Web連載7周年記念特別編「都の朝」
本日は特別編です。本編には関係のないIFのようなものですので、ご注意ください。
バターン、と勢いよくドアが開く音を聞いて、パッと目が覚める。
音がした方を見ると、緑の髪の少女がドアを開けたままの格好で、ニンマリと笑っていた。
「父ちゃん、おはよう!」
「おはよう、クルル」
俺は体を起こし、伸びをする。寝起きでまだ回らない頭から今日の予定を手繰り寄せる。
今日は確か鍛冶仕事はなしで……、ああ。
「マリウスのところへ行くにはまだ早いんじゃないのか?」
今日は家族でマリウス――エイムール侯爵――のところへ行く予定なのだ。彼のところに息子が産まれてしばらく。
上流階級ともなると、子ども同士の付き合いというものにも、様々なしがらみが生まれる。家と家の付き合いと言うのは伯爵のときでも大事だったが、侯爵になった今となっては尚更だ。
マリウスも奥さんのジュリーさんも、ある程度はそれらを許容せざるを得ないことは理解しているが、それでも気兼ねのない付き合いが必要だと考えた。
そこで、親の身分は高くない、というか立場上は一般市民であり、何よりもよく知る仲である我が家の娘達に白羽の矢が立ったのである。
父親(俺のことだ)を除けば全員が女所帯での我が家である。娘たちは期せずして現れた「弟」の存在に大興奮しており、エイムール邸に行く日は朝からはしゃいでいる、というわけだ。
「こら、ノックしなさいといつも言ってるでしょう」
そう言ってクルルの首根っこを掴んだのはディアナである。クルルを叱りつけてはいるが、マリウスの妹である彼女も兄夫妻のところへ行くことを楽しみにしているのは、その声に優しいものが含まれていることからも明らかだ。
「まあまあ、子供が楽しみにするのは仕方ないし」
俺はそう言ってディアナをなだめる。興奮しすぎて眠れなくなって、翌日眠いままだったり、体調を崩したりということがないだけでも御の字だ。
「そうやって甘やかす……。朝ご飯できてるわよ」
ディアナはそう言ってクルルを解放し、先に食堂へと向かったようだ。
都に引っ越してきた当初は、森にいた頃と同じく俺が食事を用意していたのだが、少し前から家族が持ち回りでやるようになった。
料理ができて困ることはないと思うので、失敗しようがしまいが、やりたいという家族にはやってもらうことにしている。
のそのそとベッドを這い出し、クルルに手を引っ張られて食堂へ向かう。途中で灰色の髪の少女にも、もう片方の手を引っ張られた。
「おはよう、ルーシー」
「おはよう、父さん」
ルーシーのほうが1歳か2歳か、とにかくそれくらい下のはずなのだが、落ち着きがある。多分生まれ持ったものなんだろうし、個性ならばそれをそのままにするのも親の役目だろうなと、俺は思っている。
「おっはよう!」
「おう、おはよう、マリベル」
どこで待ち構えていたのか、赤い髪の少女が背中にへばりついてくる。今は両手が塞がっていて、おぶってはやれないが、彼女は意に介さずよじ登り、肩車の格好になった。
「行こう行こう!」
「まてまて、起き抜けなんだ。朝飯も逃げないし、ゆっくり行こう」
急かすクルルをそう言ってなだめる。ルーシーは静かに、だがしっかりと俺の手を引き、マリベルは俺の頭の上ではしゃいでいる。
食堂の扉の前には、ディアナとそしてリザードマンの少女、ハヤテが腰に手を当てて待ち構えていた。
「クルルもルーシーも、マリベルも父上を困らせるものではないですよ」
そう言ってハヤテが3人をたしなめる。俺は笑いながら言った。
「別に困ってはないよ。かわいいもんじゃないか」
すると、ハヤテは眉根を寄せて言った。
「そう甘やかすから良くないのですよ」
俺はこっそりクルルたちに耳打ちをする。
「最近、ディアナママに似てきたな」
3人がコクリとうなずくと、察したらしいディアナが、
「エイゾウは兄さんのところへ行く前にちょっとお話しましょう」
と静かに、だがしっかりと圧を込めて言ってくる。
「おいおい、手加減してくれよ……」
そう言いながら、俺は他の家族が待つ食堂へ、ゆっくりと入っていった。
本日でWeb版の連載が7周年を迎えました。これも読者の皆様のおかげと、まずはお礼申し上げます。
40歳の思いつきで始めたものがここまで続くとは思っておらず、自分でもびっくりしている、というのが正直なところになりますが、ともあれ続けていけております。
エイゾウたちの物語はまだまだ続けるつもりですので、ご声援いただけますと幸いです。
それでは、拙作を今後とも宜しくお願いいたします。