし、あいつらはお前の気が済むまでちゃんと俺が面倒見てやるよ。」
「すまんな。恩に着る。」
巧妙に話題を変えたアザミの「寛大な心」に、ヤクトがまた頭を下げていた。
「うるせえ!もういいからそれ以上頭下げるな。そうされると俺が悪者みたいに思えてくるんだよ。」
「ああ。すまん。そんなつもりじゃ……。」
「だから謝るなっての。それとも何か?まさかお前、俺が来なけりゃ良かったと本気で思ってるのか?」
「そうだな。すまん。」
「あ!こいつ……。」
都合四度目になる謝罪を受けて、ようやっと自分がおちょくられているのだと気が付いたアザミ。
よく見れば、ヤクトの伏せた頭から覗く上目遣いが存分に笑っているではないか。
一体いつから笑っていた?――最初の謝罪は本心だったのだろうが、またしても旧友の悪戯にいいようにしてやられてしまって、アザミは自棄を起こした。
「ああ、もうくそ!俺はもう知らん。こうしてわざわざ来てやったんだ。お前が頼むなら家族だってなんだって全部引き受けてやる。あとはお前がどう納得するかだけなんだよ。ふん!せいぜい一晩中ここで悩むんだな。」
立ち上がって捲し立てたアザミは、残っていた湯呑の中身をグイッと一気に飲み干すと、踵を返していた。
「どこへ?」
「もう寝るんだよ。ああいや。その前に黒雲の様子を見てからだな。今頃あいつ、俺がいなくて寂しがってるだろうしな。」
尻に付いた草も掃わずにヤクト宅へと戻って行こうとするアザミ。
しかし、アザミの座っていた場所には空になった湯呑が置かれたままで、そのことに気付いたヤクトは……。
「ああ。お前、湯呑。」
「知るか。お前ん家のなんだからそれぐらいお前が持って帰れ。じゃあな、おやすみっ!」
そのままズンズンとヤクト宅に向かうアザミ。
(くそっ……なんだってこんな茶番に……。――でも俺は一生あいつには勝てないんだろうな……。)
そんなことを思いながら、アザミは独り月夜の道を歩くのだった。
アザミ……なんか一番主人公っぽい。ヤクトのことを解ってるようで解ってなかった。
ヤクト……兄妹の父で元お役人。かなり煩悩に塗れてる。
ナライ……真・主人公。熟睡。一瞬で。
カヤ ……思春期主人公。寝てる。夢を見てたり見てなかったり。
エナ ……兄妹の母。まだ起きてる。今、感情が理論を邪魔してる。
黒雲 ……アザミの愛馬。
深沢 ……賊徒討伐の拠点となる谷相にある村。




