皇帝の報酬
陛下を見送り、家族皆で一旦家に戻る。
「今日は休みだなぁ」
我が工房では納品数が十分になったときや、特注品のケリがついたときなど、区切りの良いところで休日を挟んでいる。
日がな一日のんびりと、を続けることが出来ていないので、せめてもの抵抗と言う意味合いもある。
ただ、今日やっておくべき仕事が1つだけある。陛下が居た客室の片付けである。
しかし、そこはアンネがやるということだったので、俺は鍛冶場の掃除と整頓だけはしておこうかなと思い、鍛冶場の扉を開けたところで、そのアンネに声をかけられた。
「エイゾウ」
「ん?」
振り返ってみると、アンネの手には少し大きめの革袋がある。
「片付けようと入ったら、ベッドにこれが」
「ふむ。忘れ物……をするような方ではないな」
革袋の大きさはそこそこある。間違っても見落とすような大きさではない。
それにあの陛下が「うっかり忘れ物」をするとも思えない。
となると、
「置いて行った、ってことだろうな」
「でしょうね。皆を呼ぶわ」
「すまんな、頼む」
アンネにはもう一つ仕事を頼む事になってしまうが、申し出てくれたので乗っかる。
そして、テラスに家族が集まった。クルルは入れないので外から首を突っ込んでいる。
テラスのテーブルの上には革袋。皆がそれを見つめている。
「それじゃ、開けるぞ」
娘のアンネが開けてはどうかと提案したが、丁重に断られてしまったので、俺が開ける。
口をくくっていた紐をほどき、口を開くと、僅かに金気の混じった、革の匂いがしてきた。
この革袋は他に使わず、今回わざわざ用意した物らしい。
革袋の中からまず出てきたのは、折りたたまれた紙だ。羊皮紙ではなく、植物の繊維を元にした、和紙のような風合いの紙である。
それを開くと、ゴツゴツとした、だがどこか温かみを感じる文字が飛び込んできた。
「どうやらお前は俺から報酬を貰わないつもりらしいので、これを置いておく。報酬は言い値らしいな? 返すことは許さんからな」
シンプルにそれだけが書かれている。サインも何もないのは、俺たちが本人以外にあり得ないことが分かればそれで良いし、ここに何かあったときに、皇帝がいた証拠にならないようにだろうな。
そして、俺の目論見はしっかりバレていたらしい。なんだかんだで帝国……というよりは陛下自身が便宜を図ってくれているようだし、今回のは普通の鋼でもあるし、どっかで借りに思ってくれていれば代金はいいや、くらいのつもりでいたのだ。
だが、陛下は見抜いて報酬をキッチリ置いていった。まあ、「帝国の皇帝って、言われないのを良いことに報酬払わないんだぜ」とか噂になると困るのもなくはないだろうが。
俺はそのまま革袋をひっくり返そうとする。ずっしりとした重みが伝わってきて、中身の多さを物語っていた。
ジャラリ、と音を立てて袋から出てきたのは、そこそこの枚数の帝国金貨と、いくつかの宝石だ。
「帝国金貨って王国のより価値があるんじゃなかったっけ?」
目の前の光景をいまいち呑み込めきれていない俺が辛うじてそう言うと、アンネが頷いた。
「ええ。純度と大きさが違うから」
「それと宝石がこれだけある、と」
俺の見たところ、うちが一般のご家庭だったとして、かなりの期間、節制していれば食うに困らない程度の額になるはずだ。
うーん、しばらく休んでくれたほうがいい、というメッセージと受け取るべきか、それとも純粋に皇帝の剣なのだから、これくらいの価値はあって然るべきと思った、と受け取るべきか。
「あって困るものでもないし、ちゃんと貰っておきなさい」
「うん、まぁ……そうだな」
キラキラと、日射しを受けて輝く金貨の向こうに、陛下の悪戯小僧のような笑顔が見えた気がした。