序章之二 賊徒たち「ここらぁ、おれらの縄張りよ。」
ナライ ……主人公。男。元服前の少年。
カヤ ……主人公。女。ナライの二つ下の妹。
疾風 ……ナライの愛馬。鹿毛。実は気性が悪い。
鹿頭 ……賊徒の首領。
賊徒×4……荒くれた者たち。年齢と性格はバラバラ。
「ハァ……ハァ……。」
ナライは何もしていないのに弾んでくる息をどうにかこうにか抑え込みながら、目の前に立ち塞がった賊徒たちを睨み付けていた。
五対一。それはナライにとってあまりにも分の悪い勝負だ。ナライの後方には大人の背丈ほどの断崖が立ちはだかり、もはや逃げることもままならない。
見たところ、鹿頭は手を出す気はないようで実際には四対一だった。
だが、それでもナライは未だ元服すら済ませていない正真の子ども。そんな少年にはこの状況はあまりにも荷が重いだろう。
賊徒たちはいつの間にか抜き放っていた得物を好き勝手にナライに突き付けると、その包囲の輪を縮めようとしていた。
「ようよう若けえ旅人さんよ。ま、そういうこった。今さらおれたちが何者かなんて言う必要もねえだろうが、それでも形ってもんがあるからからな。一応言うだけは言っといてやる。それ聞いてからどうするのが賢え奴のすることか考えるこった。」
賊の一人がそう言っていた。
そいつはナライを取り囲んでいる四人の中でも最も年嵩で腹も据わっていそうだった。鹿頭が首領なら、さしずめこいつは副首領とでも言ったところだろうか。
その副首領がそう口を開くと、その言葉を合図が合図だったのか、残りの三人が順繰りに口を開いていた。
「おれたちあ、ここらを縄張りにする盗賊よ。」
最初の一人がそう言った。ずいぶんと年若く、吐く台詞もどこかぎこちない。
「――おれらの縄張り、知らずに入ったってんならまあ許してやらんでもねえ。ちったあ不憫だとも思うが、身包み脱いで置いて行け。それで勘弁してやるからよ。」
二人目がすかさず口を開いていた。
「――だが知ってて入ったってんなら許しちゃおけねえ。殺しゃしねえが身包み引っぺがしてからてめえも売り飛ばす。おおっと逃げられるなんて思うなよ。もし逃げたら……こうだ。」
首を掻っ切る仕草を見せた仕上げの三人目は、頬の片側が腫れていた。先ほど鹿頭に殴り飛ばされていたあいつだ。
そして、全員がそれぞれに口上を謳い上げると、最後に口を開いたのは副首領だった。
「分かったか?ま、そういうこった。悪いこた言わねえから大人しく出すもんだしな。それで命が助かるってんだから安いもんだろう?」
「ふ、ふざけるなっ!誰がお前たちの言うことなんか聞くかっ!」
ナライは大声でそう答えていた。
だがその声もまた虚勢に過ぎない。本当は大声なんて出すつもりはなかったのだ。ただ、緊張するあまり自分の声量の調節すらできなくなっていただけなのだ。
だが、そんなナライの緊張を見て取った副首領は怒りもせずにこう返す。
「だよなあ?ま、おれも無理なこと言ってるって分かってんだよ。でもお坊ちゃんよ。よっく考えてみなよ。ここでオメエが捕まっちゃったら……あの妹ちゃん、誰が護るのよ?」
「……っ!」
その言葉を聞いたナライは動揺した。ただでさえ震えていた刀の切っ先がさらに激しく揺れている。
副首領はそんなナライの心境を見透かしているのか畳みかけるように続けていた。
「なあ、ここらはみーんなおれたちの縄張りだ。だからこの道がこの先どうなってんのかも当然知ってらあ。教えてやろうか?一本道だ。で、村がある。きっと妹ちゃん、そこでオメエのことを待ってるんだろう?まさかその村すっ飛ばしてもう一個向こうの村でオメエを待ってるなんて、ちょっと考えられねえもんなあ。」
「う……。」
ナライは動揺が止まらなかった。
副首領の言い分はすべて正しかった。自分と妹のカヤは、「次の村で待つように」と旅の連れから言いつけられていたのだ。
気持ちが揺れ動いているナライ。ここで戦ったところでナライが勝つ見込みなんて万に一つもないのは明白なのだ。
そんなふうに悩み始めたナライを見て、他の連中も嵩にかかって次々と口を開き始める。
「おれたちあ、あの村の中のことだってよっく知ってるぜ。オメエらみてえな旅人がどこに泊まるのかってのもな。」
「オメエの妹、ありゃあ、まあいい女になりそうだったな。あいつは売らずに手元に置いておくのも悪かねえ。」
