まだ平和な家路
一通りの話が終わり、番頭さんが商談室にやってきて、塩などの消耗品、鉄石など素材の積み込みが完了したと伝え、カミロに革袋を差し出す。
カミロは頷いて革袋を受け取ると、そのまま俺に差し出した。
「いつもの額だが、いいな?」
「収めたのはいつもの量だからな。逆に塩や鉄石が値上がりしてやしないのか?」
もし戦が近くなっていれば、今言ったような品は真っ先に抑えられるだろう。となれば仕入れ値が上がっていてもおかしくない。
「さっきも言ったが、今のところは大丈夫だよ。いざとなれば手はあるしな」
「なら遠慮なく」
俺はカミロから革袋を受け取り、この日の納品は完了した。
店から出て、裏庭にあたるところでは、うちの娘達と丁稚さんが走り回っていた。
いや、厳密にはハヤテは庭にある木の上でくつろいでいたが。もしかすると、マリベルも一緒にいるのかもしれない。
俺が大きく手を振ると、丁稚さんは気がついて駆け寄ってきた。
「お帰りですか?」
「ああ。今日もありがとう」
「いえ、僕も楽しいですし」
そう言ってニッコリ笑う丁稚さんに銅貨を渡す。渡しながら、うちにある金・銀貨の数を考えれば、凝った金庫の一つも作ったほうがいいだろうか、などと考える。
そういえば、銅貨はほとんど丁稚さんに渡すものしかないな……。カミロから貰う代金に含まれているので、それを回しているのだが、なくなりそうになったらあえて入れて貰わないとダメだな。
少し名残惜しそうな彼とも別れを告げ、街を行く。
今は昼食にはまだ早いくらいの時間帯だが、良い匂いが漂う露店もいくつかあり、早めの昼食にするのだろうか、いくつか買い込んでいる若い女性などの姿も見かける。
その女性はチラリとこちらを見ると、走竜が物珍しかったのか、見送るかのようにしばらくこちらを見続けていた。
街の入り口で衛兵さんに「それじゃあまた」と挨拶をし、街道に出る。
来たときよりも幾分厳しくなった夏の暑さは感じるが、草原を抜けてくる風は爽やかで、風雲急を告げるような雰囲気は全くない。
「なあ」
俺は荷台の上で周囲に目を配っているヘレンに声をかける。ヘレンはそのまま返事をした。
「なんだ?」
「『その時』が来たら、現役に戻るのか?」
俺が言うと、家族全員――御者をしているリケ以外だが――の視線がヘレンに集まった。
その気配を感じ取ったのか、ヘレンは俺のほうを見る。
「うーん、戻っても良いけど、本格的な戦となったら、アタイ1人がいてどうこうなるもんでもないしなあ」
ヘレンはそう言って、再び目を街道上に戻す。
「ま、助けてくれって言われたら考えるけど、戻るにしてもその時だけだな」
そして彼女は皆の顔を見回してこう言った。
「アタイの帰る家は今から帰るところだし」
ホッとした表情と、笑い声が街道に響き、俺たち森の家族を乗せた荷車はゆっくりと進んで行った。
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都合により1週間と少しおやすみをいただきますが、次回10/15には更新いたしますので、しばしお待ちくださいませ。