真ん中から〝いつも〟へ帰る
「……分かりました」
俺は頷き、一家を先に帰らせた。皆が少し振り返りつつ森の小道を進んでいくのを見届けると、リュイサさんは表情を引き締め、低い声で俺に告げた。
「〝ワーム〟の件もそうだけど……最近、この森や〝大地の竜〟に関わることで、なかなか起きないはずのことが立て続けに起きているわ。竜が眠っているからといって、油断しちゃだめよ。私が言えた義理じゃないかもだけどね」
少しおどけたような口調とは裏腹に、彼女の瞳は真剣そのものだった。
そういえば、リディの住んでいた森も普通なら起きない、連続での魔物発生があったんだったな。
俺がこの世界に来たことで、何らかの影響を及ぼしてしまっているんだろうか。
いや、〝ウォッチドッグ〟は俺がこの世界に来ることでの影響はないと言っていた。それはないか。
しかし、良くないことが続いているのは確かなようだ。
「……わかりました。気を配ります」
俺がそう返すと、リュイサさんは満足げに笑みを浮かべた。
「ありがとう。あなたたちが気を張っていてくれるなら、この森もしばらくは安心できるもの」
その声には、不思議と頼もしさと親しみが同時に宿っていた。
俺は深く頷き、リュイサさんと共に森の奥へと視線を向け、そちらへと歩みを進めた。
少し進むと、森の小道を進む家族の背中が見えてきた。俺は小走りで追いつき、「おーい」と声をかける。
サーミャが真っ先に耳をぴくりと立て、こちらを振り向いた。
「エイゾウ!」
続いてリケが振り返り、少し心配そうに手を振る。
「遅かったじゃないですか。リュイサさんと何を話してたんです?」
「ん、まぁ……森のことを少しな」
俺が曖昧に答えると、ジゼルさんが横目でちらりとこちらを見て、口元だけで笑った。どうやら、誤魔化したつもりは通じていないらしい。
それでも皆が特に追及することはなく、俺たちは家へと続く道を歩き続けた。
途中、澄んだ水の流れる川辺に出た。
いつも立ち寄る場所に似ているが、今日はひときわ空気が清らかに感じられる。俺たちは自然と足を止め、水辺に腰を下ろした。
「……ふぅ。ようやく一息つけますね」
リケが両手ですくった水を口に含み、安堵の表情を見せる。
ヘレンは大きく伸びをしてから、ぱしゃりと水を顔に浴びせた。
「やれやれだな。あんな気味の悪い魔物、久しぶりに見た」
「うん……でも、みんな無事で良かった」
ディアナが柔らかな声で続け、サーミャもこくりと頷く。
「矢が通らない相手は勘弁だな。でも、最後はみんなで倒せた」
ヘレンはワームを斬りつけたのが気になるのか、双剣を水につけた後拭いながらも、
「ま、ああいう相手こそ腕の見せどころだ」
と涼しい顔をしている。
マリベルは川面に足を浸しながら、リディに向かって笑顔を向けた。
「でもね、踊り、ほんとに綺麗だったよ! キラキラしてて!」
リディは一瞬、恥ずかしそうに目を伏せたが、やがて小さく頷いた。
「……ありがとう。でも、あれは私の力じゃなくて、そういう〝役目〟だから」
その言葉に皆の視線が集まる。リディはしばし沈黙した後、水面を見つめながら静かに口を開いた。
「私たちエルフの役目の一つは、〝大地の竜〟を起こさないこと。今日、改めてそれを思い出しました。昔はただの伝承みたいに思っていましたけど、こうして目の当たりにすると、やっぱり本当なんだって」
彼女の声は小さいが、はっきりとした響きを持っていた。
「でも……私にとっては、みんなと一緒に過ごすために果たす役目です」
そう言ってリディは振り返り、俺たち一人ひとりを見渡した。
「……リディ、ありがとうな」
俺がそう返すと、ルーシーが尻尾をぶんと振り、クルルが喉を鳴らした。ハヤテは翼をぱたぱたと動かし、まるで同意を示すかのようだった。
少しの休憩の後、川を離れ、再び家への道を辿る。
やがて、見慣れた我が家の屋根が夕陽に照らされているのが見えた。
自然と皆の歩みが速くなり、俺たちは家の前に全員で整列した。
「私もいいんですかね……?」
おずおずとジゼルさんが尋ねるが、帰ってくるのは家族皆の笑みだ。
そして、全員であのいつもの言葉を言うのだった。
『ただいま!』
日森よしの先生によるコミカライズ版の第28話①が公開されています。
https://comic-walker.com/detail/KC_002143_S/episodes/KC_0021430003500011_E?episodeType=first
おじさん'sと可愛いフレデリカ嬢をお楽しみいただければ。
15章は今回で終わりです。次回からは16章を開始する予定です。