【10巻発売記念特別編】〝黒の森〟の避暑地
今回は特別編となります。内容は今現在の本編とは関係のない”IF”になりますので、ご注意ください。
今日は休日。それでも日課として湖へ行っての水汲みはしているのだが、今日はそのためにいつも起きる時間よりもかなり早くに目が覚めた。
「暑い……」
理由は気温の高さである。この〝黒の森〟にも夏はある。毎年それなりに暑くなり、多少の寝苦しさを感じることもあるのだが、湿度がそう高くないこともあってか夜間は比較的過ごしやすかった。
それが今日は寝巻きにしている服がびっしょりと濡れるほどの暑さだ。それもまだ日が昇っていないような時間である。
早めに水汲みに出るとしても、その前に脱水症状を出さないために水分補給をしよう。確か水瓶に飲用のが残っていたはずだ。
そう思い、俺はそろそろと自分の部屋を出る。
俺の場合、自室を出ればそこは居間兼食堂になっている部屋である。
そこには先客がいた。ほぼ家族全員である。サーミャにリケ、ディアナとリディ、そしてヘレン。
ハヤテ以外の娘達もディアナとヘレンに水を飲ませて貰っている。
緑の髪の少女が俺を指差す。
「とーちゃんも起きてきた!」
「おはよう、クルル」
頭をなでてやると、しっとりと濡れていた。この様子なら黒い髪のルーシー、赤い髪のマリベルも似たような状況だろう。
その2人も寄ってきたので、同じように頭をなでてやると、やはりしっとり濡れていた。
「ルーシーもマリベルも汗びっしょりだな」
普段ハヤテは自室で寝ているのだが、彼女以外の3人は毎日誰かの部屋で寝ている。
昨日はディアナとヘレンの部屋で分かれて寝たようだが、暑いにもかかわらずくっついて寝たらしい。子供ってなんでかひっついてくるときあるよな。
ともあれ、それで他の皆よりも若干汗の量が多いのだそうだ。
「しかし、この暑さで起きてこないとは筋金入りだなぁ」
この場にいないのはたった1人。アンネである。普段からなかなか起きてこない彼女だが、この暑さでも起きてこない。
「起きてなくても汗は同じようにかいてるはずだし、誰かちょっと起こしてやってくれ」
「分かった」
俺が言うと、サーミャが頷いた。ヘレンと2人で視線を交わして頷きあうと連れ立ってアンネの部屋へ向かっていった。
皆起きたし折角なので、と家族全員で湖へと水を汲みに行き、その道中でかいた汗も含めて家の温泉で流した後、朝食をとる。
「こう暑いと何をするにも困るな」
チビリとだけパンを齧った俺は言った。正直なところ、起きているだけでもジリジリと体力を削られていく気がする。俺以外の若い皆はさておき、俺くらいの年齢になってくると睡眠で回復するか怪しい領域になりつつある。
「水浴びだけしにいく?」
暑いなら体力がいるだろうと用意した肉を平らげたディアナが言った。うちでは夏になってから何度か川や湖へ行っている。
「うーん、それもいいかも知れないけど、そこそこ疲れるのよね」
そう言ったのはやっとこ頭が回ってきたらしいアンネだ。彼女の言う通り、時折上がるにしても水に浸かっては出て、というのも疲れるものである。もう少し大丈夫そうなところはないものか……。
「涼しいところ? あそこがあるじゃん」
すっかり朝食を全て片付けていたヘレンが言った。俺は片眉を上げる。
「あそこ?」
「ほれ、魔物を退治しにいった」
「ああ……」
俺はポンと手を打った。ヘレンが言っているのはリュイサさんに頼まれてトロルを退治しに行った洞窟である。
そう言えばあそこは冷蔵庫代わりに出来そうなくらい涼しいのだった。この暑さでどこまで涼しくなるかは分からないが、以前に行った感じなら少なくとも外よりは遥かに涼しいはずである。
うちからは少し離れているが、日の高い間はそこで少し探検でもして過ごし、僅かなりとも涼しくなったら帰る。洞窟なら休憩をしている間も涼しそうだし、湖などよりは多少疲れも少なそうだ。
「よし、それじゃあ洞窟へいくか」
『おー!』
娘達の元気な同意を得て、我々一家は洞窟へ向かうことになった。
「こっちに来て正解だったな」
「そうですね」
ひんやりとした空気を吸い込んで吐き出した俺に、リディが頷いた。家から持ち出した魔法の明かりがあたりを照らしている。
これは「松明では結局暑いかも知れない」ということで持ち出したものだ。俺もリディも明かりを灯せるので、どちらかが一時的に魔法が使えない状況になっても問題はない。
「すずしい!」
「すずしいね!」
クルルとルーシーがキャッキャとはしゃぐ。
「わー!」
マリベルは大きな声を出して、それが洞窟内に響くさまを楽しんでいるようだ。崩れたりはしないと思うが、純粋に耳に響く。クルルとルーシーが加わりはじめたところで、
「あまり大声を出してはいけませんよ。父上も母上もここで大きな鬼を倒したのです。もしかするとそういうのが寄ってくるかも知れません」
ハヤテがそう言って他の娘達を脅すと、3人は慌てて口をふさぎ、洞窟内には俺達の笑い声が反響して響いた。
「あっ、あれはなに?」
「あれはキノコ。家で時々食べてるのとは違うから、あれは食べちゃだめよ」
クルルが指差す先にあったものをリケが答える。
「あのキラキラはー?」
「あれはコケだな。足元にあるのは気をつけろよ、すってんころりんするぞ」
ルーシーにはサーミャが答えていた。
そして、末っ子のマリベルはというと、
「あっ、あっちなんかありそう!」
「コラ! 急に走るな!」
脇道を見つけては走り出し、ヘレンに追いかけられ、あっという間に捕まって引き戻されている。〝迅雷〟の実力をこんな家庭的なことで発揮させて大変申し訳ないが、適任だし本人は口調と裏腹に嬉しそうなので彼女に任せておいた。
こうして、涼しくも騒がしい、俺達エイゾウ一家の避暑の1日は過ぎていった。
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