書籍版5周年&コミック版最新5巻発売記念特別編”主”
今回は特別編になります。
本編とは直接関係せず、IFストーリーとなりますので、ご了承ください。
「よしよし、こんなもんかな」
俺は今打ち直したばかりの鍬を確認して言った。鍬もある種の刃物で、欠けが出たりすれば効率が格段に落ちる。
農業をしている人たちが困っていたので、あまり使わないこの時期にまとめて預かり、修理していたのだ。
火床にはマリベルの姿があった。彼女の存在は我々家族だけでなく、他の人々も知っている。
いつまでも隠しおおせるものでもないし、なにかのたびに隠れてもらうのが忍びないのもあって、ちょっと前に公表した。
秘密にしておくようにと言っていないが、みんな余所者には黙ってくれているようである。
「できた?」
「もちろん。マリベルのおかげだ」
俺がそう言って末の娘の頭を撫でてやると、彼女は満足気にウンウンとうなづいた。
炎の精霊の力をこういうことで使ってしまうのも忸怩たるところはあるのだが、彼女が「用があるなら使って良い」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにしたのだ。
「今日は終わり?」
「そうだな。今日やる分はもうないよ」
火はマリベルがやってくれたので、片付けもほとんど必要ない。今の俺には非常に助かる。そう思って、鍛冶場を後にしようとしたとき、
「とうちゃん!!」
そう叫んで緑の髪の少女が勢いよく鍛冶場に飛び込んできた。
「おう、どうしたクルル」
俺はそのまま自分のところへと飛び込んできたクルルを受け止めた。
「アンネかあちゃんがこっち向かってる」
「げっ」
元帝国皇女のアンネがここに来ているというのは、俺にとってはあまり良くない知らせだった。
「逃げれると思うか?」
「ヘレンかあちゃん連れてるよ」
「じゃあ無理だな」
俺は早々に諦めた。引退したとはいえ、「迅雷」の名前も高き傭兵の追跡から逃れられる者など、この世には片手で数えられるほどしかいない。そして俺はそこに入っていないのだ。
有罪判決を待つような心持ちで待っていると、クルルの言う通り、アンネがヘレンとリザードマンの女性――ハヤテ――を伴ってやってきた。
ヘレンは比較的身軽だが胸甲や腕甲、脚甲でところどころ装甲していて、アンネは豪奢な衣服、ハヤテは北方風の、前の世界で言えば和装を身に着けている。
さらにその後ろから、黒髪の少女が出てきて俺に駆け寄ってきた。左手側にはクルルがいるので、右手をキュッと掴む。
「ルーシーも来たのか」
「うん」
ルーシーは頷いた。多分、クルルがいなくなったんでここだと思ったんだな。俺は娘たちを両手に抱えた。
「陛下」
親子のちょっとした心温まる光景の温度を完全に下げる声音でアンネが言った。俺はキュッと身を縮こまらせる。
「俺に陛下はやめてほしいんだけどな……」
「そうはいきませんよ。小国とはいえ名実ともに一国の主なんですから」
ため息をついてハヤテが続けた。そう、今の俺は文字通り一国一城の主なのである。つまりは国王、ということだ。
王国と帝国の両方と仲が悪い国があったのだが、そことの小競り合いの結果、その国がほんの僅か領土を割譲することでケリがついた。
ただ問題は二国で分割するには小さいし、さりとてどちらか一方の領土にするのも具合が悪い。王国と帝国の双方から兵を出したからだ。
そこでその領土を一旦独立させ、二国の双方に顔が利くような人物を国王に据えて、統治させようという話になった。
白羽の矢が立ったのが俺、というわけである。双方に顔が利き、ある程度中立的な立場だからだそうだ。もちろん、ただの鍛冶屋が何故だと言う話も出たのだが、どちらの貴族でもないということがかえって都合が良いらしかった。
そして、最初は俺も辞退していたのだが、魔力の量がそこそこ多いし、家族が思ったより乗り気だったので、暫くの間ならという条件付きで引き受けることになった。
「アンネはこういうの嫌いなんじゃなかったっけ」
「王宮内に権謀術数が渦巻いている場合はね。今はそうじゃないでしょ」
「まあなあ」
地が出たのか、砕けた口調でアンネが言って、俺は肩をすくめる。そんなもんが渦巻く余地はこの国にはない。領土は俺1人でも十分に目が届くので貴族もいないし、統治しているのは俺だけだ。
ただ、国王陛下という肩書はやっぱりなじまなくて、領地を回っては壊れた農具や鍋釜を修理したりしている。
それでついたのが「鎚の王」という二つ名というかあだなというか、そういうやつだ。
ちなみに、
「普通こういうのってドワーフが名乗るもんじゃないのか」
とリケに聞いたのだが、
「親……陛下なら大丈夫じゃないですかね」
と、こともなげに言われてしまったものである。
さておき、そんなわけで今日も修理をしているのだが、こういう仕事は国王として相応しいものかと言われたら違うだろう、ということでこうやって度々お小言を受けているのだ……。
「あれ、サーミャたちは?」
「ディアナとリディと連れ立って畑の様子を見に行きました」
「え、ずるくない?」
国王が民の大事な道具を修理するのはダメで、王妃というかそれに近い存在として受け入れられているサーミャたちが畑を見に行くの良いというのはなんか釈然としないものがあるな。
「我々はそうやって民の信頼を得るのも仕事ですから」
「ふぅん」
俺はそう言って納得したフリをした。その様子が面白かったのか、クルルとルーシー、そしてマリベルが真似をしてキャッキャと笑っている。
後でこっそり俺も見に行こうかな。
そう思っていると、ヘレンがピシャリと言い放った。
「逃げたらすぐに分かるからな」
「……はい」
どうやら今日のお小言は長くなりそうだ。アンネが「領主の心得」を説き始めるのを聞きながら、俺は覚悟を決めるのだった
本日で最初の書籍が出てから、つまりラノベ作家としてデビューしてから5周年になりました。
6年目も変わらず物語を届けてまいりますので、どうぞお引き立てのほどよろしくお願いいたします。
また、本日日森よしの先生によるコミック版最新5巻が発売になっております。こちらもよろしければどうぞ。
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