夏の鍛冶 午後
午後も粛々と作業を続けていく。昼を過ぎても熱は下がらず、工房の空気は炉と夏の陽気の両方で暑いままだ。
何本目かのナイフを仕上げて、外を見ると太陽も仕事を半ば以上終え、西の方へと向かっている。
俺は仕上がったナイフの数を数える。俺とリケはいつも通り、サーミャは今日、調子が良かったらしく、いつもよりかなり多めに出来上がったようだ。
これならば、今日の作業としては十分だな。よし。
俺は額の汗を拭ってから言った。
「今日はここらで切り上げよう。暑さも凄いし、無理をしてもいいことはない」
皆からはやや間延びした返事。この環境ではやはり厳しかったのだろう。
早めに切り上げる判断をして良かったな。
「では、火床の火を落としますね」
「頼む。あと片付けまでやってしまおう」
リケに言われて、俺は頷いた。
炉で作業していた4人も火のついた炭と灰を掻きだし、炭を火消し壺に移す。
サーミャが金床についた汚れを落とす。あちこちに落ちているゴミをまとめ、道具をちゃんとしまったら、今日の片付けは完了、つまり、今日の仕事は完了だ。
「暑いぃ」
アンネが胸元をパタパタしながら、鍛冶場の片隅にある水瓶に向かう。
ぞろぞろと全員で水瓶のそばに群がり、水を掬ってまずは水分補給。
次に水瓶から水を移して顔を洗うと、熱気の中にほんの少しだけ冷たさが残っていた。さっぱりして気持ちがいい。
だが、まだ残る熱が襲いかかってくる。
「風に当たろう……」
「あ、じゃあ私も」
「私も」
俺が外へ避難しようとすると、私も私もと、皆で連れ立って外に出ることになった。
鍛冶場から庭に出ると、ルーシーとハヤテ、クルルとマリベルがすっ飛んできた。いつものことなのだろう、遊んで遊んでとはしゃぎ回っている。
俺はそれを横目に庭の隅にある木陰に腰を下ろすと、肌にまとわりついていた熱がようやく離れていった。
陽は更に傾きはじめていて、この時期ならばまだまだ暑い空気なのだが、俺はほんのわずかだけ、思っていたより空気が冷たいように感じる。
同じ事を思ったのか、ディアナが空を仰ぎ、目を細める。
「ねぇ、あっちの方、暗くなってきてない?」
その声にリケが顔を上げる。確かに、森の向こうに大きな雲があるように見える。
ややあって、遠くで低い雷鳴が鳴った。
「おっ、向こうの方は通り雨が来るかな」
サーミャが何故かワクワクを隠さずに言うと、ヘレンが手で眉庇を作って続いた。
「この辺じゃ珍しいんじゃないか?」
「ええ。あまりないかと」
リディが同じ方を見て頷く。すると、俺たちの背後から(といっても空の上だが)急に雲が広がり、あたりを一気に暗くする。
それからいくらもしないうちに、ぽつ、ぽつ、と足元の草に暗い染みができていく。
風が少し生ぬるくなり、土の匂いが濃くなる。 あっという間に、雨脚が強くなる。
「中に入るぞ!」
俺の声に、全員が動く。 クルルとルーシーが小屋へ凄い速さで駆け込み、ハヤテとマリベルがその後ろに続いた。
それを見届けた人間組も家へ戻り、扉を閉めた瞬間、屋根を叩く激しい音が響いた。
窓の外は白くけぶり、森の輪郭が消えていく。 光ったかと思うと、雷鳴がひとつ、遅れて腹の底に響いた。
「すごい降り方ね……」
アンネが濡れた髪を押さえながら笑う。
「ここいらじゃこんな降り方はあんまりないなぁ」
サーミャが感心したように言った。
リディが窓辺に立ち、外を見つめる。
「……森の匂いが変わりました。少し冷たくなってます」
「夕立の匂いだな」
俺も覗き込むように外を見ていった。
「すぐ止みそうだな。しかし、急に暑さが消えたような」
「そろそろ秋が近いのかもね」
アンネが屈みつつ、外を見てふんわりと言う。
「秋って言うには、まだ早いだろう」
とヘレンが笑い、ディアナが続く。
「でも、少しだけ分かる気がするわね」
ぼんやりと眺めていると、雨脚は少しずつ弱まり、雷鳴も遠くへ去っていった。
俺は窓を少しだけ開けた。冷たい風が、火照った肌に心地いい。
雨に洗われた森の匂いが流れ込んできて、この雨が、夏を連れていくのかもなぁ、などと、俺は少ししんみしりた気分になるのだった。。




