第四十一話 比白九木几又死
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「ついたわよ……」
あの施設を出て約4時間、ようやく俺たちはカスミ先生のマンションにたどり着いた。
雨は止まるところを知らないように降り続けていた。 日も落ち、全てを覆うように広がる夜は佇むそのマンションを、俺たちを待ち構えているように見せた。
夏の夜は蒸し暑いが、流石に雨に打たれすぎて寒くなる。 ……ただ、モノさんが言っていた通りこの迷彩柄の服は確かに高性能で、随分とその寒さを軽減しているようだった。
俺たちは駐車場へ向かった。 ……予想通り、そこに行きに乗ったカスミ先生の車はあった。 俺たちを忘れて、何もないまま帰ったということだったらどれだけいいだろうか。 ……まあ、そうもうまくいかないのがこの世界なのだろうが。
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「とりあえず、押してみるね」
そう言って、ハジメはエントランスでピッピッピ とカスミ先生の家の番号を入れていった。
……出るのだろうか。
すると、少しして、
「はあい! 皆! 」
という元気なカスミ先生の声が聞こえた。 俺たちは顔を見合わせて安堵し、笑みを溢す。 ……本当によかった、生きててくれて……。
「カスミ先生、無事だったのですね……」
ソナが泣きそうな声で言う。
「どうしたのよ、ソナちゃん、そんな泣きそうになって……ああ、先に帰ったことは謝るから! 」
ごめん! というカスミ先生。 ……ああ、本当によかった。 モノさんのように……。 モノさん……。 そこで俺はふと、疑問に思う。
「……カスミ先生、モノさんのこと、……知っていますか……? 」
俺の一言で、場が一気に静寂に包まれる。
「え、なんのこと? ああ、そういえばまだお礼を言ってなかったわねー」
呑気なことを言うカスミ先生。 ……知らないのか。
「……カスミ先生、もう、……お礼は言えませんよ」
俺は慎重に言葉を紡ぐ。
「え? ……どういうこと? 」
「亡くなってしまいました……モノさんは……」
「……」
隣でソナが声を殺して泣き出した。 アスナはソナの背中をさすり、ハジメは下を向いている。 インターフォンからは無言の反応が返ってくる。
「最期に俺たちはここに逃げろと言われたので、こうして帰ってきたのですよ……あの、話したいことはたくさんあるので入れてもらってもいいですか」
やっぱり、実際に顔を合わせないと分からない。 それに、ここはマンション。 まだ居ないが、これからここを通る人も居るだろう。
しかし、帰ってきた返事は、
「それはできないわ、皆」
という、否定の言葉だった。 予想外の言葉に俺たちは動揺した。
「実はさっきこの作戦に大幅な変更があってね……。 みんなには悪いけれど今日はこのままユウ君の家に泊まってもらうことにしたわ。 ああ、大丈夫! ユウ君の保護者には連絡は取ってあるから」
計画の、大幅な変更……? それは、モノさんが関係するのだろうか。 しかし、もしそうだとしたら、さっきのカスミ先生の反応はおかしい。 カスミ先生はモノさんが亡くなったことを知らなかったはずなのだから。
「先生、もう少し詳しく」
そう言いかけたハジメは、
「いいから! 皆、とりあえず今日はこれでお開きね! 急いで、今すぐに帰りなさいよ? 」
というカスミ先生の陽気な言葉で遮られた。 と同時にブツっという音がして、向こうからの音はなくなった。
俺たちは顔を見合わす。 その表情は困惑……ではなかった。 全員、何かを決意した顔つきだった。 俺たちは迷わず、〝下に落ちていた鍵〟をインターフォンの隣の鍵穴にさして、自動ドアを開けた。
どうして、ここに鍵が落ちているのか。 これは、誰かが落としていったのだろう。 ……この〝カスミ先生の〟鍵を。
--確かに、さっきのカスミ先生は元気だった。 ただ、それは空元気だったのだ。 俺たちには分かる。 何かを隠している、とも言っていい。 それにこの大幅な作戦の変更。 ……最悪なことに俺たちはついさっき、同じように〝突然、急に、なんの前触れもない〟事態を経験していた。 しかもそれは簡単に壊れて無くなって亡くなっていくような、残酷なものを。
……もう2度と同じ経験をしたくない。 勿論、その鍵が〝敵〟の〝罠〟だってことぐらい分かっている。 そう簡単に、都合よくことは進まない。
……でも。 それでも……。




