第一章之十二 回想一年前 ~大事な話~
アザミ……今日ももう終わりだと言うのに、重い話に立ち会わなくちゃいけなくてつらい。昼間に遊んじゃったことを地味に後悔してる人。
ナライ……真・主人公。この章は一年前の話だけあってもうちょっとガキなんだけど、たぶん読者には伝わってない。
カヤ ……思春期主人公。母の手足となって兄を躾けるのが最近の趣味。でも意外と飽きっぽい娘。
ヤクト……兄妹の父。齢の割にノリが飄々としてる。それで得することがある一方で、ちゃんと損もしてる。
エナ ……兄妹の母。教育に一生懸命すぎるせいでちょっとだけ視野が狭くなってる。
黒雲 ……アザミの愛馬。この章ではもうあまり出番がない。
「……。」
ヤクトが黙っていた。
眉間にしわを寄せて、目を閉じて、口もキュッと結んだヤクトは、まるで瞑想でもしているかのように、その場にじっと座って黙り込んでいたのだった。
今この場にいるのは、家族が四人に来客一人。
そしてその一人の来客・アザミが一歩引いた所で見守っている中、再び集められたヤクトの家族は、これから聞かされるらしい話とやらをヤクトが始めるのをじっと待っていた。
「何だろうな話って?」
待つのに飽きて、最初にひそひそと喋り出したのはやっぱりナライだった。
じっと耐えるということを知らないナライは、待つのにすぐに飽きてしまったらしく、横に座っていたカヤにちょっかいを出し始めていたのだ。
「さあ?」
そして意外にも、ナライのちょっかいにすぐに応じたのはカヤだ。
さすがのカヤも、いつまで経っても始まらない話に集中力の糸が切れたらしく、ナライが構ってきたのをこれ幸いと話に乗っかっていたのだった。
「――お兄ちゃん、知らないの?さっきお父さんたちと何か話してたでしょ?聞いてないの?」
「ううん。オレ、アザミに何しに来たのか聞いてただけだよ。」
「あ。アザミさん何しに来たって?」
どうやら自分も知りたかったことらしく、ぐいぐいっと食いついて来たカヤ。
でもナライが返した答えは、ちょっと首をかしげたくなるもので――
「それがさあ、何も教えてくれなかったんだよ。」
「なんで?アザミさんだよ?」
カヤは実際に首をかしげて聞き返していた。
しかし、カヤがそうなるのも無理ないことなのだ。――大抵のことは、聞けばきちんと教えてくれるのがアザミという大人なのだから。
そして教えられないなら、教えられない理由をきちんと教えてくれるのもまたアザミという大人。
なのに、そのアザミが何も教えてくれないなんてこと、カヤにはちょっと信じられないことだった。
でもそう聞き返されたからと言って、ナライが物言わぬアザミの思惑なんて知るはずもなく――
「さあ?知らないよ。」
答えに困ったナライは、そう返すしかなかった。
「――でもさ。アザミは何も教えてくれなかったんだけどさ、そのあとなんか分かんないんだけど、アザミ、ぐじゃぐじゃあってやってたんだよ。で、そのあとでなんか分かんないんだけど、父さんが話があるから集まれってたんだよな。」
「何それ?『ぐじゃぐじゃあ』って何?分かんないことだらけじゃ、何も分かんないじゃない。」
「だから『ぐじゃぐじゃあ』は『ぐじゃぐじゃあ』だよ。アザミが父さんと、ぐじゃぐじゃあってやってたら、話がある――ってなったんだって。」
「もう。だからそれじゃ分からないって。『ぐじゃぐじゃあ』って大事なトコなんじゃないの?あと分かんないトコ多すぎ。」
「だからあ!『ぐじゃぐじゃあ』は『ぐじゃぐじゃあ』だって。アザミが、父さんと、こう……ぐじゃぐじゃあって――」
「うん。全然分かんないから。」
「ええ~?」
どんなに説明を重ねても一向に情報が増えない兄に呆れた妹と、これだけ説明しても分からないなんて……。と、妹の理解力の乏しさに呆れた兄。
お互いに理解が進まないまま話が膠着し始めた兄妹。
しかし、どっちが良いとか悪いとかと言うことでもないが、一番呆れていたのはそんな二人を傍で見ていた母で――
「二人とも、静かに。あんまりうるさいとお父さんが喋れないでしょ。」
『は~い。』
結局、この兄妹のちっとも実りのない会話は、一番呆れていた母親・エナの制止によって終結したのだった。
「よし!」
と、それまでずうっと難しい顔して黙り込んでいたヤクトが、ついに口を開いていた。
「――たった今解散したばかりなのに、また集まってもらって悪いな。みんなに話しておかなきゃならないことがあったのを思い出したんだ。」
