突入
しばらく森の中を歩いたが、まだもう少しかかるとのことだったので小休止を挟んだ。持ってきた水で水分を補給することにした。皆水筒を提げているが、今はクルルが背負った小さな樽から汲み出している。いざと言うときに水筒の水が少ないという事態を避けるためだ。
今回の補給物資はクルルが背負っている。水の他には包帯代わりの清潔な布や血止めの薬草、それに洞窟に入るから松明などだ。一応干し肉も入れてあるが出番はないだろう。
干し肉でどうしても食事をしないといけないほど時間がかかるようであれば、一度退いて仕切り直したほうがいい。帰りに少しでも腹に入れておきたければ出番かも知れないが。
「ふう」
俺は水を二口ほどで飲んで、息を吐いた。道中はほぼ日陰だし風も吹いているので、夏の盛りではあるが思ったほど暑くはない。
だが、全く汗をかかずに行軍できるかというと、それは無理というものだ。それなりに体から水分が失われている。
「もう少ししたら着くから、もうちょっと頑張ってね」
リュイサさんが言うと、皆から「うぇーい」というような返事がある。変に緊張してるよりはこの方がいいな。
「こんな範囲に洞窟があるんだなぁ」
洞窟といっても山の中腹に穴を開けているようなものではなく、地面の裂け目のような感じらしい。降りていくためのロープなどは必要ないと言われた。
まぁ、降りるのにロープが必要なら、蜘蛛かなにかでもない限りは登るのにも道具が必要なわけだし、その場合こんな緊急に俺たちが倒しに行く必要はない。俺たちが行く時点で少なくとも出入りすることは自由な状態だと考えていいだろう。
「狩りのときはウロウロしてて、移動してるようでしてないからなぁ。今は一直線に向かってるから、かなり遠くまで来てるよ」
「ああ、それはそうか」
水をゴクゴクと一気に飲んだサーミャが言って、俺は頷いた。狩りのときの目的は獲物を探すことだから、ある程度の範囲を決めてその中をウロウロすることになる。
翌日に回収することも考えたら、家からあまり離れたところまでは行かないのは言われてみれば当たり前だ。
それに今は装備を身に着けているとはいえ、重い荷物は全部クルルに任せているので、行軍速度が稼げている。思ったよりは遠くまで来ているというのも納得だ。
時間にして10分ほど休憩して、俺達は再び歩き出す。歩くにつれ最初は結構聞こえていた小鳥や獣の声が徐々に減ってくる。
やがて、小鳥たちの声が聞こえなくなり、なんだかんだ適当に話をしていた俺たちも皆口を噤んだ。俺達の移動する音だけが“黒の森”に響く。
いよいよ近そうだ、というのを肌身で感じるようになってきた頃、リュイサさんが言った。
「着いたわ、ここよ」
そこには地面にポッカリと空いた穴がある。思っていたよりもかなり大きい。この大きさの穴が続いているならクルルも余裕で入れるだろう。不謹慎かも知れないが、俺は少し興奮を覚えた。
クルルから人数分の松明を下ろし、火を付ける。穴に松明をかざしてみると、斜めに下りていっているようなのが分かった。
「どう思う?」
「通れると思う」
念の為、ヘレンに聞いてみると、あっさりした返事が返ってきた。なら皆一緒に行くか。俺たち――クルルとルーシーも――は顔を見合わせて頷いた。
「それじゃあ、行きます」
俺がリュイサさんに言うと、リュイサさんは終始にこやかだった表情を引き締めて、俺達に頷いた。
「悪いけど、私はここで待っているわ。中に入ったらどこにいるかはリディちゃんが分かるはず。私が言うことではないかも知れないけれど、頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
元より、リュイサさんに付いてきてもらう肚はない。絶対口には出すつもりはないが、昨日確認した流れにリュイサさんという他の要素が加わると、それは不確定要素……平たく言えば足手まといになりかねない。今回みたいな命がけの場合、それは避けたかった。
俺たちは松明をかかげて、洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟の中は当然ながら真っ暗で、照らす範囲以外には何も見えない。中の空気はひんやりとしていて、暑いときには助かるはずなのだが、どこか不気味さを感じてしまう。
俺とヘレンが最前、その後ろにディアナとアンネ、そしてサーミャとリディ、リケにクルルとルーシーの順で進んでいく。そして、澱んだ魔力を読み取れるリディが行く方向を指示するのだ。
長い時間をかけてじっと神経を集中させていたリディが大きな声で指示をした。
「そこは右です」
リディの指示で分岐を進んだ後、立ち止まって周辺を警戒する。この時、最後尾にサーミャとアンネが回る。基本的には戦闘能力のない3人が不意打ちを食らうわけにもいかんからな。リュイサさんの話ではゴブリンみたいな小さいのはいないということだったが、いつ生まれているかも分からんし。
その時、松明の炎が俺たちの背後、つまり入ってきたほうに向かって揺れた。
「空気の流れはあるんだな」
「……みたいだな」
ヘレンは俺の言葉を聞いて、自分の松明を見上げた。その松明も入ってきた方向に向かって揺れている。これなら窒息する心配は今のところなさそうだ。
俺たちはゆっくりとゆっくりと、洞窟の中を進んでいく。積み重なってくる不安を、お互いへの信頼で振り払いながら。
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