釣果
小一時間ほど糸を垂らしていたが、一向にアタリは来ない。
振り返れば、他の皆は釣りに戻る前に腹ごなしをすることに決めたようで、持ってきた道具で娘達と遊んでいる。
道具は木製の球である。デカくて重いと危ないので、野球のボールより少し小さめの球体を作り、一度割って中をくりぬいた後、接合してある。
接合は前の世界でチキリやリュウゴと呼ばれていた、分銅型の板と蟻溝で留める方式と、ニカワでの接着を併用している。
耐久性はさておき、ひとまずボールとして使えるならば、この森で手に入る素材としては良いかなと思ったのだ。
とは言え、鹿や猪の革と膀胱もふんだんに手に入るので、そちらでも良かったかも知れない。
前の世界でも豚の膀胱に牛の皮を張ったものをボールとして使っていたようだし。ただまぁ、今回は弾む必要がないことと、膀胱と革だとルーシーの牙やクルルの噛む力に耐えられるか怪しかったので、木製にしたのである。
可能ならプラとか硬質ゴムがいいのだが、どちらも手に入らないからな……。
いや、ゴムのほうは探せばゴムノキ(もしくはそれに近い植物)があるかも知れない。結構似たところのある世界だからな。
「いくわよー!」
ディアナが声をかけて、ボールを投げると、娘達が駆け寄っていく。今回は落ちたボールをルーシーが素早く拾い上げ、得意そうにし、家族が拍手をしている。
今のところは遊ぶのには問題は無いらしい。大きさもちょうど良かったようで、時折ハヤテやマリベルが空中でキャッチしている。
空中にある間は素早く滑空するハヤテ、空中で小回りの利くマリベルが有利なのだが、落ちた瞬間に疾風のように駆け寄ってくるルーシーと、あまり女の子に言う言葉ではないが、重量感溢れる突っ込みをしてくるクルルに分があるといったように、四者四様で楽しめているようだ。
「おっと、こっちだ!!」
時にはヘレンも混じっているが、彼女は素早さを活かして攪乱するだけで、ボールをキャッチすることはない。
ドラゴンに狼、妖精相手に手加減ができる、というだけでも彼女の実力のほどが窺えるな。
投げる方はサーミャ、ディアナ、リケ、リディ、そしてアンネが交代でしている。
身長が高くて腕の長さの分だろうか、球速はアンネが一番速いようである。
そして、俺がこうやってのんびり眺めていられるのは、その間中ずっとアタリが来ないからなのだが……。
「うーん、今日は諦めるか」
俺は川から針を引き上げると、竿を放り出してボール遊びの輪に加わった。
結局、俺の釣果はボウズ、ということになった。他の皆はそれなりに釣れているので、今日の晩飯に困ることは無い。
「ようし、それじゃあ帰るか」
夕食の材料と、今日持ってきたあれこれをクルルに背負ってもらい、俺は皆に声をかけた。
ほとんど皆から了解の声が返ってきて、歩き始める。
だが、一人だけジッと川を見つめて動かない者がいた。リディである。
俺はすぐに追いつくので先に進むよう皆に言って、彼女に駆け寄る。
「どうした?」
俺が声をかけると、リディは少し身を縮こまらせた。
「いえ、なんでもない……といいんですが……」
リディは目を泳がせて、逡巡した後、俺に目を向ける。
「川の流れを見ていて、少し魔力の流れがおかしいように感じました。ここを片付けているときはそんなことかったはずなんですが」
「ふむ」
それを聞いて俺は腕を組む。リディは我がエイゾウ一家の中では魔力・魔法の専門家と言って差し支えない。
その彼女が僅かとはいえ、違和感を覚えたというのだ。それならば何かあるのだろう。
だが、日暮れも差し迫る今の時間からでは調査するにも時間がない。
「また次の休みにここに来てみよう。その時にゆっくり調べるってのでどうだ?」
「はい。気のせいかも知れませんし、それで大丈夫です」
リディはそっと微笑んで、家族の後を追う。俺もそれに続いて、歩き始めた。
途中で後ろを振り返る。家族でのんびり過ごしていたその場所が、なんだか少しだけ、恐ろしい場所のように見えた。
日森よしの先生によるコミカライズ版の27話①が公開されました。
魔物討伐遠征隊出発……の直前までのお話です。あのキャラ達が登場しますので是非。
https://comic-walker.com/detail/KC_002143_S/episodes/KC_0021430003400011_E?episodeType=first
また、書籍版12巻が7月10日発売予定です。
電子版はまだですが、紙書籍は予約も始まっているサイト様もありますので、こちらも合わせてお願いいたします。
https://kadokawabooks.jp/product/kajiyadehajimeruisekai/322503000497.html