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北天のアリス  作者: 埼山一
第一章 そもそもの始まりは
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第一章之一 森の旧街道を征く ~アザミの使命~

※この回以降、至って平和な回想に入りますが、結構長いです。一章丸々使う予定。


「ナライ。辛かったらすぐに言えよ。」

「うん……。」


 アザミは手負いのナライを(ふところ)に抱きながら、馬を急がせていた。カポカポと、アザミたちの乗る馬と、カヤの馬――二頭分の蹄の音が森の街道に響いている。


(く……。村は……村はまだか!?)


 中々姿を見せてくれない村にアザミは苛立ち始めていた。

 馬を急がせていると言っても、実際には速足(はやあし)程度のゆっくりした進み方だ。

 今のアザミは、ナライをなるべく静かに運んでやりたい気持ちと、早く手当てをしてやりたい気持ちがぶつかり合って、焦りばかりが募っていたのだ。


(いや。落ち着け。大丈夫。死にはしない。そう。これぐらいの怪我じゃ、人は死にはしないんだからな。)


 焦っている自分を自覚して、気持ちを落ち着けようとしたアザミ。アザミは一つ息を吐くと、ふと空を見上げていた。

 森の街道の中、青葉の生い茂った木々の間から見える空は輝いていた。


(ううん……。だが、こんな調子で夜までに着くのか?)


 あまりにも晴れ渡った空の様子に、時間という概念を急に思い出してしまって、そんな不安に駆られたアザミ。

 今は、(こよみ)の上では杪夏(びょうか)。まだ夏の終わりから秋の始まりぐらいの季節だった。

 だが、元々夏の短いこの北の地では、こんな時期からでも夜になれば冷え込みはやってくる。

 もし、夜になっても村に着かないなんてことになったら……。


(そんな訳あるか!あと十里もないんだぞ。)


 アザミはかぶりを振って、その馬鹿げた仮定を頭から追い払っていた。

 この道は昔から当たり前のように使っている、アザミにとって「勝手知ったる道」なのだ。だから、次の村はそう遠くないところにあることも当然のように知っているアザミだ。


(しっかりしろ馬鹿。大人の俺がそんなザマでどうする?)


 アザミは自分を叱りつけていた。

 子どものナライが今頼れる大人は自分しかいないのだ。その自分がワタワタと慌てて冷静さを欠いていたら、ナライは一体誰を頼ればいいのか。


「ナライ。疲れてるなら寝てもいいぞ。」


 だからアザミは、自分が頼れる大人であることを確認するために、そんな気遣いを言葉にして現わしていた。


「……ううん……大丈夫だよ……。」


 すると、少し間をおいて返って来たナライの答え。

 それは気丈な言葉だった。だが、声にまではその気丈さはない。

 しかしそれも無理ないことだ。ナライの怪我はぱっと看たところ、そのほとんどが致命傷になりえない程度の打ち身と擦り傷だったとはいえ、さすがに数が多い。その上、それらの傷が熱を持ち始めているのだから、声にまで気丈さを求めるのはさすがに酷と言うものだった。


「なあナライ。もう少し急ぎたいんだが、揺らしても大丈夫か?」


 ナライの発熱に気付いたアザミが、そんなことを尋ねていた。


「……。」

「ナライ?」


 アザミは返事がないことを訝しんだ。そして同時に焦燥もする。

 たった今まで話していたのに急に応答がなくなるなど……!――不吉な予感が脳裏をよぎって冷や汗が背を伝ったアザミ。

 アザミはすぐにナライの容態を確認していた。


「スゥ……スゥ……」


 だがナライは寝ていただけだった。


「なんだ……寝たのか……。」


 ナライの規則正しい寝息に、ほっと一息吐いていたアザミ。

 考えてみれば、ナライは今までずっと激しい疲労と極度の緊張状態が続いていて、やっとそれらから解放されたのだ。だから自身がどう思っていようと、起きていられるわけがないのだ。


「ふ……ははは……。」


 アザミは急に笑い出していた。

 ナライがただ眠っただけだと分かると急に肩の力が抜けて、これまでの自分の醜態を客観視できるようになっていたのだ。


(これじゃあ馬鹿丸出しだな。)


 自嘲(じちょう)せずにはいられないアザミだ。

 なんて頼りない大人なんだろう。自分から寝てもいいと言っておきながら、いざナライが寝たら「すわ一大事!」と慌てふためくなど。こんな大人に護られてたんじゃナライだって、眠るに眠れなかったことだろう。


「すまんな、ナライ……。こんな奴が守役で……。」


 アザミはそんなことと独り言ちていた。

 そしてこんな状況にもかかわらず、意外と安らかな寝息を立てているナライに、ちょっとのことで慌てていた自分の器の小ささを思い知らされずにはいられないアザミだ。


(こんなになっても眠れるのか……。こいつ、俺なんかよりもよっぽど大物かも知れないな……。)


 アザミはふとそんなことを思っていた。

 寝ているナライの様子は不思議なことに、見ていて安心できるものだった。

 今のナライの寝姿には、未来とか可能性を感じさせる何かがあると、アザミには思えたのだ。


「ふふ……早く大きくなれよ。そして……。」


 そして……何だろう?――そこまで呟いて、急に醒めてしまったアザミ。

 アザミは父親でも何でもない自分が、あまりにもナライに肩入れするのが急に恥ずかしくなってきたのだった。


「……まあいいさ。親馬鹿なんてのは()()()に任せればいいんであって、俺の仕事じゃないしな……。」


 いつもの冷静さを取り戻したアザミは、ほんの少しだけ馬を急がせようと馬の腹を叩いた。

 するとカポカポ聞こえていた音が、カッポッカッポッに変わる。


「俺の仕事はこいつらを護ること。それ以上でも以下でもないのさ。」


 自分の使命を思い出したアザミ。

 そうしてアザミはカヤの待つ村へと続くこの道すがら、その使命を請け負ったちょっと昔のことを思い出していた。


ナライ……主人公。元服前の少年。瀕死なのであまり出番がない。

カヤ ……主人公。ナライの妹。この場にいないので出番がない。

アザミ……ナライの師匠。大人なようでいて、案外そうでもない。


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