第一章之六 回想一年前 ~それは登頂中のこと~
アザミ……己の使命を忘れた義理者。テンションMAXで子ども返り中?
カヤ ……主人公。なんやかんやアザミに対する信頼度は絶大。
黒雲 ……アザミの愛馬。今回はお留守番。
「はは……反対側はこれかあ。」
カヤを連れて大岩の反対側に回ったアザミは、この岩の裏の姿を見て笑っていた。
この大岩、表から見ると実に雄々しく聳え立っていて、「寄るな!人と馴れ合う気などない!」と言わんばかりの威圧感を放っていた。
それが裏に回ってみるとどうだ。まるで「ようこそお越しくださいました。さあどうぞ、もっとお近くへ。」と言わんばかりの柔弱感だったのだ。
そんな正反対の顔を見せられたものだから、これはもう失笑せずにはいられなかったアザミだ。
「うん。まるで登ってくださいと言わんばかりだな……。」
つまり、アザミを笑わせた物の正体は、この大岩の裏面に刻み込まれた登るのにおあつらえ向きな階段状の段々だった。
「――まさかこれ、最初からからこうだったって言うんじゃないだろうな?」
ガッガッと段を踏みしめて具合を確かめながら、そんな独り言を口にしたアザミだ。
初めて見た時こそ、この岩の雄大さに自然の驚異への畏敬の念を禁じ得なかったアザミも、今となってはすっかり「ただの岩」扱いに格下げしてしまっている。
だがそれも仕方のないこと。――この段々、人が登るのにあまりにも都合が良すぎたのだ。
こんな段が自然の仕業でできたとは、とても思えない。
「あ、えと、この段々、神様が岩を掴んだ時に付いた指の跡だって言われてます。」
すると、アザミの独り言をしっかり聞いていたカヤが、この段々の由来について教えてくれていた。
「ふうん、そういうことか……。ははっ、なるほど。人の手じゃなくて、神様の手で付けられたか。」
いかにもそれらしい由来が設定されていたことに、また笑ったアザミだ。
こんな取って付けたような段々、どう見ても人の手によるものじゃないか。――だが、今ここでおとぎ話の真偽にケチをつけても何の意味もないことでもある。
「ふうむ。そうなると、ただのおとぎ話だと思っていたのが、いよいよ信憑性が出てくるな。」
だからアザミは、もうそれ以上深く突っ込むことはやめてそんなことを口にしていたのだった。
「……そう……ですね。ふふっ……」
すると、アザミの感想につい笑ったカヤ。
「神様ってすごいですね。あははっ……」
何がツボに入ったのか、カヤが笑顔を見せていた。
「んん……だが、もうちょっと苦労すると思ってたんだがな。これじゃちょっと拍子抜けだ。」
「そうなんですか?」
アザミの不満顔を見たカヤが首をかしげていた。
「ああ。さすがにこんな階段上るだけじゃ、苦労の内に入らないだろう。」
「苦労?……が、したかったんですか?」
「いや。別にそういうわけじゃないんだけどな。」
「……?」
アザミが何を言いたいのか。――一向に要領を得られずに、またしても首を傾げたカヤ。
カヤは、なんだか急に奥歯に物が挟まったような物の言い方になったアザミに、不自然さを感じていたのだ。
「……まあいい。先を急ごう。あんまりのんびりして日が暮れたら大変だ。」
「あ、はい。」
だが、アザミがその疑念に応えてくれることはなかった。
アザミは唐突に話を打ち切ると、一足先に大岩を登りだしてしまったのだ。
だが、今はまだ昼盛り。日は全然高い所にあった。ここでのんびりしたぐらいで簡単に傾くような柔な太陽じゃなかった。
(アザミさん?)
大抵のことは聞けばちゃんと教えてくれるのがカヤにとってのアザミだ。
答えられないのなら、言える範囲でその理由を教えてくれる。――そんな人がなんで急にそんな態度を?
不思議に感じたカヤだったが、それでもアザミはもう先に行ってしまっている。
「あ、待って……。」
だからカヤは、そんなアザミに置いて行かれないように急いで彼の後を追うのだった。
大岩を登り始めておよそ五合目を過ぎた辺りでのこと――
「ほおう。見ろ、カヤ。やっぱりこれだけ登ると高いもんだな。」
次第に広がり始めた眼下の景色に気分が高揚してきたアザミが、カヤにそんな誘いをかけていた。
どうせなら天辺に登るまで我慢した方が感動も一入のはず。――だが、こういうところで我慢することができないのもまた、アザミと言う男の性格だった。
「……。」
だがそんなアザミの誘いに、カヤは何も答えてはくれなかった。
「どうした、カヤ?見ないのか?」
訝しんだアザミはもう一度誘いをかけていた。
「……。」
だがやはり、カヤは何も答えてはくれなかった。
アザミはますます訝しんで後ろを振り向いていた。すると、カヤはアザミよりも数段下の場所で、青ざめた顔をしているではないか。
(あ、まさか!?)
その様子に、瞬時に悟ったアザミだ。
(そうか。カヤ、高い所ダメだったのか。)
そして、たぶん本人も今日初めて知ったことなのだろうとも思ったアザミ。
この大岩を登ってみないかと言う誘いに、割と即決で応じたものだから、高い所も全然平気なのかと思っていたアザミだったが、どうもそうではなかったらしい。
(これだけの幅があれば、そこまで怖いってこともないと思うんだがな……。)
だがアザミは、カヤの様子にちょっとだけ戸惑ってもいた。
この階段、ちょっと足をもつれさせたぐらいで滑落だの転落だのするような狭い幅ではなかった。気を付ければ人と人がすれ違うこともできるぐらいの物だ。
この岩を投げた神様とやら、一体どんな握力で握り締めればこんな段々を付けられたと言うのだろうか。
だがそれでもカヤは、べったりと岩肌に張り付くようにしてこれ以上登るのは難しい様子ではないか。
「カヤ。大丈夫か?」
「……。」
「もう帰るか?」
「……。」
どちらの問いにも、カヤはフルフルとかぶりを振って答えるばかりだった。
カヤは今、間違いなく怯えている。
なのに帰ることすら拒否したのは、足がすくんでもう動けないのか、それともなければ、せっかくここまで登って来たんだから最後までやり遂げたい。そんな気持ちがあるからなのか……。
「カヤ。手を。」
とうとうカヤの青い顔を見かねたアザミが、手を差し伸べていた。
二人の間には五、六段ほどの間があるが、そのぐらいなら今までの調子で登ってこられるはずだ、と思っていたアザミだ。
だがカヤは動かなかった。
高さに怯え切った手と足をどうにかアザミの方に向けようとしても、結局岩に張り付いたままで、それ以上剥がすことすらできなかったのだ。
「……。」
だから、またしてもその場でフルフルと弱々しくかぶりを振ったカヤ。
「……分かった。そこで待ってろ。今行く。」
今まではその高さを自覚せずにいたからこそ、ここまで登って来れたのだろう。だが、うっかり景色を見てしまったせいで……。
アザミは、不用意に「景色を見てみろ」なんて言ってしまった自分を後悔した。
そして、動けなくなったカヤのために自分から手を取りに階段を降りて行くのだった。
アザミ……己の使命を忘れた義理者。大人としての責務を果たす気はあるらしい。
カヤ ……主人公。投稿前の最終チェックのたびに設定が追加されちゃう困った娘。こんな調子で変わっちゃって、今後大丈夫なん?
黒雲 ……アザミの愛馬。つないでおく場所なかったけど、きちんと岩の麓で待ってます。お利口。




