我が家の後片付け
俺たちは拍手の中を帰路に着く。ジゼルさんたちには「病気でなくても、いつでもお越しくださいね」と言っておくことを忘れない。ジゼルさんたちは「ぜひ!」と笑顔で返してくれた。
「よし、疲れてるところすまないが急ぐか。松明はまだ使えるだろうが、なるべく早めに帰ろう」
皆で大きく手を振ったあと、拍手を背に俺は皆に言った。皆特に異論はないようで、返ってきたのは頷きだ。空を見上げるとギリギリで日が落ちる頃には家に戻れそうである。
急ぎはするが、周辺への警戒はしておく。“森の主”の依頼後とはいえ、自然の獣たちにとってそんなことは関係ない。獲物であると判断されれば襲われるだろう。
帰り道もリュイサさんに送ってもらえば、その心配はないのだろうと分かってはいる。しかし、あんまりお世話にはなりたくないなぁ、色んな意味で、と思ったので家族だけで帰ることにしたのだ。
リュイサさんは断って妖精さんたちだけは来てもらうってのも変だしな。
そんなわけで、静かな森の中を俺たちは歩いていく。来たときと同じく、風が吹いていて日陰も多いので幾分マシだが、夏の太陽はしっかりと暑さをもたらしている。
俺は流れる汗を拭きながら愚痴る。
「こうなると洞窟の涼しさが恋しいな」
あの中はひんやりしていて、季節が違うのかと思うくらいの気温だった。俺は前の世界でエアコンを知ってしまっているので、それに似た快適さが恋しいのは仕方のないことである。多分。
「じゃ、あそこに引っ越す?」
隣を進んでいたディアナが混ぜっ返す。俺は肩をすくめた。
「“黒の森”の更にそこの洞窟に住む鍛冶屋か。怪しいにも程があるな」
「それだったら私は来てないかも」
俺が言うと、アンネの声が追いかけてきた。普通は1人で“黒の森”を進めという時点で二の足を踏むらしいのに、更にその奥にある洞窟へ行けとなると来られる人間は更に限られるだろう。
ディアナと挟んで反対隣にいるヘレンもウンウンと頷いている。彼女レベルが来ないとなると、来ようと思う人間は皆無だろう。
「依頼してくれる人が全く来られないのは困るな」
「昼か夜か分かんないのも厳しそうだなぁ」
俺より少し前に出て遠くを伺いながらサーミャが言った。足元ではルーシーも同じ方を向いて鼻をクンクンさせている。なにか獣がいるのかも知れない。
サーミャがそんなに緊張していないということは、狼や熊なんかの肉食動物ではないのだろう。角鹿なんかの危険な草食動物であれば迂回すると言うだろうし。
「魔法の明かりが使えますけど、それは辛そうですね」
「資材の搬入で迷いそうです」
リディとリケがサーミャに続く。
「俺も邪鬼がいつ湧くかビクビクしながら毎日を暮らすのは嫌だな。まだ熊のほうがいくらかマシだ」
俺の言葉に、「違いない」とサーミャが笑い、そよそよと葉擦れの音が響く森に笑い声が加わった。
帰りの道中は何事もなく家にたどり着くことが出来た。日はもうほぼ落ちていて、“黒の森”を更に黒く染めようと夕闇が包み込みはじめている。
俺たちはテラスに集まった。我が家の凱旋はこれにて終了ということになる。
「皆、今日は俺のワガママにつきあわせてすまなかった。ありがとう」
家族相手なのでしゃちほこばるのもな、とは思ったが、こういうのはケジメだ。前の世界で豚が主人公のアニメでも賊の頭領がそう言っていた。
「誰も大きな怪我をすることなく戻ってこられて、本当に良かった。まぁ、諸々は後に回して、これにて依頼は終了だ! おつかれさん!」
わーっと暗くなってきた森にささやかな喝采が響いた。クルルとルーシーの喜ぶ声も一緒に響く。
「それじゃ、皆身体を綺麗にしておいてくれ。今日の夕食は豪勢にしよう」
皆は「はーい」(と「クルルルル」「わんわん」)という了承の声を俺に返し、クルルの荷物を下ろした後、森の中の我が家へと入っていった。