小さな凱旋
魔物の討伐は物としては何も残らない。ただ俺たちの中にさっきまでの死闘(最後は囲んで叩いてただけだが)と、その勝利の記憶が残るだけだ。
それに今回は軍隊についていったわけでもないから、大規模な凱旋とはならない。知っているとして、リュイサさんとジゼルさん達妖精族くらいなものだ。
それでも、自分たちの居場所を守るため、必死に戦ったという事実は変わらない。各々松明を掲げ、暗い洞窟を戻っていく。
その姿はどこか誇らしげだ。ルーシーも威風堂々と歩いているが、まだ様にはなっていない。いずれ彼女も立派な大人になったら、あの姿も格好良く見えるのだろう。その時が早く来てほしいような、なるべく遅いほうがいいような、複雑な気分だ。
「クルルもルーシーも暴れたりしなくて偉かったな」
戻りながら、俺は2人のことを褒める。邪鬼の叫び声は、俺たち人間(と獣人とドワーフとエルフと巨人族)でも辟易するようなものだった。最悪ビックリして逃げてるかも知れないと思っていた。
まぁ、戦いでそれどころでなく、思い至ったのは戦いが終わった直後だったので、そこは大いに反省するところである。もしそうなっていたら、この複雑な洞窟の中を探して回る必要があった。場合によっては置いていく選択はどうしても必要だなぁ。
リケが空いている方の手でクルルの首を撫でながら言う。
「2人ともビクともせずに皆を見てましたよ」
「もしかすると、剣の稽古と同じくらいに思ってたのかもなぁ」
ディアナとヘレンがウンウンと頷いている。2人によれば、
「危ないから離れてな、って言うと大人しく見てるよ」
「ルーシーもいつも静かに見てるわねぇ」
とのことなので、2人からすれば「いつもの延長」くらいの感覚なのかも知れない。
一刻も早く洞窟を抜け出したいのは山々だが、途中で一度休憩を挟んだ。大きな怪我はないと言っても、身体を酷使したことに変わりはない。
クルルに積んでいる水と、非常用にと持ち出した干し肉で軽く補給もする。
「補給に関しては失敗だったなあ」
「そうだな」
俺がボヤくと、ヘレンは頷いた。彼女は干し肉を口にしながらも周囲に目をやり、警戒を怠らない。
「こういうときは最低限丸一日分の補給物資は持ってくるべきだったな。アタイもちょっと緩んでた。指摘するべきだった。すまん」
「いや、決めたのは俺だし、今日のところは実際問題なかったからな。次回から気をつけ……たいような、気をつけたくないような」
俺がそう言うと、洞窟内に笑い声が響く。実際のところ、こんな仕事は受けなくて済むならそれに越したことはないのだ。ただの鍛冶屋だし。
「でも、今回で実力を示しちゃったからね。今回選択肢が用意されてなかったのも事実だけど」
アンネがため息をついて言った。多数対1体、多勢に無勢ではあるが、俺たちなら大怪我もせずに邪鬼1体を討伐できる。今回その事実がリュイサさんに知られるわけで、それが今後どう転がるか、不安の種ではあるだろう。
「あんな化け物を無傷で倒せる部隊なんて、お父様が知ったら放っておかないでしょうね」
アンネは続けた。リュイサさんが言うように“黒の森”の最強戦力であることは、少なくともこの近辺では最強と言って過言でないこととイコールだ。そんな戦力を遊ばせておく道理は、特に色々抱えていらっしゃるあの御仁にはないだろう。アンネは「お父様には絶対に言わないけど」と付け足すことも忘れなかったが。
「まぁ、そのへんは今心配しても始まらんだろう。なるようになるさ。最悪、カミロかマリウスか……あるいは侯爵の手を借りるかも知れないけどな」
俺がそう言うと、皆頷き、休憩を終えた。
それからまたしばらく歩いていく。松明の明かりを見るに、さほど時間は経っていないはずだが、外は何時くらいなのだろう。こういうとき携帯できる時計の有り難みを実感する。
前の世界でもあってもなくても変わらないような仕事ではあったが、それでも世間と時差を出さないために、腕時計(ボーナスで買ったF1チームにもスポンサーしているブランドのやつだ)で時間を確認していたものである。
やがて、目の前に差し込む光が見えてきた。出口だ。俺たちの足が早まる。出口の光はどんどん大きくなっていき――
「ありがとう! “黒の森”の主として、あなた達に感謝します!」
「私達、妖精族からも感謝を!」
そこから出た俺たちを待っていたのは、リュイサさんとジゼルさん達妖精族の拍手だった。
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