昼飯前という言葉はないけれど
昼飯前に、ざっと援護射撃の訓練をした。矢じりを鈍らせた矢をいくつか用意して、サーミャとリディに渡す。
ヘレンを除く前線組3人が新しく用意した丸太の周りを取り囲み、ちょこまかと動き回る。
「よっ」
俺は刺さらない程度に槍を突き出したりする。隣にアンネがいて、彼女が振り回す大剣のリーチも考えて動かないといけないので、こっちはこっちで気楽というわけでもないな。
丸太は攻撃してこない。なので、ヘレンが木剣でちょっかいをかけてくるようにした。突きおわった隙を狙ってきたり、狙ってくるだろうなというタイミングを絶妙に外してきたりと、なかなか厄介だ。
そんな中、槍から俺の手にすごい衝撃が伝わってくる。ヘレンがはたき落とそうとしているのだ。俺は即座に槍を捨て薄氷に持ち替える。
これも訓練の1つで、下手に踏ん張って手を怪我したりしないよう、また槍が使用不能になった場合に即座に持ち替えることが出来るようになるためだ。前の世界で言えばライフルで排莢不良が起きたら、即座に拳銃に持ち替えるようなものである。
そんな攻撃を俺たち3人にして平気な顔をしているのだから、“迅雷”の二つ名と最強との呼び声は伊達ではないということだろう。「アイツ1人で良いんじゃないかな」という言葉が脳裏をよぎるが、そういうわけにもいかないだろうな。
サーミャとリディに対してヘレンからの号令はない。各自の判断で射て、ということだ。俺たちがヘレンを相手している最中、俺とアンネの間が大きく空いた瞬間に、鋭い音を立てて矢が丸太めがけて飛んでいく。
飛んでいった矢はガツッと鈍い音を立てて、丸太の上半分あたりに命中した。矢じりを鈍らせているからだろう、刺さることはなくそのまま地面に落ちる。
弓矢組は慎重に射っているのだろう、一度も前線組に当たることなく、全てを射ち終えた。
時間的には日が中天を少し過ぎたあたりだ。休憩を入れるにはちょうど良いだろう。そろそろ腹も減ってきたことだし。
俺はみんなに声をかけた。
「そろそろ昼メシにするか」
『はーい』
訓練とはいえ戦闘の後の張り詰めた感じが一気に弛緩していく。クルルとルーシーも、そこらを駆け回って喜んだ。
「そういや、エイゾウとリディが行ったときはどんなだったんだ?」
テラスで昼メシを頬張りながら、ヘレンが言った。クルルとルーシーは既に食べ終わって(クルルは元々食事量が極端に少ないのもあるが)再び2人でかけっこをした後、庭の端の日が当たらないところへ行って、お昼寝をはじめている。
魔物討伐遠征隊についていった話はかいつまんでしたことはあったが、具体的にどうだったかは話をしたことがなかった。リディにとってあんまりいい思い出でもなかろうと、俺は思っているからだ。
ちらっとリディの方を見ると彼女が頷いたので、口の中のスープを飲み込んでから、俺は口を開いた。
「あのときはそんなに広い洞窟でもなかったし、なによりゴブリンがやたらいたな。そっちは兵士の人達に任せたけど」
「私達で大きいのを仕留めたんです」
「最初リディの魔法で倒したかと思ったんだけどなぁ」
あれもなかなかのものだった。「やったか!?」と叫ぶのは自重したが、結局、結果的には同じ話だったなぁ。
「結局仕留めきれなかったですね」
「ヒヤヒヤしたよ」
俺はカップに注がれている茶を一口啜った。
「まぁ、なんとか俺が槍で仕留めたんだけど。ああでも、とどめは結局剣だったな。真後ろに飛んだところへ槍を投げて、倒れたところでとどめをさした」
「へぇ」
ヘレンが興味深そうに相槌を打った。
「結局、とどめはささないといけないのか」
「ぽいな。心臓なんかもないみたいだが、その辺りを狙ったら消えたし、ゴブリンたちは兵士が首を刎ねたりしたら同じことになってたから、特別『ここを狙わないと効果がない』みたいなのがあるわけでもないらしい」
「動いている間は食事と呼吸、そして血が流れない以外は普通の生物のように振る舞いますよ。弱点……と言って良いんでしょうか、急所も普通の動物と変わりません」
「なるほどな」
俺の後をリディが引き取り、ヘレンは腕を組んでしかつめらしく頷いた。魔力から発生する魔物って本当に不思議生物だな。いや、生きてはないのだったか。あくまで生きているかのように振る舞うだけで。
「まぁ、吸血鬼みたいなものがいたとして、そいつがどうなってるのかとかは分からんけどな」
「吸血鬼っておとぎ話の?」
「ああ」
ヘレンが聞いて、俺は頷いた。頷きはしたが、おとぎ話に出てくるのは知らなかったので、半分出任せではある。しれっと言ったので、サーミャの嗅覚にも引っかからなかったらしい。横目に様子をうかがうと、彼女は3枚めの肉に取り掛かっているところで、何の反応もしていない。
リディも何も言ってこないので、認識としては正しいのだろう。
「邪鬼もとどめはささないとダメかな」
「たぶんね。首を刎ねるなら……アンネの出番かなぁ」
俺の言葉にアンネがスプーンをくわえたまま、こちらを向いた。おひいさま、はしたのうございますぞ。
どれくらい首が太いかはともかく、転がしてしまえばアンネの大剣で断てない首はないだろう。俺の特製かつ巨人族の腕力、そして剣本来の重量もあるのだ。前の世界で「実際に“魔女”の首を刎ねた」という“処刑者の剣”を見たことがあるが、あれと比してもかなり大きいし。
「まぁ、動きを止めるのは俺とヘレンの仕事として、最後を頼むかも知れないってことだ」
アンネはそのまま頷いた。午後はその辺りの訓練も含めよう。俺がそう言うと、ヘレンも頷く。さて、昼メシを片付けたら訓練をして万全に少しでも近づけていくか。