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第1話



「ねぇルル、少しお腹がすいてきたから一発殴らせて!」

 


 唐突に暴言から始まったが、私が仕えるこの聡明なお嬢様はマティルダ・フランチスカ様。

 まったく腑に落ちない理由なのだが、お嬢様はもうすでに握り拳を作り、腕のストレッチを始めている。ちなみに私の発言権ももうすでに存在しない。



 お嬢様の暴行は今に始まったことではない。昔お嬢様が暇そうにしていたので、少年漫画や青春ストーリーの小説を何冊か渡した結果、影響の受けやすいお嬢様は見事にドはまりし、いわゆるヤンキーに憧れてしまったのだ。

 しかしどうやらそのイメージはとりあえず殴り合っていれば友情が芽生えるという大雑把な曲解であり、暴力こそが正義という賊のような精神になってしまったのだ。一応私に暴力を振るいたがるということは私と仲良くなりたいという解釈とも取れるが、如何せん、本当にいい迷惑である。



 ふと見るとお嬢様はなぜかパンチには全く関係のない柔軟体操を始めていた。おそらく腕のストレッチだけだと何となく気が済まなかったので、足の方も延ばしたくなったのだろう。手がつま先どころか膝小僧に辛うじて触れている姿を見て、仕方なく後ろから背中をほんの少し押して手伝ってあげる。


「わわ、ちょちょっと痛い痛い痛い!!もう無理無理!!」




 どうやら柔軟でストレッチを終え準備は完了したようだが、息を切らせて顔色もほんのり赤くなり、目には涙を浮かべている。日頃体を動かさないお嬢様にとって、このストレッチはかなり負荷のかかるトレーニングと化したようだ。


「よくもやったわね!!そのきれいなお腹を吹っ飛ばしてあげるから!」


 下っ端でもなかなか言わない三下感丸出しのセリフに、またお嬢様は変な漫画を見て影響されたのか、と呆れてしまう。お嬢様はこうなってしまうといくら仏のような私でも宥められないので、仕方なくメイド服を捲りお腹をお嬢様に向ける。



「くらいなさいっ!!えいっ!」



 柔軟性の欠片もない、その鋼のような肉体から繰り出されるパンチは見事私のお腹に命中する。ぺちっ、とお嬢様の細い腕から簡単に想像できるか弱い音が部屋中に響いた。



 正直痛くも痒くもないのだが、そんなテンプレ魔王のようなセリフを言ってしまっては、いずれ覚醒して勇者となったお嬢様に死闘の末討たれてしまう。なにより自分の力の強さをこの世界で上の下くらいだと割とガチで思っているクソザコお嬢様がショックを受けてしまうだろう。

ここは大女優ばりの演技で痛がる振りをしなければ、私たちメイドの未来はない。


「うっ……盲腸とハムストリングスが…やられた…。フッまさか…私が敗れるとは……。」


 変に妄想してしまったせいか、テンプレ魔王のようなセリフを吐いてから、一度足元を見て安全を確認し、ふかふかのカーペットにゆっくりと膝から崩れ落ちる。



「えっ!?だ、大丈夫…!?ごめん、私、そんな……!」


 しまった。私のレッドカーペットもびっくりの名演技によってお嬢様が信じ切ってしまった。それっぽい単語を言っただけなのだが、それっぽい単語でも信じてしまう辺り流石お嬢様といえる。しかし流石にここまで心配されると私のわずかな良心が痛むため、焦ってフォローする。


「だ、大丈夫です、お嬢様。危ないところでしたが、なんとか一命は取り留めました。」


 ギリギリの状態を装って起き上がり、お嬢様の誤解を解く。



「ま、まぁ流石私が認めたメイドね!でっでも万が一があるから、一応お医者さんに診てもらったほうが…」


(大丈夫ですよ、クソザコお嬢様のへっぽこパンチなので)ボソッ


「ふぇ?今なにか言ったの?」


「いえ、なんでもないですよ。もしお嬢様のパンチが拳一つ分上でしたら、私は分子レベルで粉々になっていた所でした。紙一重で安全なスポットに命中したので、なんとかほぼ無傷で済んだのだと思います。」


「そ、そっか、そういうものなのかな…。と、とりあえず痛かったらちゃんと言うんだよ!」



 適当なことを言ってもそれを信じて心配してくださる辺り、私の事を大切にしてくださっているのだな、と感じて少し頬が緩んでしまう。そんなに心配するなら殴らなければいいのに、とも思うけれど。








 今日も何とかお嬢様の邪智暴虐に耐えることができた。このように毎日のようにひどい目にあっているのだが、私以外のメイドではこんな苦痛な日々を到底耐えられるはずがない。

私は同僚を守るため、身を削ってでも今のお嬢様の付き人として働いていくつもりだ。




 明日はどんな酷いことをされるのか、楽しみで震えて夜も眠れない。


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