出立の準備
のんびりとした授業を終えた翌日の昼。俺は依頼を受ける旨、カミロに送った。
普段であればハヤテが戻って間髪を容れないうちに、アラシが返事を持ってくるのだが、今日はそれが夕方頃までかかった。
正確にはずっと作業をしていて、ハヤテが戻ったのにはすぐに気づいたが、アラシに気がついたのは作業を終えたあと、外に出てからだったので、もしかするともう少し早くに来ていたかもしれない。
俺は伝言板に止まるアラシの脚に括り付けてある筒を外して手紙を取り、再び筒を括り付けた。
「よしよし、ご苦労さん」
そう言ってアラシを撫でてやると、アラシは「キュイッ」と小さく鳴き、すぐに飛んでいった。
今なら日が完全に沈む前には帰れるだろう。竜なので滅多なことはないと思うが、日が沈んでしまったら何が起こるか分かったもんじゃないからなあ。
普段であれば風呂などの時間だが、返事を急ぐ可能性を考えて先に手紙を読む。
家族の皆も、クルルやルーシー、ハヤテにマリベルを含めて、俺の肩越しに手紙を覗き込んでいる。
手紙はカミロの力強い字でしたためられていた。その内容はこうである。
『まず、依頼を受けてくれて感謝する。と、王国の偉いさんからの言伝だ。手短に書くが、出発は3日後の朝。森の出口にいてくれれば迎えに行く』
「3日後か。準備なんだろうが、思ったよりかけるな」
カミロのことだから、既にいくらか準備済みで、俺の返事でいくらか追加するのに1日だけかかるくらいだろうと思っていたのだが。
「王国の人間が帝国へ行くのだし、根回しが大変なんじゃない?」
「ああ、それはあるか」
ディアナの言葉に、俺は頷いた。
厳密には俺は北方にも王国にも属さない、謂わば流浪の民のような状況なのだが、王国は「素性もよく分からない人間を連れて行きます」とは言えないだろうし、帝国は「よく分からんオッさんを呼びます」と言うわけにはいかないだろう。
無論、これもある程度のすりあわせは済んでいるはずだが、最終的な打ち合わせがまだ済んでいないのだとすれば、確か帝国へヘレンを救出に行ったときにかかった日数が3日くらいだったし、最終決定のやり取りに同じくらいかかると言われても不思議はないなと俺は思った。
手紙にはもう少しだけ続きがある。
『道中の物資は非常時のものも含めて、こちらで用意するから、そちらで用意する必要はない。武装もなるべく最低限で頼む』
「ふむ。身軽で来いってことか」
「名目上は本当にただの鍛冶師ってことにするんでしょうね」
今度はアンネが言った。
「ただの鍛冶師が立派な鎧を着てたり、武器を携えているのはおかしいもの」
「そりゃそうだ」
俺は再び頷いた。手紙はマリウスの激励と、カミロの感謝で締めくくられていた。
「鎧はさておき、〝薄氷〟を持って行けないのは、いささか心細いな」
あんな目立つ武器を携えた「ただの」鍛冶師はいない、と言われれば反論の余地はないのだが、なんだかんだで窮地には頼りにしていたものである。
友好国に呼ばれて行くのだとはいっても、なんらか拠り所になるものは欲しい。
「ナイフでは心許ないしなあ」
いわゆる攻撃力、という点では申し分ないのだが、ナイフではいかんせんリーチが圧倒的に足りない。
後ほんの少しでもいいから、長いものが欲しいのだが、うちの製品になっているショートソードでもちょっと長すぎるように思う。
つまり、
「明日から作るか」
新しく作るしかない。それを俺が言った瞬間、リケの喜ぶ声が〝黒の森〟に響いた。




