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鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ  作者: たままる
第14章 秘密のインク編
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書籍9巻発売特別編〝旧男爵領〟

今回は特別編です。本編には全く影響しませんので、IFとしてお楽しみください。

「うーん、未だに着慣れない」


 俺は自分の服を引っ張った。今着ているのはずっと着ていた「村人A」的な服装ではない。もっとずっと華美な装飾のついた服だ。

 半年ほど前、エイムール伯爵が侯爵に(しょう)(しゃく)した。つまり、マリウスは今やエイムール侯爵である。

 その陞爵の際、マリウスは跡継ぎを見つけられずに男爵位を失った家の直轄領を拝領したのだが、街の代官も既に代替わりしており、その新しい領地に出向いてのいわば引き継ぎ業務を実行できる人材がエイムール家にはおらず、俺に白羽の矢が立ってしまったというわけだ。

 ずっと代官として赴任するわけではなく、いずれ引き継ぎの引き継ぎが必要にはなるので、二度手間ではあるのだが、早めに人を送っておく必要があるらしかった。

 

 今回の陞爵の理由の大半を担ってしまったこともあるし、ディアナとアンネの「そういったこと」に慣れている家族もいるので、〝黒の森〟との連絡手段は確保した上で、期限付きでならと引き受けたのだ。

 引き受けた理由は責任だけではもちろんない。旧男爵領は〝黒の森〟には遠く及ばないにせよ、そこそこ魔力が多い土地であるらしいことも手伝ってのことである。

 鍛冶仕事ができるできないによらず、エルフのリディは生活していく上で魔力が必要になるので、魔力がある土地なのは必須条件だった。

 

 そんなわけで、旧男爵領に着いて早々、このあとは実家に戻って余生を過ごすという男爵の未亡人に挨拶をし、残っている書類の確認――これには「王国として監査も必要である」という名目で、都からフレデリカ嬢も手助けに来てくれた――と、記載事項の実地確認を早速行った。

 旧男爵領は交通の要衝というわけでもないし、特別土地が肥えているということもなく、多少のことがあっても領民たちが食べるに困ることはないくらいの収穫で、総じて平和な土地ではあった。

 特色としてはここは「よく遺跡が見つかる」ということだ。どうも600年前の大戦時、ここらに前線基地群のようなものがあったようで、規模はピンキリだがそういったものが見つかっている。

 ただ、当然ながら遺跡が見つかるかどうか、見つかったとして中にどんなものが眠っているかは博打すぎるので、伯爵以上の爵位を持った貴族も積極的に治めようという気にはならなかったらしい。

 

「本来なら、うちにも回ってくることはないはずなんだけどね」

 

 ここへの短期赴任を打診してきたマリウスが苦笑交じりにそう言っていたので、侯爵が領するのは相当にイレギュラーなことなのだろうな。

 

 ともあれ、1年ほどの着任期間のうち、すでに半分弱を過ぎているのだが、「代官と言えど領主としての格好がつかないとマリウスにも迷惑がかかる」と着せられている、この服にはまだ全然慣れることがない。

 

「だいぶ着られてる感はなくなってるけどね」

 

 笑いながらディアナが言う。

 

「とーちゃんにあってる」

「うん、パパりっぱ」

 

 短くボサボサした緑の髪の少女と、長くてボサボサした黒い髪の少女が続いて言った。

 

「ありがとう、クルルとルーシー」

 

 俺はそう言って、娘たちの頭を撫でる。2人はにへらと笑い、着心地で少々ささくれだっていた俺の心に平穏を取り戻してくれた。

 リザードマンの少女が腰に手を当てて、2人に苦言を呈する。

 

「ここでは『お父様』と呼ばないとだめですよ」

 

 真っ赤な髪の少女が小首を傾げた。

 

「とうちゃま?」

「いえ、『お父様』です。マリベルもちゃんと覚えないと」

 

 はぁ、と大きくため息をつくリザードマンの少女。

 俺はとりなそうと、

 

「まぁまぁハヤテ、今は家族だけなんだし、良いじゃないか」

 

 そう言ったのだが、ハヤテは今度は俺の方をキッと見ると、

 

「いえ、良くありません。こういうときにちゃんとしていないといざという時に出てしまいます。大体お父様は――」

 

 完全にお小言モードのスイッチが入ってしまったらしい。どこか迫力を感じるディアナの笑顔を横目に、クルルとルーシー、マリベルと神妙な面持ちで聞いていると、アンネが入ってきた。


「あら、お勉強の時間だったかしら」


 俺と娘たちはアンネに救いを求める目で見たのだが、アンネはニヤリと笑ったまま言った。

 

「エイゾウは一度みっちり言ってもらったほうがいいのよ」

「ええ……」

「そうです。アンネお母様からも貴族の振る舞いを教えてあげてください」

「そうね。何から教えるのが良いかしらね。ディアナはどう思う?」

「うーん、振る舞いについてはアンネに任せたほうが良いのかも」

 

 〝教育ママ〟たちの会話をよそに、俺と娘たちは視線をかわすと、バッと走りだす。有り体に言えば脱走だ。

 

「あっ、こら! 話はまだ終わってませんよ!」


 背後にハヤテの声を聞きながら、部屋を飛び出す。その直後、ピーッと甲高い音が聞こえた。

 

「いつのまに呼子なんて用意したんだ!?」


 割と本気の捕縛体勢である。しかし、身体能力ではこちらの方がやや上であろう、これなら逃げ切れる。

 と、思っていたのだが、覚えのある気配がとんでもない速度で迫ってくるのを感じた。

 

「やべぇ、ヘレンだ!」

 

 〝迅雷〟の二つ名の如く、わずかばかり殺気も混じっているような気がする気配はもうすぐそこまで来ている。

 俺は大声で叫んだ。こっちの居場所はバレている。

 

「全力で逃げろ!」

『にげろー♪』

 

 やや迫真な俺と、キャッキャとはしゃぎながら全力で走る娘たち。

 ここでの〝いつも〟はこんなふうに、少し騒がしく、しかし、楽しく幸せに過ぎているのだった。

本日書籍最新9巻が発売になりました! 「北方からの使者」編になりますが、結構手を入れてますので、読み比べてみるのも一興かと思います!

今回は短編3編、48Pの小冊子がセットになった特装版もありますので、こちらも是非!


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― 新着の感想 ―
[一言] わりとガチめな警備体制で笑うw
[一言] ルーシーの人物像はもっと堅くなかったですか?まだこども設定でしょうか? 別にいちゃもん付けるつもりは更々ございません。
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