素延べ
火床がゴウゴウと炎を巻き上げる。生きもののようだ、とは以前から思っていたが、炎の精霊であるマリベルがうちに来てからというもの、その実感はより増した気がする。
そのマリベルはと言うと、庭でお姉ちゃんたちと遊んでいるらしく、作業をしている合間にはしゃぎ声を差し込んでいる。
彼女に手伝ってもらえば、うちの生産効率はもっともっと上げられるのかも知れないが、なんとなく切り札としておいたほうが良いように感じて、普段の作業の手伝いはしてもらってない。
本人が強く手伝いたい、と言いだすか、ここぞというときには頑張って貰おう。
塊になった鋼が赤くなり、鎚で叩いていい温度になったことをチートが知らせてくれる。
午前中のように金床に鋼を置き、魔力を籠めて勢いよく鎚を振り下ろすと、ガキンと金属がぶつかり合う派手な音が鍛冶場に響き、鋼は火花を散らして形を変える。
俺は同じ面を叩いていく。どこを叩くのが効率的なのかは、これもまだチートに頼っての作業だ。
鋼の表面に浮いてきた黒いかさぶたみたいなもの――鋼が酸化したもの――が叩くたびポロポロと剥がれ落ちる。
剥がれ落ちているのはあまり質の良くない鋼だと、前の世界で見た記憶があるが、どれくらい本当なんだろうな。
チートもあれを気にして叩く場所を教えてくれている様子はない……ような感じを受けるから、あまり質が良くない、というのは正しそうだが。
熱しては叩き、を繰り返していく。一つの塊だった鋼は、少しずつ細長い板状へと形を変えていく。
ちゃんとした刀であれば、この工程の前に皮鉄と心鉄を作り、皮鉄で心鉄を包むという段階を踏む必要があるが、俺の鍛えた鋼の場合、そういったことをしなくても十分に「折れず曲がらず」を達成できるので、今回は省いてしまう。
他に誰が使うでもない、俺自身のものだし、行って帰っての間だけだと思えば、あまり凝らなくても取りあえずは良かろう。
「あー……」
鎚で叩いて何度目か、火床に入れようとしたところで、俺ははたと気がついた。
ちょうど一息入れて水を飲んでいるアンネを呼ぶ。
「アンネ」
「なあに?」
アンネは素早く俺のところまでやってきた。巨人族の血が流れていることもあって、身体が大きな彼女は初めのうち、結構おっかなびっくりなところもあったが、この場所については慣れたようだ。
さておき、俺はやってきたアンネに尋ねた。
「帝国へ行くにあたって、俺からも何か土産を用意したほうが良いと思うか?」
物見遊山で行くわけではないし、そもそも帝国から招かれて赴くのだ。それに土産が必要とは思えない。
それに、必要であれば王国として、ルイ王弟殿下なり侯爵なりが用意すると思う。
だが、前の世界での思考もあり、お呼ばれしたなら手土産の一つもあったほうが良いのでは。そんなふうにも考えてしまうのだ。
「どうかしらね……。必要であれば王国として用意するとは思うけど……」
アンネは首を傾げる。いらないのでは、と考える根拠は俺と似てるようだ。
「カミロやマリウスあたりに手紙を飛ばして聞いたとて、だよな」
「遠慮するでしょうね」
俺は頷いた。彼らに正直に聞いたところで「お前がそんな気を使うな」と言われてしまうような気しかしない。
アンネはそのまま続ける。
「王国の上のほうから、としたほうが効果は大きいし」
「そうなんだよなぁ……」
わざわざ招請したとは言え、基本的に身元不明な鍛冶屋からの献上品よりも、王国の王弟殿下がわざわざ心を砕いて準備した物、のほうが世間的には価値が高い。
ただし、である。
「どんなものでも、持っていけば父上は大層お喜びになるでしょうね」
言ってアンネは笑う。
「まぁ、正直そこは確信があるよ」
俺もニヤリと笑って答えた。
「だから、どっちでも良いんじゃない? エイゾウが気にしてるのは、カミロさんやマリウスさん達の立場が悪くならないか、そして逆に気を使わせないか、でしょ?」
「うん。そのへんが大きいな」
正直なところ俺の立場が相当ヤバいことになるのでなければ、王国の体面上の話は割とどうでも良い、と思っている。
それよりも、それでカミロやマリウス、あと一応ルイ王弟殿下の立場が悪くなってしまうほうが心配だ。
あとはカミロたちに逆に気を使わせるのもなぁ、というのがある。
「まあ、作っていって、それを先に言っちゃうのが良いでしょうね。問題がないならそのままでしょうし、ダメなら王国からの品に混ぜるなり、あなたに返すなりするでしょ」
「なるほど」
作っていって、あとは判断を任せる、というのが良さそうだ。少し気を使わせる事になるかも知れないが、そこはご愛敬で許して貰おう。
「ありがとうアンネ。参考になったよ」
「そう? なら良かった」
アンネは爽やかな笑顔を残して、自分の仕事に戻っていく。
さ、俺も続きを頑張らないとな。




