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ありがとうが蟻が十の世界で  作者: でつるつた
1日目 前
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第九話 Up side down


 △△

 

 その後、俺、ハジメ、有安ソナは保健室へ向かった。 床に落ちた俺の血は家庭科室から拝借した雑巾でハジメが拭いてくれた。 保健室へ行く道程で分かったことがあった。

 何故、野次馬がいないのか。

 それは今、終業式をしているからだ。 通りで人間がいないわけだ。 ただそうなると、クラスメイトは俺らを無視して会場である体育館へ行ったということになる。 いつも点呼は適当だったからな……少し悲しい。


 ガラガラ


 と開けると、保健室担当のカスミ先生がいた。 カスミ先生の年齢は……分からない。 ただ、とても美人だと思う。 肩より少し伸ばした茶髪の先はくるりとパーマがかかっており、目元は少し釣り上がっていてクールな感じが伝わってくる。 スタイルも良く、白衣が似合う……が、 


 「ん、いらっしゃー……ってえぇーーっ!! 」


 そんな姿には似合わない素っ頓狂な声が響く。 ……そりゃそうだ。 左手から血を流した男子生徒と泣いている女子生徒、さらに包丁まで持っている集団が目の前に現れたのだ。 驚かないわけがない。


 「すみません、……イテッ。 あの、包帯を……」


 さすがに痛みが強まってきた。 よく知らないが、アドレナリンか何かが収まってきているのだろうか。


 「わ、分かったわ!! とにかく座って!!」


 

 幸い、傷はそんなに深くはなかった。 ただ、紙で剃った時の、あの何ともいえない痛さ(10倍版)が残って、とても違和感がある。 手のひらはグルグルの包帯。 まるで厨二病だった。


 「一応、アガサ先生に報告しておくね」


 と、カスミ先生は何処かへ行った。 まあ多分、体育館だろう。

 室内は3人だけになった。

 ソファに一列に並ぶ。 有安ソナが真ん中。 誰も何も言わない。 ……気まずい。 外の雨の音がより一層大きく聞こえてくる。

 薬品が入った棚のガラスの反射でそれぞれの顔を確認する。 ハジメは目を閉じて思案顔だ。 有安ソナは時折鼻をすする音が聞こえるが、もう泣いてはいなかった。 床の一点を見つめている。 目は赤い。

 どうしたものか……。 悩んでいると、


 「あの、……本当にすいませんでした。 ……本当に感謝しかありません……」


 と、有安ソナが辿々しく言った。


 「……その、覚悟してきたんですけれど……やっぱり、ダメ、でしたね……まさか、あそこまでとは……」


 転校初日に刺されかけるという経験。 どのくらいの確率でそんな経験に出くわすのか。


 「あの、先程の生徒とえっと……」


 と、何かを求めるように俺の方を向いた。


 「……ユウだ」


 と無感情に言う。 すると、


 「おい、ユウ、怖がるだろ」


 とハジメ。 


 「す、すいません……その、あの生徒とユウさんからの会話から、お母様がどうとか、妹さんがどうとかとおっしゃっていましたが、あ! よければでいいのですが、……話していただけないでしょうか」


 申し訳なさそうに言うソナ。


 「知ってどうすんだよ……」


 俺は尋ねた。 すると、有安ソナはさっきの申し訳なさそうな表情とは変わり、真剣な顔つきで言う。


 「私はご存知の通り有安の人間でした。 ですが、今は違います。 それでも、先代の行いは知っておかなければならないと思いまして」


 「……そうか」


 と少し考える。 正直、過去の話を身も知らない、しかも有安のやつなんかに話したくはなかった。 でも……何故か、何故だかはわからないが、口は勝手に動いていた。


 「……じゃあ、話──」


 と、話そうとすると、


 「おい、ユウ」


 とハジメが止めた。 何でなのかはなんとなく分かる。 だが。


 「こいつが言えって言ってんだよ」


 それをフォローするように、


 「私が頼んだので……えと、」


 と今度はハジメを向く。


 「あ、ハジメだよ」


 と、俺とは違い、万人受けスマイルで返した。 ……ここから、爽やかな差が生まれるのか。


 「すいません……ハジメさん。 だから大丈夫です」


 「そう……」


 ハジメは不安そうに身を引いた。

 それから、俺は家族のことについて話した。 さっきのこと、逆だったのかもしれない。 有安だからこそ、俺は知って欲しかった。 そんな幼稚園児が親に向かってねえねえと言うような、ちっぽけな理由で話したのかもしれない。

 ただ、それだけ。 それに……いや、なんでもない。


 「──というわけだ」

 

 目をあげると、有安ソナは泣いていた。 ただ、静かに涙を流していた。


 「……ごめんなさい。 私には泣く権利なんかないと分かっているのですが……すいません、本当に……」


 「……」


 再び、雨音だけが響く。


 「あの、ソナちゃんはなんであんなところにいたの? 」


 話の再開はハジメからだった。


 「え」


 と、有安ソナは驚く。 その質問に……ではなく、別のことで驚いているようだった。


 「そ、ソナちゃんとは、私のことでしょうか……? うっ、」


 泣き出した。


 「あ! ごめん! なれなれしかったよね、……有安さんがいい? 」


 必死に謝るが、


 「いえ、……ぐすっ、すいません、その、う、嬉しくてっ……」


 ここでもまた、ハジメとの爽やかな差が垣間見えた。 ハジメは何の躊躇もなく〝ソナちゃん〟と言ってのけた。 こんなことが起こった後だ、有安ソナも気軽に読んでくれとは言ったがそんな人はいないと心の中で思っていたのだろう。 その状況下でのこの不意打ち。 流石はハジメといったところか。


 「あ、落ち着いてからでいいからね? 」


 一分程して。


 「教室から出た後、側近の者と手続きを終えて、私は一度、教室へ戻るようにアガサ先生から言われたので戻っていたのです。 ……そしたら」


 「そしたら、ケンが待っていたと」


 「はい、……」


 帰りだったのか。 するとハジメが、


 「ん? ってことは側近の人はまだ知らないってこと? この惨事のこと」


 「はい、まだ調べることがあると残されていましたので」


 「じゃあ、1人で来たわけじゃないのか」


 「はい」


 まるで、側近がいないことを把握したような犯行だな。 計画された物なのかもしれない。


 「あ、あともうひとつ聞いても? 」


 とハジメ。


 「なんでしょうか」


 「前から気になっていたんだけど、どうして一般人になったの? 」


 ストレートに聞いたハジメ。


 「そう、ですよね、私も話さないといけませんよね」


 そう言って目を閉じて、3秒程。


 「私は──」


 有安ソナは語る。 

 非日常はまだ、終わりそうにはない。



 

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