「いいか。よく聞けガキ。テメエがハイって言うかイイエって言うかでテメエの妹の運命が決まるんだよ。そこんとこ、よっく考えて答え出すんだな。」
何か聞かされるたびにだんだんと下がってゆくナライの刀の切っ先。
それはたかが賊徒にしておくには惜しい見事な連携だった。彼らが口を開けば開くほどに、ナライは闘気とか意気地といった何かが削がれていく自分を自覚していた。
「オレが……身包み置いて行けば……妹に手は出さない。……だな?」
ナライはやっとのことで口を開いていた。
たぶん、ここにいる全員を倒すことができれば妹の安全は保障されるだろう。
だが、そんなことできるわけがない。今のナライはただ刀を前に突き出しているだけのただの子ども。当然人を殺めたことなどないのだ。
自分が意地を張ることで妹に危害が及ぶと言われたら、それ以上意地を張り通すわけにもいかなかった。
「ああ。そうだ。」
と、答えたのは副首領。
交渉が自分主導で狙い通りに運んでいるせいか、その顔は笑っているようにも嗤っているようにも見える。
「……約束……だよな?」
「ああ。約束だな。」
「そう……か……。」
ナライはそれだけ言うと刀を鞘に収めた。
自分にとっては全然可愛げのない妹だが、それでも妹は妹。兄としては妹の安全には代えられないと考えたナライ。
だからナライはそれ以上の抵抗を諦めて、まず自分の刀を差し出していた。
「馬に積んである荷も好きにしていい。だから妹には……。」
「ははっ……いい判断だな。さすがお兄ちゃんだ。」
副首領は上機嫌にそう言うと、片頬を腫らした例の賊に刀を受け取りに行かせた。
「く……。」
無力な自分に悔しさばかりが沸いてくるナライ。
(これは父さんから預かった大事な刀。なのに……。)
いくらどうしようもない事態に陥ったとはいえ、こんな連中に大切な刀をくれてやらなければならないのは、やっぱり悔しくないわけがないのだ。
「ふん。ガキにしちゃあ、まあいいモン持ってんな。」
そう言った頬腫らしは賊徒らしい極めて下卑た笑みを浮かべて、ナライの差し出している刀に手をかけていた。
この頬腫らし。連中の中でも特に品がなさそうに見える。どうしてよりによってこんな奴に刀を渡さなくちゃならないのか……。――ナライのそんな暗澹たる気分が伝わっているのか、差し出す刀が小さく震えていた。
すると聞こえてくるのは頬腫らしの厭らしい独り言で……。
「へっ。ばかなやつだよなあ。わざわざ敵に刀くれて自分は丸腰なんてよお。頭がどう言おうが、おれにゃ関係ねえ。あとでテメエもテメエの妹もちゃんと売っ飛ばしてやらあ。」
(――えっ!?)
それを聞いて思わず頭を上げたナライ。
頬腫らしの呟いたそれはあまりにも迂闊で、失言以外の何物でもなかった。だが、奴にしてみれば本当に独り言のつもりだったのだろう。
しかしナライにはその独り言がはっきりと聞こえていたのだ。
だからナライは驚きと怒りで頭がカッとなっていたのだ。そして刀を持つ手にも力がみなぎって、今までとは違う種類の震えが鞘の先端にまで伝わっていた。
「ん?おいコラテメエ!何してる?今さら惜しくなったか?手え離せ!」
いつまでも刀を手放そうとしないナライに頬腫らしが苛立ちを見せていた。
だが頬腫らしがいくら引っ張ってみても、ナライが刀を放す気配はない。
「ガキ!調子に乗るなよ!」
こんな聞き分けのないガキ一発くれておとなしくさせてやる。――元々気が短いらしい頬腫らしは、ナライに制裁を加えてやろうとこぶしを振り上げていた。
だがそれは彼にとっての悪手、運命の分かれ道だった。頬腫らしがナライの行動から気を逸らしたその瞬間、ナライは自分の怒りを表す行動に移っていたのだ。
ナライ ……主人公。男。元服前の少年。向こう見ずなところがある。
カヤ ……主人公。女。ナライの二つ下の妹。将来有望。この場にいないので、しばらくは名前だけの登場。
鹿頭 ……賊徒の首領。
副首領 ……賊徒のナンバー2。賊徒の中じゃ年長者な分だけ思慮がある。
頬腫らし……特に気の荒い賊徒。頬は鹿頭に殴られて腫れた。迂闊な上に品がない。
賊徒×2……個性化から取り残された荒くれ。10代の新人と20代の若手。
疾風 ……ナライの愛馬。鹿毛。この場にいないので、しばらくは名前だけの登場。