そして始まったヤクトの話は、謝罪と言い訳が最初の言葉だった。
「話……。それって大事なこと、なんですよね?」
「ああ、うん。」
妻・エナからの質問にうなずいて答えたヤクト。だがその言葉は、重くて歯切れが悪かった。いつもならば同じ音でももっと軽妙に返しているのがヤクトなのだ。
だからその様子を見守っていたアザミは――
(「思い出した」って……あいつ、ほんとこういうの苦手だよなあ……。)
と、昔から変わらない旧友の不得手に苦笑していた。
ヤクトが「思い出す」はずがないのだ。なぜって、いつだって家族を第一に考えているヤクトが、こんな重要なことを忘れるはずがないのだから。
とは言え、これから家族に別れを告げなければならないヤクトの苦悩を全く察してやれないようなアザミではない。
(ま、それでこそヤクトってもんか。俺は何も言わないでやるから思う存分やればいいさ。)
こうしてアザミはしばらく口を挟まないことを心に決めて、ただ旧友一家の様子を見守っていた。
ヤクトは乗り気でない気持ちを無理に乗せながら、「大事な話」を続けていた。
「話って言うのはな、アザミのことなんだ。お前たちにはまだ言ってなかったんだが、今日アザミが来たのはたまたまじゃない。俺が呼んだ。」
「父さんが?なんで?」
父の言葉につい口を挟んでしまったナライ。
いつもは気まぐれにフラフラッとやって来て、手土産と称して道すがら狩って来た獲物を振舞ってくれるのがナライの知っているアザミだった。
だから父がアザミを呼びつけたことが珍しくて、つい声が出てしまったナライなのだが――
「しっ。ナライ。静かに。」
「お兄ちゃん。」
しかし、口を挟んだナライを即座に注意したのはエナとカヤだった。
「はぁい……。」
こういう時の受け答えは母の役目と言うのが家族の決まり事だったのだ。
だからナライも、ついうっかり勝手に口が開いて、音が出てきちゃったことをとりあえず反省して見せたのだが――
「いや、いいよ。」
「え?」
そんなナライの失敗を容認したのは他でもないヤクトだった。
そしてヤクトは言う。
「――うーん。あまりかしこまらずに聞いてくれる方がいい。その方が俺も助かる。」
これからする話の重さを思うと、むしろナライぐらい気軽でいてくれた方がありがたいと言うのがヤクトの本音だった。
「ほんとにいいんですか?」
「ああ。」
「いつもは話が終わるまで静かにって――」
「そうなんだが、今日はむしろ喋ってくれるほうが嬉しい。」
「はあ。」
夫の言い分に、生返事のエナだ。
いつものヤクトなら、大事な話をする時は無理にでも厳しく振舞って、ありもしない威厳を醸し出そうとしていたはずなのだ。
そして、そうやって演出した「威厳のある夫、または父」があまりにも滑稽なものだから、結局最後にはみんなで笑い合うのがこの家のお決まりになっていたと言うのに。
「――まあ、そんなに言うなら……。」
何だかいつもと違う夫の様子に、エナは不安を抱いていた。――一体どれだけ重要な話が飛び出してくるのだろう。
だが、そんな母の不安もどこ吹く風な子どもがここには一人。それは言わずもがなのナライなのだが、ナライは自分の言動が許容されたことで調子に乗っていて――
「なーんだ。別に黙ってなくても良かったんじゃん。くひひ……。」
と、すでにナライは砕けた態度を取り始めていた。
「ナライ。お父さんがああ言うからもう何も言わないけど、その笑い方はやめて。お母さんその笑い方は嫌いです。」
「は~い……。くくっ……。」
注意されてもあまり効果が見られない子ども(ナライ)がそこにいた。
一度許されるとすぐ調子に乗る。――日頃からナライの悪癖を直そうとしていたエナは、まだもうちょっと時間がかかりそうなことを思い知って、「はぁ……」と一つため息を吐いたのだった。
アザミ……この章一、出番が多い人。でも主人公にあらず。
ナライ……真・主人公。主人公らしく出番増えてきた。でも本来はこれが当たり前。やんちゃなので使い勝手が良い。
カヤ ……思春期主人公。たまにどっちが真・主人公なのか分からなくなる娘。利口なので使い勝手が良い。
ヤクト……兄妹の父。堅苦しい話が嫌い。するのも聞くのも嫌。でもそうも言ってられないのが人の親と言うもので。
エナ ……兄妹の母。昔ながらの良妻賢母タイプ。と言うか、旦那が好きすぎて盛り立てたいだけ。半面、自立心はあまりない。
黒雲 ……アザミの愛馬。うつらうつらしてるけど、ギリ寝てない。




