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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

海の向こう、遥か向こう

作者: 初雁

きっかけは無いに等しかった。

何と言えば良いのだろう、中学生として三年間を過ごす過程で、必ず訪れる区間がある。

子供から大人へ、変わっていくってことなのかな。

ともかくそこには、ストレスのような、不安感のような、心が揺らぎ続ける区間があるのだ。

僕はその区間の犠牲になった。

俗に言ういじめだ。

人は下を見て安心する。

僕は下にされてしまった。


今日もそうだった。べつに暴力とかなんとかが有るわけではない。

雰囲気が僕を避けているようだ。

クラスの一人一人が、部活の一人一人が、また先生もそうだ。

冷たい、、、というか、僕の周りだけが暗闇に囲まれている、そんな感じ。

面白くもない授業を通過し、味のしない昼食を摂取し、部活には出席せず。

皆は受験だなんだと騒いでいるが、そこに加わることもなく。


家でもそうだ。

カーテンは常に閉まっていた。

やることが無いので大抵布団の中にいた。

問題解決に動こうとする気持ちなんてのも元々なかった。

死んだように生きていた。

もしかしたら死んでたかもしれない。

それすら分かんなかった。




瞼の裏に海を映してみる。

断崖絶壁。侵食されきった岩たち。白波荒れ狂う、時化た海。

空は厚く雲に覆われ、死んだ鼠の肌みたいに青みがかった灰色が斑になって浮かんでいた。

雲の切れ間。前線の境目。

遥か向こうに微かに見えた青空と、インディゴの水平線。

直線的ボーダー柄を描いたその画像は、想像に過ぎない。

しかしどうしても考えてしまう。

その向こうには何があるんだろう。

光に包まれた天使の国か。

希望の新天地か。

永遠に海が続いているのかもしれない。

もしかしたら地獄が待っているかもしれない。

うーん、どうなんだろうなあ。まあいいや。

面倒臭くなりはじめて、考えるのをやめた。

瞼には海を映したまま、僕は眠ってしまった。

月がきれいな夜だったんだろうな。




今日も学校。

道徳の授業。

皆活発に話し合っている。僕は黙り込んでいる。

一人一人意見を発表していく。僕の番が来ると、皆静かになった。

僕の名前を呼ぶ先生。先生の方を睨む生徒が数人。

いやだなあ。

誰にも届かないであろう意見を誰にも届かないように吐いた。

拍手のひとつも起こらない。

何のための道徳だろう。これでは道も徳もないじゃないか。

先生は何をしているんだろう。

それとも、先生もいじめられるのが怖いのかな。


正式に、友達と呼べる人物が居なくなった。

もとから友達なんて居ないも同然だったけど。

珍しく僕にはっきりと話しかけてきたと思ったら、絶交を申し出てきたのだ。

そんな今更。僕はとうに絶交したつもりでいたのに。

真面目な奴だ。そんなんだから僕の巻き添えになるところだったんだよ。

分かりきってはいたけど、それでも少し悲しくなった気がしたような感じがした。

これで、もう独りだ。


海の向こうに行ってみたいなあ。




その晩、僕は港にいた。

実は港はすぐそこにあったらしい。実際その近さに僕が一番驚いた。

海が見える。本物の海は晴れ渡り、雲ひとつなかった。

断崖絶壁とばかり思っていたが、どうやら砂浜みたいになっているらしい。

小さな頼りない船が桟橋に泊められている。

これに乗れば誰だって海の向こうに行けるらしい。

簡単なことだ。簡単すぎて少し怖くなったくらいのものだ。

船に乗る。右足、左足。これで何時でも出られる。

後ろを見る。クラスの奴が僕を指差して笑っていた。

笑えばいいさ。僕は今から逃げるのだから。


船が、波を立てて進み始めた。

桟橋を離れて、港がどんどん遠ざかっていく。

灯台が見える。灯台も、やがて小さくなっていく。

海に出ていくのは永遠のように長く感じられたが、こうして小さくなった港を見るとあっという間のようでもあった。不思議なものだ。

ああ、大陸から逃げていく。

海の向こうに着くのはいつ頃になるだろう。

もう戻れないのかな。

まあいいや。考えるのをやめた。







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