知恵のありか
リュイサさんがかき消えてから、俺は月を眺めながら考える。
“大地の竜”がなぜ、俺の知識を欲しているのか。この世界が順調に前の世界のような歴史を重ねるとしたら――この世界には魔法があるし、地理条件も異なるので全く同じような歴史にはならないだろうが――俺は未来からやってきたのと同じことになる。
未来に何が起こりえるのか、技術情報なんかから知っておきたい、ということだろうか。
「ただの知的好奇心ってことは……ないか」
俺は独りごちて首を振った。そんなことなら妖精さん達に伝えさせるような回りくどいことはしないだろう。
可能なら、ではあるが本人が来て聞けば良いだけだし。それをしない理由があるのだ。“大地の竜”だけが知っていても仕方がない、みたいな。
もしかすると、それこそ妖精さん達が気まぐれに誰かに伝えることを期待しているのだろうか? 他のさまざまな理由よりは、それが一番有り得そうに思える。
リュイサさんも言っていたが、それが実現可能な技術の話なら天啓だし、不可能だったり理解できなければ、ただの戯言だ。
それに、俺は妖精さんに伝えるだけだから、それがどう影響するかについては俺の関知するところではない、ということもできる。単純な板バネ構造だから、と作ってカミロに教えたサスペンションも、見てインスピレーションを受けた誰かがとんでもない発明をしないとも限らないわけだが、そうなったときのことまでは正直面倒を見きれない。
で、あるならば、だ。核分裂反応みたいな概念的にも説明しにくい(し、俺もそんなに理解してない)ようなものはともかく、それ以外のものは伝えても良いかも知れない。
「王様の耳はロバの耳」ではないが、秘密を抱えないことで精神の平穏をはかることができるかも知れないし。
「よし、これで明日の朝に妖精さんが来ても大丈夫だな」
俺は大きく伸びをして、自分の寝室に戻った。今からでも多少寝る時間はあるだろう。ゆっくりとベッドに横になって、俺は“いつも”に戻っていった。
翌日。夏になって暑いこと以外は、皆昨日の出来事なんてなかったかのように、いつもどおりふるまっている。
クルルとルーシーは朝一の水汲みに意気揚々とついてきたし、朝飯も神棚へのお祈りもいつもどおり、鍛冶仕事を手分けしてワイワイと、集中しないといけないところは静かにやっていた。
それでも本当に何もなかったようにはできない。昼メシや晩メシのときには話題に上る。
今も晩飯の鹿肉を焼いたものを頬張りつつ、ヘレンが熱弁している。
「アタイが思うに、あの叫び声さえなけりゃ、もっと楽だったはずなんだよな」
「あれで一瞬怯んでタイミングを逃した場面は確かにあるな」
「そうそう。幸い臭いはなかったんだし、怯む要素はあれくらいだった」
無論、邪鬼には俺たちに黙って倒される義理はないわけだが。ゆっくりとスープを飲み込んだディアナが続く。
「今回は洞窟だったから仕方のない面もあるけど、やっぱり間合いの広い武器はもう少し揃えたほうが良いんじゃないかしらね」
「それも考えないといけないな。相手が誰になるのかはさておくとしても、この辺りで戦闘になることを考えたら、長いに越したことはない」
うちにある短槍はせいぜいが俺の身長と同じかもう少し長いくらいだ。それでも十分と言えなくもないが、やはりもう少し長い武器も用意しておくほうがいいだろうなぁ。
「ここに籠もるなら、投石機や弩砲みたいなのを据え付けても良いかもな」
次の肉にかぶりついて、ヘレンが言った。俺は片眉を上げてヘレンに返す。
「鍛冶屋にか」
「鍛冶屋にだよ」
ニヤッとヘレンが笑った。目は彼女が本気であることを物語っている。
いや、そこにロマンを感じないかと言われると、感じてしまうのだけども。自分の家に秘密兵器があるとかワクワクしないわけがないのだ。40代でも男の子だしな。
まぁ、例えば俺もヘレンもディアナもいない時に、滅多なことでは来られないとはいえども、万が一にも熊なんかがここに来たら厄介な事態になることは火床の火を見るより明らかなわけで。
そんな時に対応できる兵器を備えていたほうがいいのではないか、と考えれば荒唐無稽とも言い難い。
「考えとくよ」
そんなことを考えながらの返事に、ヘレンだけでなくリケも目をキラキラさせ、俺は小さく苦笑するのだった。