始まりの刻
僕、御堂慧は今日も学校へ通う。そして周囲の人間から冷ややかな目で見られる。
普通の人間であれば、耐えられない状況であろうが、何年も続けていると慣れてくるものだ。
むしろ、辛さを楽しむ余裕みたいなものも生まれてくるので、他の人間よりも成長しているとすら思えてくる。
何故、僕がそのような状況にさらされているからというと、幼い頃から「僕はベルンハルト=ブルツェンスカの末裔だ!」と叫び続けてきたからである。
小学生の頃に美術館に連れられて行った事があった。
その時に出会った一枚の絵が僕の人生を変えた。
万国共通のお伽噺の英雄の一人、大魔導士ベルンハルト=ブルツェンスカの絵だった。
その瞳は緋色に輝いており、彼の体を纏うは黒い炎であった。
その姿を見たときに脳裏に強烈な感情と確信を覚えた。
「これは自分である…」と。
それからというもの、自分はベルンハルト=ブルツェンスカであるという思想に取りつかれた僕は、それを隠すこと無く、吹聴していた。
最初は話し半分で聞いていた友人達も、僕の本気を悟ったのか、奇異の目で僕を見、距離を置いてくるようになった。
確信はあっても、実証出来ないことには致し方無いことだと思った。
今日も下を向きながら登校していると。
「おはよう、慧ちゃん!」
そんな僕の話を一人だけまともに聞いてくれる例外の人間がいた。
城後凛である。
腐れ縁の幼馴染みで、とにかく、四六時中僕の回りにいる。恐らく、ベルンハルトのペットの末裔なんだと思うことにしている。
「昨日はどんな夢見たのか教えて~!」
「昨日はダイドロ国のジール将軍と一戦を交えていた。だが、彼は所詮はDランクの将軍。ベルンハルトの敵に値せず。甲冑の一部を燃やしてやったら、敢えなく退いた。」
「相変わらず、慧ちゃんすごいねえ!慧ちゃんのランクは何ランク?」
「僕はランクで形容されない存在なんだよ。他にも何人かいるようだが…」
「きゃーすごーい!そんな凄い人と登校してるなんて、凛って幸せ者!」
武骨な性格の俺にそぐわないテンションで喋りかけてくる凛は、歩く度に効果音が鳴っていると錯覚するかの如く、明るく跳ねている。
ベルンハルトとしての自分に目覚めてから、夜毎、彼の戦歴を彼の視点で夢に見るようになった。
だから、何時しか歴史に刻まれないような日常の風景も知ることになり、当時の文化や言語も理解するようになっていた。
僕の記憶によれば、ベルンハルトはある時に姿を消すまで、無敗である。
最初に戦場の夢を見たときは、畏れおののいたものだが、彼は負けることが無い為、いつの間にか冷静に戦場を見ることが出来るようになっていた。
その経験を凛にだけは話していたが、夢を毎晩見るため、それを毎朝話すようになっていたという次第である。
凛が話に夢中になっていると、誰かにぶつかってしまった。同じ高校生だが、不良が多いことで有名な大泥高校の生徒らしい。
「あ、あの…すみません…」
いつもは明るい凛も事態を理解をしてはいるらしい、間違いなく絡んでは行けないタイプの人間達である。
「すみませんじゃねーだろ?いきなりぶつかってきて何のつもりだ?」
息を吐くようにテンプレートに近い文章が出てくる点は感心した。
ただ一人の理解者が危険にさらされている中、僕が取る行動は只一つだった。
「おい、謝っているだろ。因縁つけるのは止めてもらえないか。」
これまた息を吐くように、言葉が口から紡がれる。ただ、その言葉の回答は言葉ではなく、拳だった。
「がっ…!」
正拳をもろにくらってしまった。人を殴る事に躊躇は無いらしい。
不良は黙って俺を攻撃してくる、無言の暴力は恐怖感が増すのかと理解した。
そして僕が動かなくなるまで、殴ると凛の方向を向いた。
横顔から見える下卑た笑みは僕を怒らせるのに十分だった。
「爆…ぜろ…」
懸命に立ち上がり、渾身の力で僕は夢の中のベルンハルトが使っていた、破炎塵を唱えた。
しかし、黒炎は出なかった。
不良は異常な勢いで笑い始めた。こいつ頭おかしいんじゃねーかと叫んでいた。
「慧ちゃんはベルンハルト=ブルツェンスカの末裔だもん!」
と凛から涙ながらの合いの手が入ると笑いは更に加速した。
それが止む頃、真顔になって再び僕を一瞥すると、
「分かったから、大人しく眠ってろよ!」
僕に再び正拳が打ち付けられると、遂に僕は無力になり、その場に倒れた。
視界が黒くぼやけて行く様は、まるで黒炎が僕を埋め尽くしていくようだった。