行く先
朝は何かと起きたが、昼間の作業はつつがなく進める事ができた。
この日は天気も良かったので、テラスでとった夕食後すぐである。
「そう言えば、今日はエイゾウがリディを気にしてたけど、何かあったの?」
そう質問を投げかけてきたのは、ディアナだった。朝のことがあったので、俺は作業中もちょくちょくリディの様子を窺っていた。
一瞬のことだし、誰にも気づかれてないと思っていたのだが、しっかりバレていたようだ。ディアナに気づかれているということは、多分サーミャとヘレンにもバレているだろうな。
リディを見やると、彼女はすぐに頷き、口を開いた。
「実は今朝、少し体の調子が悪くて。森に満ちている魔力の調子かと思うのですが」
「大丈夫なの?」
心配そうにディアナが言うと、リディは再び頷く。
「ええ。今はなんともありません。ありがとうございます」
それを聞いたサーミャが腕を組む。
「今回は平気で済んだけど、なんかあったら困るよなぁ」
うんうんと頷く家族たち。俺は頭の後ろに手を組む。
「この森を抜ける道は以前に確認したけど、『どこへ行くか』もちゃんと考えなきゃだな。延々と魔力のないところを進むわけにもいかないし」
「リディもそうだけど、クルルもルーシーも、ハヤテも勿論マリベルも、魔力がないと困るんだっけ?」
真剣な眼差しでヘレンが言った。彼女もかなり娘たちを可愛がっているからな。ママとしては気になるところだろう。
俺はリディに尋ねる。
「そうだな。でも、リディは1週間くらいは平気なんだよな?」
「ええ」
「マリベルは?」
「ボクもそれくらいは平気だよ」
さっきのサーミャのように、俺も腕を組んだ。魔法のランタンの明りの中
「じゃあ、クルルたちか。でも、この子らは食事で賄えて、多少は融通がきくんだよな。魔力が必要、となるとやっぱりリディとマリベルが中心になるのかな」
「あとは道中はさておき、しばらく腰を落ち着けるなら、うちの品もですね」
「ああ、それは確かに」
リケに言われて、俺はポンと手を打った。娘を含めた家族の事ばかり頭にあったが、うちの製品の良さは魔力を篭めることで発揮されている部分がある。
しばらくは何もしなくても暮らしていけるだけの金は持っているが、いつまでもあるものではないし、どこにいるにしても目減りはなるべく避けたいからな。
「リディがいたあたりはまだ王国だったよな?」
「そうですね」
「でも、他の国にもエルフはいるよな?」
「いるはずです。旅に出る者もいますが、あの時のようなことがない限り、基本的には住んでいる森からは出ませんし」
「例えば帝国にも?」
俺が言うと、リディに向いていた視線が一斉にアンネのほうを向く。
彼女は一瞬キョトンとしたあとで、頷いた。
「いるわよ。一度、宮殿で見かけたことがあるわ」
そして付け足す。
「〝お母様〟の中にはいないけど。エルフが魔力を必要とする、と聞いたら納得ね」
帝国の皇帝陛下にはお后様が多い。国内にいるほぼ全ての種族の娘――その多くは部族などコミュニティの長の娘だ――と婚姻関係にあり、間には子供がいる。
家系図を見たことはないが、見せて貰ったらギリシャ神話のゼウスみたいになってるんじゃなかろうか。
さておき、その例外が「帝都に住めない種族」であり、その中には魔力のない帝都には住めないエルフも含まれる、ということだろう。
「うーん、じゃあ、王国にはしばらくいられないとなったら、帝国を頼るしかないな」
「あら、お父様が喜ぶわ」
冗談めかしてアンネが言ったが、陛下は本当に喜びそうな気がする。もちろん、相応の技術を持った人間が転がり込んできてくれたから、という理由ではあろうが。
「通行証も陛下の紋章入りだしなぁ……」
通行証をしまってある家のほうを見やって俺は言った。王国王家の紋章と、帝国皇帝の紋章が入った、この2国の中であれば最強と言って良い効力を発揮する代物だ。
「今すぐ、というわけじゃないけど、そのうち帝国までの道のりで魔力が補給できるルートがあるかどうか、ちょっとずつ確認していこうか」
俺が言うと、家族から賛成の声が上がり、この日はお開きとなった。