連載5周年記念特別編「朝のお散歩」
今回は特別編です。本編とは直接の関係はありません。
「おとうさん、おきて」
静かだがハッキリとした声と共に、なかなかの力で揺さぶられた。
眠りの底に落ちていた意識を引き戻す。身体を起こそうとすると、静かだが確実な重みが身体にのしかかってきた。
俺はその重みの主に抗議する。
「こら、上に乗ったらお父さんが起きられないだろ」
「えへへ、おきた?」
俺に乗っかって、ニンマリと笑っているのは黒っぽい髪色の少女。
「起きた起きた。ほら、退いて」
少女は頷くと素直に俺の上から退いた。俺はすぐに身体を起こし、ベッドから降りる。
「おはよう、ルーシー」
そう言って頭を撫でてやると、ルーシーは再び笑いながら言った。
「おはよう、おとうさん」
「よし、それじゃあ行くか」
「うん!」
ルーシーに尻尾があれば千切れんばかりに振っているだろうなぁ、とそんなことを思いながら、愛娘に手を引かれつつ、俺は自室を後にした。
「今日はあたしも持つ!」
緑の髪の少女が胸を張って言った。今から俺は娘たちと湖へと水を汲みに行く。勿論この子もうちの娘だ。
「おっ、張り切ってるなクルル」
「えっへん!」
うちに来た時期が一番早いので、クルルはお姉さんとして振る舞いたがる時が多い。どうやら今日もそんな気分であるようだ。
「よし、それじゃあ、これをお願いしようかな」
俺は自分が担ぐよりもかなり小さめの水瓶を渡した。これはカミロに頼んで入手して貰った。
本来は酒などを保存するためのものだ。素焼きではなく釉薬を使ってあり、表面は仄かに乳白色を呈していて、少し凝っている。たしか、藁灰を使っているんだったかな。
ともあれ、クルルはそれを担ぐようにして持つ。担いではいるが重そうな様子はない。
初めのうちは落として、それで怪我しやしないか心配していたが、もう最近は慣れてきて、ハラハラすることもあまりない。
あまりない、ということはつまり、たまにある、ということなのだが。
さておき、そんなわけでクルルは水瓶を持ち、まだ身体が大きくないルーシーと、
「あっ、おはよう!」
赤髪の少女……火の精霊なのだが、普段は身に纏う炎を消せるため、うちでは末の娘ということになっているマリベルも起きてきたので、一緒に湖へ向かう。
マリベルは実際には一番年上なのだが、精霊ということもあってだろう、かなり身体が小さくて物理的に水瓶を持つには厳しいものがあるし、筋力もあるわけではないので水瓶を持って貰うことはない。
『おさんぽ♪ おさんぽ♪』
上機嫌で「おさんぽのうた」を歌う愛娘たち。水汲みは日々の生活に必要なもので、いわば家事のひとつなのだが、彼女たちにとっては朝の楽しいお出かけになっているようだ。
いつまでこういうことを続けられるか――続けてくれるか、のほうが正しいだろうが――は分からないが、なるべく長く続くと良いなと思いながら、少し先を行く娘たちを後ろから見守りつつ、ついていく。
以前であれば、ここで俺は身体(もちろん上半身のみ)を洗っていたのだが、今は温泉があるのでそういうことはしない。
娘たちは元々「おかあさんたち」が一緒にしていたので、俺が何をするということもなかった。
なので、この湖に入る必要は全くない。水を汲むにしても岸辺から汲めば良い。
せいぜいが膝下まで浸かるくらいのことだ。
と、理屈ではそうなるのだが、遊び盛りの娘たちである。水を汲み終わるやいなや、そんな理屈はお構いなしに、湖へと飛び込んでいく。
「やれやれ……」
水のかけあいをしながらはしゃぐ娘たちを、俺は岸辺から見守りつつ考える。
このあと、娘たちを日向ぼっこさせて、帰りの遅れは……多分いつものことだからなんとも思われないとして、さて、その後はどうしようか。
今日は休日だ。一日遊んでやるのもいいし、娘たちに行きたいところがあるのなら、家族全員で出かけるのもいいだろう。
そこにあるだろう娘たちの笑顔を思って、俺は自分でも気が早いなと思いながら、幸せを感じることを止められなかった。
と、言うわけで9/22で、この物語の連載を始めて5周年になります。
続けてこられたのは読者の皆様のおかげと思っております。ありがとうございます!!
これからも休み休みでも続けていこうと思いますので、何卒宜しくお願いいたします。
なお、9/22に日森よしの先生によるコミカライズ版の20.5話が公開されました。
クルルの初登場回ですので、是非お楽しみいただければ。
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19201711010000_68/
また、9/27にコミック4巻が発売になりますので、こちらも宜しくお願いいたします。
https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000892/




