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横綱、異世界に行けぬ

深く気にせず読んで頂ければこれ幸いです。

「異界の勇者よ……よくぞここまで来た、だが貴様の進撃もここまでだ!」

「力を誇るは神事にあらず。情けを見失い力に溺れしは力士にあらず……」

「下らぬ……力に溺れずして何が魔王か。矮小なる人の英雄よ、星海に押し込められし力ある暴君よ、その牙を呼び覚ましこの地を焼き尽くせ! メテオ!!」


 漆黒の王の叫びとともに天空より飛来する巨岩。

 異界の魔王……まさに恐るべしとの形容に相応しき力……

 だが、なんと愚かな……


「守るべきモノを消し去りて何が王か! 強きを挫き弱気を守り、悪しきを滅すことこそ王の位に座する者の本懐! 弱者を挫くそのねじ曲がった心、今一度四股を踏んで鍛え直せ!! ぬぅんっ!!」


 わしは四股を踏みしめ、天高く舞った。

 かつて地上を支配した恐竜はメキシコのユカタン半島に飛来した隕石により滅びたという(※ 諸説あり)。

 そのような強大な破壊が一度地上を支配すれば、どのような破滅がこの地上を蹂躙するかも分からぬ。

 そのような蛮行、元とは言え横綱たるわしが許す道理なし!


 何より、(つま)よ……

 姫様(おかみさん)となってくれて、ありがとう……


「いま、この身はこの地上を守るための一条の光とならん!! ドスコイッ!!!!」


 遙かなる上空にて、力士と隕石が――


 激突した。






「気力の限界、ただそれだけです」


 焚かれるフラッシュの中で告げた独白。

 告げた言葉に嘘は無い。

 嘘は、無い。


「横綱、しかし我々ファンから見れば、今こそが脂の乗った姿であると思われるのですが、ファンは、ファンは横綱が引退することなど望んではいません!」


 必死に説得を試みる言葉。

 その言葉が虚飾の言葉で無い事は、疲弊した私の心にも伝わってくる……

 事実、彼が言うとおり、私はまだまだ戦えるであろう。

 だが、だからこそここが引き時なのだ……


「もし、私の土俵での佇まいにそう感じて頂けたなら……ただ、それだけが、それこそが私にとっての最高の勲章です。土俵に残した後悔も未練もありません。右も左も分からぬ私に、親方が授けてくれた十七年を胸に、土俵を去らせて頂きます」


 令和元年――

 雷電の再来、野見宿禰の生まれ変わりと称された男が土俵を去った……


 紫電龍――

 千五百年続く相撲の歴史の中で、映像に残る唯一無敗の男。

 

 紫電龍は戦いに飽いていた。

 飽いて?

 いや、飽くはずなど無い。

 男は何よりも相撲を愛し、土俵に上ることを誇りにしていたのだ。

 だが、悲しきかな。

 紫電龍は強すぎた。

 あまりに強すぎた。

 まさに横綱相撲といえる圧巻の力で土俵を席巻。

 その結果が悲しきかな……

 

 無気力相撲――


 本来なら八百長に起因する忌むべき言葉であるが、彼と戦う物は動かぬ富士山を相手にするが如き絶望を前に、戦えなくなってしまうのだ。

 頂点はただ一人。

 頂に座すは彼一人。


 わかるだろうか?

 強さ先にある孤独。

 己を高め合うべき好敵手がいないという孤独。

 それでも紫電龍は敵は己が内にあり。

 そう自身を鼓舞し続けて土俵に上がった。


 だが――


「横綱、負けてくれとなんて言いません。でも、どうかお手柔らかに」


 それは、土俵に上がる間際、他の部屋の親方から冗談めかして伝えられた言葉だった。

 深い意味など恐らくは無いのだろう。

 だが、上がる土俵、その度にそこを死地として覚悟を決めていた男には、その言葉が何よりも許せなかった。

 だが、同時に気が付かされもした。

 いや、気が付いていながら、気が付かない振りをしていた事に気が付かされた。

 何者をも追いつけぬその背中は、ファンには喜ばしく、だが、後人の成長を妨げる存在でしか無かったのだと……




「まさか、文武を究めんと走り続けた道の先が、後輩達にとっての崖を生み出していたとはな……」


 身長170センチ、体重120キロ――

 平均的な日本の一般人男性としてはでかい。

 だが、土俵では明らかな小兵力士。

 それが、無敗を誇る最強の力士、紫電龍という男の姿だった。


 土俵の上での威風堂々たるその姿でファンを沸かせた男が、今、そのイメージとはほど遠く、身体を丸めて河を眺めているなど誰が信じようか……


「情けないぞ、紫電龍……後悔など無いと言ったのは自分では無いか」


 噛みしめるように呟きながら、鼓舞すべく己の頬を叩く。

 その時だった。

 頬を叩いた衝撃波が大気にさざ波を起こし、夕暮れの空に木々に止まったムクドリが一斉に飛び立ったのは。


「……すまんな、鳥たちよ。驚かしてしまった。万物に優しくなくて何が横綱――」


 紫電龍は自嘲気味に笑う。

 そう、もう自分は横綱では無いのだ。


「何時までもこんな所で黄昏れていても仕方ない。親方と女将さんに、お別れを言わねば」


 紫電龍――

 三十三才――


 全ての未練を断ち切るべく、角界を去るつもりで居たのだ。


「とは言え、中学を卒業してからすもう一条だったわしに、今更何が出来――」


 キキキキキキーッ!!!


 猿の威嚇?

 否、断じて否。

 それは8トントラックの猛烈な勢いで踏まれたブレーキ音だった。

 トラックの前にはボールを抱えた少年。


「いかん!!」


 元横綱、走る!

 アスファルトを踏み抜き、ガードレールを引き裂き、少年の前に立ち塞がった。


「ドスコイッ!!!」


 激しき衝突音とともに、トラックが宙を舞った。

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