第四十八話 なんとなく分かっていて
辺りは夜本来の静けさを取り戻す。 嵐が過ぎ去ったかのように。 そして次第に降り止まない雨の音だけが耳に入ってくる。
俺は座り込んでいたアスナとハジメに手を差し伸べる。
「戻ろう」
「うん」
「ええ」
と、ただ二人は一言だけそういうと俺の肩を借りて、ソナとカスミ先生が待つ方へ歩みをゆっくりと進めた。
「皆……本当によかった……」
「皆さん、生きてて……良かったですぅ……」
そういわれた後、皆で抱き合った。 死の場を経験し、生を感じた。 ……俺たちは、本当に生きていて。 こうして幸せを感じている。 こんな非日常の中で……いや、この幸せは日常の中のものではない。 非日常だからこそ得られる幸せだ。 最も、もう二度と経験したくないものだけれど。
ガシャン、と。
幕が降りたかのように何かが踏まれる音がした。 俺たちは一瞬のうちに非日常の幸せから緊張へと意識を戻す。
「……おい、これはどういうことだ? 」
ドスの効いた腹の奥底から出すように激怒している声。 ガブのものだった。 だぶん、もどってきたのだろう。
「……おい、何処にイヤガル…?? 」
物凄い怒号。 ソナは思わず肩を上がらせた。 どうやらガブは玄関先にまだいるようで俺たちがいる部屋に目は入ってないようだ。
「……ハジメ君、ここからみんなを連れて出られる? 」
突然、カスミ先生は意を決した面持ちで、しかし理解のできない質問をハジメにしてきた。 もちろん、日本語の意味は分かる。 ただ、この状況でその質問をする意味が分からなかったのだ。
だが、その質問を受け取った本人は、最初は驚いていたものの、すべてを理解したかのように、
「出来ます」
そう答えた。
……ここからでられる? さっきも言った通り、ここは最上階。 窓からは飛び降りることはできない。 それに運よく玄関から外に出られたとしても、もう既に包囲されているだろう。 八方ふさがり、背水の陣、というわけだ。 そもそもここから出られる手段が本当にあったのなら、どうして今まで二人は黙っていたのだろう。
あらゆる疑問はハジメの指示によって思考を停止させられた。
「ユウ、僕のリュックを持って」
そう言ってハジメはあの地下施設で購入した暗緑色のリュックを渡してきた。
「あ、ああ」
いわれるがまま持つと、ハジメは何かを躊躇するように頭を下げた。 そして、ぱっとカスミ先生のほうに視線を向ける。 思わず、俺を含めた状況をまだ理解していないアスナとソナもカスミ先生を見る。 そこには優しさと、感謝の気持ちでいっぱいの笑顔のカスミ先生がいた。
……ああ、なんとなく。 なんとなくだけど、分かった気がする。 きっと、他の二人も気づいただろう。
その表情を見たハジメは、覚悟を決めたかのように体に力を入れ、
「みんな、僕の体に捕まれっ!!! 」
と、声を発した。 反射的に体を掴む『みんな』。
……大抵の場合、『みんな』という言葉に『一人残らず』という意味はない。
この場合も、カスミ先生とハジメが言った『みんな』には、その意味はなかった。
「……ハジメ君、よろしく頼むわね」
「……先生」
予期していた通りとなった。 なってしまった。
「待って――」
ソナの言いかけた言葉は。
バリンッ!!
と、乾いた鋭い音にかき消され、俺たちの体は夜の雨降る湿った空中へ、飛び出していった――




